意識が上昇するけれども目を開けたくない、そんな気分だった。
いい匂いがする。
昨日も今日も何度か感じたその匂いに引き寄せられて、綱吉は目をうっすら開いた。

「起こしたか」

やはりXANXUSの腕の中だったか。
綱吉は何度となく抱き上げられたその腕の感触を覚え始めていた。
自分にない力強さを感じるその腕に心地よさを感じ始めていたのだった。

「遅くなった、このまま眠っちまってもいいが、どうする?」

ぽわんとした意識の中で綱吉は頷いた。
出来ることならこのまま気持ちよく眠りたいと思った。

「ベッドまで少し我慢しろ」

まだ書庫にいた綱吉を抱え上げ、ベッドルームまで運び入れたXANXUSはゆっくりと綱吉を降ろし、眠りやすいように布団をかけてやった。
誰もいなかったベッドは冷たくて、ふるり、と震えてしまう。
XANXUSに手を伸ばしたくなったが、寸でのところではた、と気がつき、止めた。
それは――――自分がしていいことではないからだ。
きゅ、とシーツを握り締めて我慢する。

「おい・・・綱吉」

眠たい目を擦りながら、XANXUSのほうを向く。
逆行でまたXANXUSの表情はぼんやりとしか見えなかったが、少し困ったような怒ったような顔をしているようだった。

「帰りてえのか・・・?」

言われたことをすぐは理解できなかった綱吉は、ぱち、と目を開いて考えた。
帰るとは自分が日本に帰るの意味だろうか。
確かに、このままXANXUSの邪魔になるならば、日本に帰って大人しくしていたいと思った。

「さっき、てめえは帰りたいと呟いていた・・・帰りてえんだな?」

そうXANXUSに問われた綱吉は、こくり頷くことしかできなかった。
回復するまではここにいろ、とリボーンに言われたけれども、これ以上はここにいてはいけないと考えていた。
ここにいる時間は嬉しいし、楽しい、そしてたくさん褒めてもらえたことが満たされる気分になったけれども、それは全部XANXUSの任務として動く行動に過ぎない。
迷惑になっていることは、誰の目から見ても明らかだった。
本来ある任務の皺寄せがいっているヴァリアーの面々にも、XANXUS本人にも迷惑をかけているのは確かなことで。
自分が日本に帰ることが一番良いことなのだろうと思う。
声が出るまで、など甘えておらず早く戻るべきだったのだ――――。

「・・・わかった。すぐには無理だから、今日は休め、いいな」

その言葉にも頷いて、目を閉じた。
これ以上目を開いていては、泣いてしまうそうだった。
まだ眠り足りなかった体は、眠りの世界へとゆっくり意識を引き込んでいた。





「・・・なんで泣くんだよ、ドカスが」

綱吉は泣いてないつもりだったが、書庫にいた時点から涙が流れていたのだ。
それでも普段どおりの綱吉から涙の理由を聞くのは悪い気がした。
帰郷を願う気持ちが流れ落ちたのだろう。
急にふらりと出た二人旅だったと聞いていたのだが、何故わざわざこんな危険なイタリアまでわざわざ来たのかわからなかった。
XANXUSの元へ次々と舞い込んできた書類を手に取る。

「明日が潮時だろうが・・・」

一つは診断書。
明日起きた頃には大体の毒も抜けているだろうという医師の見解も書いてあるもので。
一つは科学班からの調査結果。
細かいガスの成分が書かれており、今後のための解毒剤についても書いてある。
最後の一つは、そのガスを使い綱吉を罠に嵌めたであろう人物について。
綱吉の家庭教師がすでに仕掛けた人間は潰したようだが、根が深いようで今後のヴァリアーの出番も増えるだろうと思われる。
元十代目候補にくっついていた残党の寄せ集めだった。
『外』の人間、XANXUSは容赦する気はまったくなかった。

「ちゃんと帰してやる、だから泣くな」

綱吉の頬を軽く撫で付けて、涙の後に口付けた。
もう少し自分の元にいて欲しかったが、綱吉が望まないならば無理強いしてはならないだろう。
ほんの数日でも、いてくれた事実はXANXUSにとって幸せな思い出になるのだから。
気持ちを切り替えて、綱吉を帰国させる手配を取るために携帯を手にしたのだった。





「起きろ、カス」

綱吉の朝はXANXUSの声で始まった。
今日は昨日とは違い、XANXUSはもう起きていた。
昨日は私服のようなシャツにスラックスだけというスタイルだったが、今日はきちんと隊服を身に着けていた。
綱吉はゆっくりと体を起こしてXANXUSのほうへ向いた。

「おはようXANXUS」

自分で出した声に吃驚して、綱吉は体を震わせた。
何度頑張っても出なかった声がまだ小さくて擦れる様にだが、出たのだ。
XANXUSも同様に驚いていた。

「声、出ねえのか・・・?」
「へ?・・・ちが、出るようになったの」
「・・・そうか」

XANXUSにとっては今まではっきりと聞こえていた声が突然擦れて聞こえ始めたのだから、驚くのも仕方がないだろう。
やっと出るようになった綱吉の声は静かだから伝わる程度の小さなものだった。

「声帯に負担をかけるとまた出なくなる・・・必要なとき以外は黙っていろ、いいな」

こくりと綱吉は頷いた。
これで少しずつ声が治れば、もう自分で何でも出来る。
そんな嬉しさからすっかり他の事を忘れていた綱吉は、ベッドから降りようとして初めて足がまだ動かないことに気がついた。
ぐらり、体勢を崩して落ちそうになるところでXANXUSに抱きとめられた。

「・・・びっくりした」
「こっちもだ、ドカス」

寸でのところで止めてくれたXANXUSのおかげで何ともなかったが、下手したらベッド下へとまっ逆さまだったかもしれないのだ。
昨日二度やった失敗を三度あるというようにやってしまうところだった。
一旦ベッドへと戻された綱吉に再度布団をかけてやる。

「今日連れて行くつもりだったが、飛行機の手配に手間取った。明日、日本へと帰国できることになったから安心しろ」
「明日・・・帰れるの?」
「ああ」

綱吉の声が聞こえづらいらしく、なるべく体を寄せてXANXUSは綱吉に伝えた。

「そっか、ありがとう」

少し悲しいような顔をした綱吉は、心につきんとした痛みを感じた。
XANXUSは綱吉に声での返事ではなく頭を撫でて言葉の代わりにした。
XANXUSにとっては厄介者が明日でいなくなるのだ、嬉しいだろう。
やっぱり少し悲しい、と綱吉は思った。

「シャワーあびるか?飯も出来てるらしいが、ここに持ってこさせてもいいぞ」
「シャワー浴びたいけど・・・」
「何だ、てめえの体なら昨日充分に見たから恥ずかしがることねえだろうが」
「・・・恥ずかしいって・・・だって」

男の人に、と言葉を続けようとしたがそれより先にシャワールームへと連れて行かれた。
また昨日同様にXANXUSに隅々まで洗われ、着替えから髪のセットまでしてもらった綱吉は、終始茹蛸のように真っ赤になったままでいた。
あまりに気にしなさ過ぎるXANXUSに何を行ったら止めてくれるのかと考えたが、多分何を言っても止めてくれないなと諦めたのだ。
気にしないように自分が目を瞑ることでやり過ごそうとしていたのだった。
XANXUSが昨日買ってくれたワンピースに袖を通し、靴まで履かされたところでXANXUSは綱吉に声をかける。

「終わったぞ・・・どうした?」
「恥ずかしいから、目を瞑ってるだけ・・・だもん」
「そうか」

ふ、と笑ったような声が近くで聞こえて、綱吉の口に何かあたったような感触があった。
ちゅ、と音をたてて離れたそれがXANXUSの唇と気づいたのは離れて大分立ってからだった。
目を開けて驚いたように口をパクパクした綱吉に対して、XANXUSは何もなかったかのようにしていた。

「飯食いに行くぞ」

そう言って綱吉を抱え、食堂へと向かう。
XANXUSの心臓の音が昨日よりも心なしか速くなっていたのだが、綱吉のどきどきの音のほうが大きすぎて気づけなかったのだった。






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