夢を見た。
出発前だろうか。
綱吉は母親の奈々と向き合って、イタリア行きの許可を求めていた。

「どうしても、行きたいのね」
「うん、今だから行っておきたいんだ。この先、いついけるかわからないから」
「わかった・・・つっくんがそこまで言うなら、いってらっしゃい」
「ほんと!?」

綱吉は顔をぱあ、と輝かせて笑った。
数日に及ぶ説得は、母が折れる形で終結した。
一人で行かせるというのは心配だったが、リボーンもついて行くという事と綱吉がこれだけ自らお願いをすることはなかったから、これだけ気持ちをぶつけてくる綱吉の熱意を汲み取ったのだ。

「でも、つっくん。そうしてまでイタリアに行きたい理由は何かしら?それを教えて」
「う・・・ん」

ぴくり、と反応する綱吉は少し言いづらそうに口ごもった。
だが黙ったところで母が聞くのをやめるわけがなく、綱吉が話すまで待つつもりなのが見て取れた。

「あの・・ね、イタリアに、好きな人がいるんだ。彼が生まれ育った土地を自分の目で見てみたいから・・・」
「そうなのね」

そんな理由では行くなといわれるのではと心配していた綱吉だったが、奈々は笑顔で綱吉に言った。

「それなら、満足するまでしっかり見てきなさい。後悔するような真似はしちゃだめよ」
「う、うん」
「好きな人がいるのは、いいことなのよ」

幸せそうに笑う母の顔は、とても綺麗だった。






昨日よりも暖かく感じる布団に、綱吉は気持ちよく感じていた。
まだ眠っていてもいいかな、と寝返りを打つと何となく硬く感じる枕に違和感を覚えた。
実を引き起こそうとしたが何故か体が動かない。

「まだ早い、眠っていろ」

後ろから抱きかかえられていたらしく、機嫌の悪い声が綱吉に降りかかる。
XANXUSが綱吉を抱きかかえながら眠っていたようだ。
急に動かれたため、体と体の間に隙間が出来たことが気に入らなかったらしく、再び同じ体勢になるように体を引き込まれてしまった。

「・・・!?」

綱吉は自分の体に血が駆け巡るのを感じるほど、自分の体温が上昇するのがわかった。
顔も耳も手も熱くなっていて、傍目からでも赤くなっているのがわかるだろう。
そもそも何故今ここにXANXUSがいて、しかも同じベッドに眠っているのか。
自分が寝ぼけたのか、それともXANXUSが間違えたのか、どちらにしろ綱吉にとってあまりいい状態ではなかった。
口をパクパクさせもがくようにしてXANXUSの腕から逃れようとしたが、その力は強く外れなかった。

「何だ・・・ああ、この部屋に眠る場所はここしかねえからな、どのみちべっどが二つ入っている部屋はねえ・・・・仕方ねえだろうが、てめえについてなきゃなんねえんだ」

まだ眠そうにXANXUSがそう言うと、綱吉は困ったような悲しいような顔をしていた。
この腕は温かくて力強くて安心できるけど、意味を多く含まないその行為は悲しいだけだった。
もう一度力を入れて、XANXUSの腕を押し返した。
実際腕はほとんど動かなかったが、それだけでXANXUSは綱吉を解放してくれた。

「昨日よりは体のほうはよくなってそうだな・・・声はどうだ?」

あー、と自分では言っているつもりだが、それは音として空気を震わせることは未だに出来ていなかった。
試してみて、ふるふる、と首を振り、声が出なかったことを伝える。

「出ねえか、また後で医者に診て貰え。都合のいいときに呼ぶから」

XANXUSは身を起こしつつ、綱吉に告げる。
眠そうな顔も機嫌の悪い顔も同じように見えるXANXUSが今どちらなのか、部屋の暗さもあって綱吉にはわからなかった。
よく見ると、XANXUSは上半身に何も身に着けておらず、こんな状態で同衾してしまったのかと、再度真っ赤になっていくのがわかった。
この人は、何を考えているのだろうか。
自分のことを何だと思っているのだろうか。
綱吉の気持ちもわからずに、XANXUS自身は何食わぬ顔で起き上がりそのままクローゼットへ歩いて行ってしまった。
自分が悪い、綱吉はそう思った。
九代目の命があっても警戒すべきヴァリアーのアジトでぼんやり眠りこけたことが要因だ。
ここはXANXUSの城なのだから、彼が絶対なのだから・・・。


綱吉は気を引き締めて、ベッドから降りた。
そして何食わぬ様子で立ち上がろうとしたが、その場にすぐにへたり込んでしまう。
昨日はきちんと機能していた足に力が入らなかった。
腰が抜けたのかとも思ったが、異様なほどそこだけが動かそうとしてもぴくりともしなかった。
まるで、自分の喉のように。

「・・・おい、何してんだ」

着替えを終えたXANXUSが綱吉の様子に気づいた。
XANXUS自身はシャワーも浴びてきたのか、肩にかけたタオルに髪から水が滴っている。
先程までベッドにいた人間が、下に落ちてへたり込んでいる状態になっていたら誰でも驚くだろうが、意外と冷静にXANXUSは対処し始めた。

「落ちたのか?・・・何?足?動かねえのか」

ひょいと抱え上げてベッドへと戻しながらXANXUSは話す。
石鹸の香りだろうか、少しだけ甘い香りがした。

「ガスの成分に遅効性のものがあったんだろうな。声と一緒だ、そのうち抜けんだろ」
「・・・」

そのうち、という言葉は綱吉には相当辛かった。
体がこのまま動かなくなり声が出ないまま一生過ごすことになるかもしれない。
そうなったら、おれは――――?

「心配すんな。前に似たようなガス吸ってぶっ倒れたカスが今も生きてやがる。てめえも大丈夫だろ」
「!」
「ジジイとの約束もあんだから、面倒ぐれえ見てやる。移動だって問題ねえ」

ありがとう、ごめんなさい。
どちらも綱吉の伝えたい言葉だった。
こんなおれのために動いてくれてありがとう、でも命令でつき合わせて面倒押し付けてごめんなさい。
ぐ、とシーツを握り締めた。

「飯食う前にてめえもシャワー浴びるか?」

XANXUSの手が綱吉の頭をくしゃりと撫でた。
そういえば、こちらに着てからあまりに色々ありすぎて、体に気を使っている余裕がなかったことに気がついた。
綱吉は申し訳なさそうに頷くと。XANXUSは綱吉を連れてシャワールームへと向かった。
力強く抱えられた腕の中で綱吉は、不思議なほど優しくされるこの感触に慣れることはできそうもないなと思っていた。
優しすぎるその腕は、綱吉の心にとって毒でしかなかった。





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