「車で行くぞ、何でそっちに歩いていくんだ・・おい」
綱吉は大きな門を潜りそこで降ろされたので、てっきりアジトへ着いたと思ったのだが、どうやら違うようだ。
「本部とヴァリアーが使っている城は別の場所にあんだよ・・・本部でも迷子になったことがあるんだな、カスめ」
「!!」
「うるせえ、方向音痴。いいからとっとと乗りやがれ」
XANXUSは綱吉の首根っこを掴み、まるで猫のように持ち上げてドアの開かれたリムジンの中へと放り込んだ。
どさりと音をたてて落ちる綱吉。
その後からすぐにXANXUSが乗り込んできて、ぐいと奥のほうへと押し込まれた。
広い車内なのに、なぜかXANXUSが広いスペースを取り、綱吉は横の少しだけ空いたスペースへちょこんと座らされたのだ。
文句を言おうとXANXUSのほうを向いたが、彼はすぐに運転手へと指示を出し書類片手にメモを取り始めた。
次々とメモを残し、それを分けていっている。
仕事をし始めたXANXUSを邪魔するわけにはいかず、狭いと思いつつもそこに身を収めようと綱吉はひざを抱えて丸くなった。
まるで小学生のように小さくなった綱吉がこんなに広いのになあと考えていると、横から腕が伸びてぐいと引かれた。
XANXUSの腕に引き込まれて、ぽすんと胸元に体をもたげさせられたのだ。
「狭いのが嫌ならこっちに来てろ、カス」
それだけ告げて再び仕事の手を進めるXANXUSは先程よりなんとなく狭そうに仕事をしていたのだが、本人がこう進めるならと、綱吉はその体制を受け入れていつしかそのまま眠りの世界へと落ちていった。
波長が合うというのはこういう感じだろうかと、相手の心臓の音を聞きながら綱吉は思ったのだった。
はた、と目を覚ました綱吉がまず目にしたのは、目の前に広がる真っ白な世界だった。
柔らかくて肌触りも良くて、そこまで感じて初めて自分がベッドの上にいることに気づいた。
思い返してみても、確か自分は車に乗っていたはずだ、とそこまでの記憶しかなかった。
多分その後に車の中で眠ってしまったのだろう、思っていたよりも体が回復に力を注いでいたようで体力が持たなかったようだ。
この調子では喉もいつ治るのかわかったものではないな、とため息をつく綱吉に離れた場所から声をかける者がいた。
「目え覚めたか、カス」
ソファに座りこちら側に見えない位置にいるにもかかわらず、綱吉の様子にXANXUSは気づいた。
手にしていたグラスを置き、綱吉のほうへと歩み寄る。
車内で見ていたXANXUSとは違い今は仕事の時間ではなくプライベートのようで、テーブルに並べられた数本の酒を楽しんでいたようだ。
「夜まで眠りこけるほど体力奪われてやがるなら本部にいたほうが良かっただろうな、ここには簡単な医療設備しかねえ」
綱吉の顔色を確かめ、髪をくしゃりと撫で付けた。
不思議なほどXANXUSの手は気持ちよかった。
ふわふわと撫でられるだけで、もう一度眠りの世界へと落ちていきそうだった。
「カルテを見たが・・・下手すると数日はベッドの住人かもしれねえな。ヘマしやがって、ドカスが」
そう言って取り出した小瓶から、錠剤を取り出し綱吉に渡す。
「どれだけの効果が見込めるかわかんねえが一応飲んでおけ、入ってしまったガスの成分を抜くための薬だ・・ほら」
ベッドの横にあった水差しとコップを手に取り、水を注いで綱吉へと渡した。
う、と薬を手にした綱吉は固まってしまっていた。
薬が苦手なのもあるが、何が入ってるかもわからないものは危険な気がしてならない。
本当に大丈夫だろうかと、薬を見つめる綱吉にXANXUSは深いため息をついて薬を取り上げた。
そして綱吉の鼻をつまみ、口を開けさせると薬を口に放り込んだのだ。
ぐ、と喉に当たりそのまま勝手に体内へと入っていってしまった薬はもうどうすることも出来ず、手にしていたコップから水を飲んで流し込んだ。
「何か食いたいなら、持ってこさせる」
満足気な表情をしたXANXUSは綱吉にそう問うたが、どう伝えていいのか迷っていた。
食べたいものは色々あるものの、それはすべて日本食で、XANXUSはそれを知っているのかわからない。
何故かXANXUSには自分の声が聞こえているが、おかゆやおむすびなんて伝わるんだろうかと疑問を抱いた。
言葉がわかっても、その言葉が意味するものを知らなければ意味がない。
しかし、XANXUSはそんな綱吉の表情も読み取り即座に行動に移す。
「おかゆでもおむすびでも知っている。バカにするなドカスが。どっちがいいんだ・・・そうか」
内線ですぐ連絡を入れ、五分も立たないうちに部屋にノックをする音が響いた。
「ボスぅ?持ってきたわよお・・・あら、寝室のほうかしら?」
「こっちだ、持って来い」
食事を運んできてくれたのはルッスーリアで、自分一人分にしてはずいぶんな量の食料の乗ったワゴンを押してきた。
一人分ならば手で持ってくることも可能だろうが、自分がどれだけ食べると思われてるんだろうと、綱吉が驚いて固まっていると、XANXUSがそれに対しての回答をくれた。
「てめえ一人の分じゃねえ・・・いくらなんだってその体にこんな量は入るわけねえだろ、カス。てめえに付きっ切りで俺も食事する暇すらなかったからな」
XANXUSの前に次々と食事が並べられ、そして綱吉の前におむすびと味噌汁が用意された。
まさかイタリアに来てまで、お米が食べられるとは思っていなかったので、綱吉は嬉しそうに手を合わせて食べ始めた。
「おかわりもたくさんあるわよ、ゆっくり食べてね。じゃないと詰まっちゃうわよお!」
日本茶まで丁寧に用意してきたルッスーリアが綱吉に湯飲みを差し出しながらそう言った。
ここまで出来た嫁ならば誰もが喜ぶだろうが、現在のルッスーリアはハートのエプロンフリル付を身に着けており、そこから見える筋肉が視覚的に破壊力抜群だった。
湯飲みを受け取りながら苦笑する綱吉にルッスーリアは再び微笑み返した。
「この様子なら明日は食堂で一緒に食事でも大丈夫そうねえ。好き嫌いやアレルギーはあるかしら?」
ふるふる、と首を振って伝える綱吉。
よほどのゲテモノ料理でなければ大体食べられるだろうし、実際イタリアに来た際に食べられないものはなかった。
「そう、良かったわあ。腕の奮い甲斐があるわねえ・・・ボスも一緒でいいかしら?」
「てめえらだけじゃこいつの世話できねえだろうからな、仕方ねえ」
「レヴィもベルちゃんも喜ぶわあ・・・あら、もうこんな時間、後で下げに来るから食器はそのままにしてて頂戴ね」
じゃあ、とルッスーリアは急ぎ足で部屋から出て行った。
何をそんなに急ぐのだろうかと綱吉は疑問に思っていたら。
「仕事だ、気にするな。目の前の食い物に集中しろ、こぼしてんぞカス」
ルッスの言動に気を取られて、あちこちにこぼしていたらしい。
急いで落ちたご飯粒を広い集める。
「無理しねえで食べちまえ。食ったらとっとと寝ちまえ、いいな」
すでに目の前の皿が空になっていたXANXUSは脇に寄せていた酒を引き寄せ、飲み始めた。
食べ終わってもXANXUSはここにいるようだ。
綱吉はXANXUSのほうを向いてじいとXANXUSを見る。
「何だ・・・ああ、ジジイも言ってただろう、てめえのお守りしなきゃなんねえんだから他んとこに行くわけにいかねえだろうが、カス」
ごめんなさい、と口を動かしたがやはり口が動く音しかしなかった。
それが聞こえなかったのか、XANXUSは何の反応もなく酒を飲み進めていた。
自分が早く眠れば、XANXUSの自由時間ができるのだろうか?
今でもすでに好き放題お酒は飲んでいるけど、もしかして自分のせいでつぶれてしまった予定があるのかもしれない。
ぐるぐると綱吉が思考を進めていると、不意にXANXUSが綱吉の手を掴んだ。
「!?」
「またこぼしてる。もういらねえのか?考えんのもいいが食い終わってからにしろ」
手元のおむすびがぼろぼろと崩れ、もう原形を留めていない。
零れた分をさらに戻され、手に持っていた分も皿へと置くように言われた。
もともとほとんど残っていなかったおむすびは、ひょいとXANXUSに口に運ばれてしまった。
指まで食べられそうなその動作に、どきりと体が固まった。
焦った様子を見られないように、落ち着いてルッスーリアの入れてくれたお茶(これもぼんやりしているうちに冷めてしまったのだが)を飲み干そうとしたが、それも手が振るえて零してしまった。
「いいから・・・休め、カス。とっとと休んでとっとと治してくれねえと俺は任務にすら出られないからな」
いつの間に用意したのか、零れた分をタオルでふき取り、綱吉の前から皿を寄せた。
片付ける、と言いたかったのだが、それすらも止められそうな勢いで体を止められる。
「気になるなら、俺がやる。休め」
どこまでも迷惑をかけている自分が悔しかったし情けなかった。
そんな綱吉を知ってか知らずか、XANXUSは意外なほどの手際のよさで皿をワゴンへを戻していった。
「さっき使っていたベッドを使え、着替えも荷物もベッドの横に置いてある・・・どうした?」
先程以上に大人しくなってしまった綱吉の異変にXANXUSは気づいた。
どうしたと聞かれても上手い事答えられなかった綱吉はふるる、と首を振り、奥のベッドへと駆け込んでそのまま中へと潜り込んだ。
効かない体はどうしようもない。
今の自分は起きてただここにいるだけで、今の自分は邪魔でやっかいものなのだ。
早く治すためにも、邪魔になるためにも、まだ眠れそうもないほど冴えた目を瞑り心の中で羊を数え始めた。
「ゆっくり休め」
XANXUSも綱吉の気持ちを感じたのかそれ以上は何も言わず、ただ、ベッドの側に椅子にかけて酒を飲み進めていた。
そのうち綱吉は、200匹目の羊を数える目前に眠りの世界へと旅立っていたのだった。
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