帰りの車の中で急に鳴り響くコール音。
焦る様子もなく携帯を手にし、相手と話し始めるXANXUSを横からぼんやりと眺める綱吉。
何があったのだろうかと疑問に思うが、淡々と話し続けるXANXUSに変化は見られなかった。
数分話した後に携帯を置き、運転を続けた。

「ジジイのところからだ、こっちに寄越す任務の件だ。気にすんな」

それ以上はXANXUSは話してくれなかった。
イタリア語で会話されては自分には理解できないことをXANXUSは知っているし、だからこそイタリア語で話すのだ。
綱吉にこちらの任務の話を聞かせたくないというXANXUSの考えもあってのことなのだが、綱吉は納得できていなかった。

「悪いが、戻るぞ。やらなきゃなんねえことができた」

元々戻るつもりだったのだから、XANXUSが謝るようなことはないのだが。
少し表情が険しくなったXANXUSの運転する様子をちらりと見ながら綱吉は大人しく助手席に収まっていた。





綱吉とXANXUSはヴァリアーのアジトへ戻り、綱吉が始めに連れてこられた部屋へと入っていった。
そのときやっと気づいたのだが、この仮眠室もシャワールームもあるこの部屋は元々XANXUSの執務室だったようだ。
大きな机と重たそうなデスクチェアのあるスペースには幾つもの書類の束が重なっていた。

「やりてえことがねえなら、隣に書庫がある。そこにいろ」

その言葉は暗に綱吉がここにいて欲しくないと言っている様で、綱吉はそれを受け入れた。
本を読むのは苦手だしここの書庫に綱吉の読める本があるとは思えなかったが、それでもこの執務室にいるよりはXANXUSの邪魔にならないだろうと判断したのだ。
こくりうなづくとXANXUSは綱吉を抱えたまま隣の部屋へと入っていく。
書庫というほど広いものではないが、壁一面に広がる本棚の数には圧倒されるほどだった。
唯一腰掛ける場所として用意されたソファと小さなテーブルがある場所へと綱吉は降ろされた。

「後で飲み物を持たせる、何かあったら呼べば聞こえるからな」

そう言ってXANXUSは部屋から出ていった。
綱吉を置いていかなくてはならないほどの任務が来たのか、それともトラブルでも起きたのか。
XANXUSの表情の変化では綱吉にわかるものではなかった。
わかるとすれば、今自分はやることがないということだ。
とりあえず近くの本棚から一冊、あまり厚みのない本を手に取ってぱらぱらと捲ってみたのだが、もう全てが暗号文に見えそうなくらい理解できるページはなかった。
歩いて移動できないので、この場で手の届く範囲のものしか手に出来ない綱吉は昼寝でもしようかな、と体を捩じらせたところで。
馴染み深い文字の本が目に入った。

「・・・?」

日本語の、しかも自分が読めるそれはイタリア語の和訳辞典。
ぱらぱらと捲ってみると、いたる所に付箋がついているし、読み跡もついているのだ。
誰かが――――多分XANXUSが使っていたものであろう。
ふ、と見つけたその本に惹かれ、綱吉はのめり込んでそのたくさんの跡を読み拾っていったのだった。





「ツナちゃん・・・あら?」

しばらくして書庫へとルッスーリアがお茶とお菓子を運んできてくれた。
XANXUSが行ってから大分時間がたっていたであろうが、それも気にならないほど綱吉はのめり込んで辞書から言葉を拾い集めていたのだ。
ルッスーリアに声をかけられて、は、と顔を上げた綱吉は、ルッスーリアにニコリ微笑んだ。

「お茶、持ってきたわあ。ここに置いておくわね」

綱吉が座るソファの横にことりとお茶セットが置かれた。
ポットからは温かい紅茶の香りがほんのり漂ってくる。
一緒に持ってきたクッキーもすごく美味しそうだった。

「熱心に読んでたのね・・・ボスの本は面白いかしら?」

綱吉は思い切り首を動かして、何度も頷いた。
その姿を見て、ルッスーリアも笑ってくれた。
ちゃんと通じたようで綱吉も安心する。

「もうしばらくここにいてもらうことになりそうだけど・・・足りないものはないかしら?用意できるものならここに持ってくるけど」

は!と綱吉は欲しいものをルッスーリアに伝えようとした、が声がなくて言えない。
後で自分で用意しよう、と綱吉はふるる、と首を振っていらないことを伝えた。

「そう?じゃあボスが迎えに来るまでおとなしくしててちょうだいね」

その言葉に頷くと、ルッスーリアは安心したように部屋から出て行った。
綱吉が所望していたものは紙と鉛筆、だった。
XANXUSを介してでなくては通じない言葉を、この辞書で調べた言葉を紙に書いておければ簡単な言葉だけでも伝わるのでは、と考えたのだ。
それとは別にXANXUSが気に入ってつけている言葉も書きとめておきたい、と思っていた。
たくさんある言葉の中でも、『可愛い』や『綺麗』は文字で練習した紙が挟まっていた。
あの手から書き取られたとは思えないほど繊細な文字は、自分のそれよりも綺麗で目を惹いたのだった。

綱吉はルッスーリアの持ってきた茶を飲み、ほおと一息ついてまたその文字を見返した。
こんな綺麗な字で手紙を貰えたら幸せだろうなあ、と考えていた綱吉は、ある考えにたどり着いた。
この辞書を使って、XANXUSが誰かに手紙を出そうとしていたのではないか、ということ。
弾かれたように綱吉は、辞書の中に挟まっていた紙を集めてみた。
それほど多くない紙は、全部集めてみても手の中に収まるほどの量で。
数枚入っていたXANXUSの書いた文字の羅列の中に、見たくなかった文字が飛び込んできた。

『愛してる』

この文字により綱吉の予想は確信へと変わる。
この辞書の持ち主が書こうとしていたものはラブレターだということに。
すう、と血の気の引く感覚が綱吉を襲う。
そのまま、綱吉は意識を失った。





XANXUSに好きな人がいる、愛人の類はたくさんいるだろうと思っていた。
でも、XANXUSが自ら愛を伝えようとするほどの人物がいる事実は綱吉にとって辛いものだった。
リング戦以来、綱吉の心の中にXANXUSは住み続けていた。
未来へ行き、そこでであったXANXUSも何も変わらないがの強い人間で、そして少しだけ孤独の色が見える、そんな表情を時折見せていた。
九代目のこともあったが、周りにいた人間の不甲斐なさを残念に思ったことも、十年も経ったのにその瞳の悲しさに少し落胆したこともつい最近のことだった。
何年経っても変わらないXANXUSに惹かれたのも自分だった、その上であんな悲しい表情をさせたくないと思ったのだった。

十年でも二十年でも時間がかかってもいいから、彼の中から孤独な感情を取り除いてあげたいと思った。

この気持ちを恋と呼ぶには少し何か足りない、と自分でも感じているけれども。
XANXUSと家族のようになりたいと思う、家族のように包んで、安心させてあげたいと思う。
彼に対しては他の人に思うよりも少しだけ大きな気持ちで、抱きしめてあげたいし傍にいてあげたいと思うのだ。

綱吉はXANXUSが好きだった。






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