日本はイタリアよりも少し肌寒く感じる風が吹いていた。
イタリアではほとんど外で過ごす事はなかったが、日差しが暖かかった事を覚えている。
それでも住み慣れた空気を言葉に何となくほっとするものだった。
「お帰り、ツナー!!」
「お帰りなさい、つっくん」
父と母が出迎えてくれて、綱吉は顔を綻ばせた。
「父さん、母さん、ただいま」
あまり量の多くない荷物を父に渡し、母と手を繋いでゆっくりと歩く。
まだ少し痺れるような感じはあるが、ゆっくりならば問題なく歩ける。
綱吉は父母を心配させることはなさそうなので、本当に安心した。
リボーンは父の肩にひょっこりと乗っていた。
「早く帰国することになって残念だったなあ。足ひねっちゃった上に、風邪ひいて声出なくなったんだって?」
父がそう綱吉に言うのを聞き、それに合わせろといわんばかりにリボーンが睨んできた。
ひっ、と声が出そうになるのをおさえつつ、うん、と頷いた。
「そ、そうなんだ。でももう大丈夫。声も出るようになったし、足も痛くないよ」
「今日は早めに休みましょうね」
「うん、そうしたいな」
母の笑顔に日本に帰ってきたことを実感する。
「母さん、おれ、今日カレー食べたいな」
「いいわよ、卵もつけるわね」
普段家にはたくさん人がいて、母と触れ合う機会が少ない綱吉にとって、手を繋いで歩くことが気恥ずかしいけれど嬉しかった。
空港を出てタクシーに乗って帰ろうとしたところ、乳の携帯が鳴り響いた。
日本に来ている時に鳴ることはめったにないそれがなるということは何か良くないことが起こっているということだ。
リボーンも綱吉もぴくりと身を引き締める。
「バジルか、どうした?・・何?・・・はあ!?」
父の間抜けな声が空へと響き渡る。
顔も少し抜けた顔になっている。。
肩に乗っていたリボーンにはその電話内容が聞こえたようで、はあ、と大きなため息をついた。
二人が表情をみるみる変え、険しくなっていくのが綱吉には見て取れた。
「・・・おいツナ」
「な・・・何でしょうか?」
リボーンの表情の険しさに、ひ、と身を引くと、ドン、と体に何か当たったようで。
くるりと後ろを向くと、怒りに満ちた顔をしたXANXUSが立っていた。
「・・・ざ、、んざす?」
「てめえがそいつと話をつけろ、ツナに話があるらしいからな」
「XANXUS!何をしに来た!!」
家光がXANXUSに食って掛かろうとするのを綱吉が止めながら言った
「父さん、おれに話があるみたいだから・・・ね」
「ツナあ・・・」
「先に帰ってもらっていいかな?」
「・・・うん、わかったわ」
「奈々!?」
「でも、今日は早めに帰ってきてね」
「うん」
綱吉の顔を見て奈々は何か気づいたらしく、連れて帰ろうと家光の背中を押した。
しぶしぶ、というか奈々には逆らえないらしく、従う家光にタクシーに乗せたところで、奈々は綱吉にこう耳元で囁いた。
「彼がその『彼』なのね」
「・・・うん」
「お話が終わったら、おうちに連れていらっしゃい。一緒にご飯食べましょうね」
綱吉に全て伝えた後、奈々は家光とリボーンを連れて家路へと着いた。
残された綱吉とXANXUSはふ、と視線を合わせた。
心なしか疲れたような怒っているような表情をしてXANXUSは綱吉を見下ろしていた。
「お前の母親は理解があるな、家光のガキらしくねえと思ったがあれなら納得できる」
「・・・おれは納得したくないことがあるんだけれど」
「どうした」
「先程見送りしてくれたXANXUSがどうしてここにいるんでしょうか・・・?」
「まあ待ちやがれ、俺も聞きてえことが山ほどあるんだ、カス」
「は?」
「行くぞ」
ひょい、と音がしそうなほど軽々と綱吉を抱え上げたXANXUSはタクシーへと乗り込み、移動をし始めた。
つい最近まで同じことをされていたのに、ヴァリアーのアジト内でされていた以上に抱き上げられて移動するのは恥ずかしかった。
タクシーに乗っても、目的地についても、XANXUSは綱吉を腕の中から降ろすことはなかった。
自分で歩けると主張するも、歩くのが遅いと返され腕の中に収まったまま小さくなっているしかなかった。
連れてこられた先は、ホテルの最上階に近いフロア一面が一つになった部屋で、いつの間に予約を入れていたのかほぼ素通りでチェックインを済ませその大きな部屋の窓際のソファへと綱吉はやっと降ろされた。
どきどきしたままずっと移動していたため、呼吸の仕方も忘れたかのように息苦しかったが、ふは、と音を立てて空気を取り込んだ。
「綱吉」
目の前のXANXUSが下から見上げるように綱吉のほうを向いた。
視線を合わせられると、余計に心拍数が上がったように感じた。
「何でこんなもん置いて行った?」
「・・・もう見つけちゃったんだ、その手紙」
XANXUSが手にしていたのは綱吉がXANXUSの辞書へと挟み込んだ小さなメモだった。
気づくかもしれない、一生気づかないかもしれない。
もしかしたら他の人が先に見つけてしまう可能性だってある。
けれども、綱吉は小さなお礼の言葉をメモを残したのだ。
そこに小さな気持ちも共に込めて。
「これを見つけたから、日本へ来た・・・気になることが山ほどこの中に書かれていたからな」
移動してきたとは思えないほど、元のままの形でXANXUSの手の中でそのメモは残されていた。
「お礼の手紙だよ、本当は辞書使ってイタリア語で書きたかったんだけどまだ単語もろくにわからないから文章にならなかったんだ」
「直接言えばいいだろうが、声も出るようになったんだ」
「・・・XANXUSだって誰かに手紙だそうとしてたんでしょ、同じだよ」
XANXUSの場合は宛先どころかまだ言葉を集めただけに過ぎないメモだったが、イタリア語でも英語でもなくわざわざ日本語を集めていたのだ。
XANXUSの口から出そうもない愛を紡ぐ言葉を。
綱吉も届くかわからない言葉を形に残したかっただけなのだ。
「声じゃ上手いこと言えないから、文字で示すんだよ」
「てめえは・・・」
はあ、とため息をつく音が聞こえる。
「声が出るようになったら思ってることも言えなくなったのか」
「・・・」
「自分の口からは言わねえんだな、好きだ、とは」
「え・・・・」
「あれだけ言ってたのにぱたりと出なくなったからどっちが真実かわからねえ」
自分が好きだと―――言っていた!?
その事実に吃驚する。
声が出ない間、思っていたことがXANXUSに伝わっていた。
話さなくても、まるで会話をしているように伝わっていたのだ。
それは、綱吉が心の奥底で思っていた気持ちも筒抜けだったということで。
顔に熱が集まっていくのがわかる。
要は、気持ちを垂れ流しにしていたというわけで、自分の気持ちが駄々漏れだったわけで。
心を丸裸にされたようなものすごく恥ずかしいことになっていたのだった。
固まって真っ赤になった綱吉にXANXUSはくしゃりと顔を撫でてやった。
「お前を邪魔と思ったことも迷惑と思ったこともねえ。お雨を優先したのは俺の意思だ、一緒に過ごす時間を持ちたかったのも確かだ。ただ自分の気持ちは男相手に抱く感情にしては異質なものだった・・・・お前が男だとばかり思っていたからな」
XANXUSは綱吉の手を包むようにして自分の手の中に収めた。
お互い少し震えてきているのが手を通じて感じる。
軽く手の甲を撫でると、少し落ち着いたようにふう、と息を吐く音が聞こえた。
「お前は俺のことが好きか?」
どきりとするような言葉をXANXUSはただ真っ直ぐと綱吉を見つめて言った。
恥ずかしくなるようなその言葉を柔らかく、しかし真っ直ぐに聞いてくるXANXUSの目に冗談で言ったような不真面目さはなかった。
むしろ、引き込まれるほどの本気の目をしていた。
「お前の口から、きちんと聞きてえ・・・言えるか?」
耳の中も口の中も全て心臓に変わったかのように全身に血が回る感覚を受けた。
大きな音でドクンドクンと脈打つ自分の体。
期待と不安とが対峙している様だった。
答えなきゃ。
声が出るようになったのだから、自分の口から答えなきゃならないのだ。
一度、大きく呼吸してゆっくりと言葉を紡ぐ。
「好き・・・おれ、XANXUSのこと好き・・・だよ」
「そうか」
あ、と声を出そうとしたときには遅かった。
XANXUSにそんな言葉は合わないとわかっていても綱吉の目には涙が出そうなほど嬉しそうな顔をしているように映り、その顔もすぐに見えなくなった。
いつもの横抱きではなく、真正面から抱きしめられる。
「間違いじゃねえのか・・・安心した」
つぶやくように言うその言葉は、綱吉の耳元で溶けるように消えた。
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