「綱吉くん・・・大丈夫かのう?」
「!・・・」

こくりと頷いたが、本当は大丈夫ではなかった。
リボーンを通じてならば何とか他の人とも話が出来るかと思っていたのにイタリア語で会話が飛び交うボンゴレ本部に日本語しかわからない綱吉がどう頑張っても自分の意思がまともに伝わるとは思っていなかった。
日本語が話せる人も多数いるのはわかっているが、それでもリボーンほど綱吉の伝えたいことを理解できる者はいないだろう。
不安が心を支配し始めていた。

「困ったことになったのお・・いつもはバジルに頼んでいるのだが、門外顧問チームは皆明日から北へ向かうことになっていての。家光も不在だしのお」
「?」
「聞いてなかったのか、昨日から日本に戻って夫婦水入らずで過ごすと自慢しておったのに」
「!!」

そういえば、自分を送り出すときの母が何だか浮かれ気味だったのを思い出した。
何度か見たことある光景だったが、あれは父に会える嬉しさを隠しきれない姿だったのかと今になって綱吉は気づいた。

「普段通りであれば、日本語が達者な者に着いていて貰えばいいのだが、筆談が必要になるだろうからね・・・読み書きまで出来るものとなると限られておるから・・・ああそうだ!」

少し待っていてくれたまえ、と九代目は綱吉に告げ、急に慌しく動き出した。
側にいた部下へと指示を出し、本人も机へと向かいなにやら書き始めた。
そして、一枚の書類を書き終えた九代目が満足げに綱吉の元へと帰ってきた。

「今、手の空いている都合のいい人物がおった。今、こちらに呼んだから、しばらくしたら来るであろう。それまでここでお茶をしていようじゃないか」
「??」

にこり笑う九代目はもう大丈夫といっているようで、綱吉も覚悟を決めるしかないかな、と冷めた紅茶を一口飲んだ。
喉を潤すその紅茶は、いつ飲ませてもらってもおいしかった。
声が出ないものは仕方がないし、そのうちリボーンも戻ってくるだろうし、こうして本部にいさせてもらえるなら飲食や居住に困ることはなさそうだな、とぼんやり考えていると。
廊下の方から、気持ち悪くなるほどの怒気が流れ込んできた。
誰かが――――来たのだ。

突然扉が開かれ、その怒気を放つ人物が部屋へと入り込んできた。
不機嫌を形にするとこうなるのかと納得したくなるほどの嫌そうな顔と怒りに満ちたオーラは、綱吉のよく知る人物だった。

「何の用だ、クソジジイ」
「XANXUS、まあ今話すから座りなさい」
「時間がねえ、用件を早く言え、クソが」

その人物はXANXUSだった。
珍しく、誰も従えずに九代目の執務室へと訪れたXANXUSは開けた扉をそのままに、入り口で立ったまま話を続けていた。

「この書類、私からの勅命だから目を通しなさい」

そう言って、九代目が自分の目の前に書類を置くと、XANXUSがイライラした様子でその書類を手に取り、すぐその場で読み始めた。
そして、読み終えたと同時に書類をぐしゃりと握りしめて、九代目に怒鳴りつけた。

「・・・なんで俺がガキの世話なんかしなきゃなんえんだ、クソが」

ぐしゃりつぶれた書類が机の上に落ちる。
しかし、九代目の炎が入ったその書類は、形を変えようとも意味を成すものでありボンゴレ内では一番威力を発揮するものである。

「お前が適任だからだよ、XANXUS。お前は日本語の読み書きが出来るし、腕もたつ。そして、何より綱吉くんの知っている相手だからね」
「ふざけんじゃねえ!」

怒気を増したXANXUSの手には炎が灯り始めた。
それに驚いた綱吉は、元々机に身を半分隠していたのだが、椅子と共に床に転がってしまった。
ガタリ、と大きな音が出た。
出せることなら悲鳴も出してしまいたかったほどだ。

「大体、ガキの世話はいつもやってる奴がいるだろうが。家光もいんだろ」
「その子は任務、家光は休暇で日本だよ」
「ならそのガキも一緒に日本に帰しちまえばいいだろうが、カス!」

イライラをつのらせたXANXUSはとうとう一発炎を放った。
その炎は九代目の横を抜けて、窓の一部を欠けさせた。
消し飛んだ部分から、部屋の空気とは真逆の爽やかな風が吹き込んできていて、なんとも不釣合いな空気になった。

「そうもいかないんだよ、今の綱吉くんは声が出せなくてね。原因究明中だから、治るまではしばらくこちらに滞在する予定だからね」
「・・・何?声が出ねえだと?」
「っ!!」
「嘘ついてんじゃねえ、さっきからあのガキずっとしゃべってんだろうが」
「話している?お前には綱吉くんの声が聞こえるのかい?」
「本気で耄碌したか、クソジジイ。だからこいつはずっと怖いだの何だのぐちゃぐちゃしゃべってんだろうが」

びく、と綱吉は反応した。
吃驚したのは綱吉だけではなく、九代目もだった。
確かに今自分は怖いと思っていたし、実際声が出てきたらそう言っていただろう。
XANXUSにはそれがわかってしまうということだろうか。

「後でお前に元へも診断書を送ろう。実際私には綱吉くんの言葉は聞こえていないからね」
「・・・」
「他の人に声が聞こえないならば、なおさらお前が世話役に適任だろう。数日分の任務は部下に任せて、お前は綱吉くんの警備と世話に当たりなさい、いいね」

しばらく黙った後、XANXUSの口からもたらされた言葉は、信じがたいほどのものだった。

「・・・Sランクの任務を優先的に回せ。この任務分はSランクの5倍はよこせ・・・なら受けてやってもいい」
「いいよ、頼んだ。XANXUS」
「・・・?!」

案外あっさりと任務を受けたXANXUSは、なぜかテーブルにつき茶を入れさせて綱吉の横でそれを飲み始めた。
一番納得がいっていないのは当の本人である綱吉だった。
XANXUSがただ怖いだけの人とは思っていないが、まともに考えても世話上手とも話し上手とも思えなかった。
自分の考えたがわかるとは言え、どこまで理解してもらえるか心配で仕方がなかった。
驚いた顔をしたまま、恐る恐る椅子を直し、綱吉も再びテーブルに着いた。

「心配すんな、飯の用意ぐらいはちゃんとしてやる。ぶるぶる震えてんじゃねえよ、カス」

先程までの怒気とは違ったどちらかといえば柔らかいイメージを持つその言葉に綱吉はまたぴたりと止まってしまったが、それを見てXANXUSが表情を和らげたように見えて不思議と安心してしまった。
なんとなく怖いというイメージよりも、もっと別の――――もしかしたらXANXUSの見えない優しさなのかもしれない。
その部分を垣間見た綱吉は、先程まで止まらなかった震えがぴたり止まったのだ。

「食ったら移動する。ここにいるのはごめんだ。・・・ああヴァリアーのアジトだ。他の奴もいる。・・てめえが来るとなったら、ベルフェゴールが喜んでナイフ投げてくるかもな」

ビクリ、体が反応してしまったのをXANXUSは見逃さず、ぶはと笑った。

「まだてめえは弱い、そんなんで本当に十代目が務まるのか、ドカスが」
「・・・・」
「まあいい。ジジイ、こいつは連れて行くからな」
「荷物は後で送り届けよう、手荒な真似はしてはいけないよ」

先に席を立ち歩き始めたXANXUSを見て、綱吉も急いでその後を追いかけるべく立ち上がった。
そして、九代目に会釈をして足早に去っていくXANXUSを急ぎ足で追ったのだった。
九代目はその二人の様子を見守り、安心したように微笑んだ。

「さて・・・家光にも一応連絡しておこうかの。多分来るとは言わないだろうが、ね」

忙しい身とはいえ、次代の者たちのことを放っておくわけにはいかない。
微力でいいのだ、力にならなくてはと、九代目は自分の机に積みあがった書類を寄せ、家光と医務班に向けての書類を作り始めた。





ハア、ハア。
綱吉は必死にXANXUSの後を追いかけていた。
動いてみて初めてわかるこの自分の体の鈍さ。
さっきリボーンを肩に乗せ歩いていたときは比較的ゆっくり歩いていたので気がつかなかったが、まだどうやら体の痺れが全体的に残っているようだ。
全力で走っているのだが、いつもの二割か三割程度の力しか出ていない。
数歩ほどしかなかったXANXUSと綱吉の間が見る間に広がっていくのだ。
こういうときこそ声の大事さがわかる。
足元を見て進んでいた綱吉は、とす、と何かにぶつかった。

「遅え、カス」
「・・・・」

む、とした顔をするとXANXUSはそれを見てまた笑うのだった。
いい年してぶすくれた顔をするのはどうかと思ったが、こうも思い切り笑われるとどう反応していいのかわからなくなる。
バカにしてるのは確かだろう。

「体が効かないなら初めに言え。ジジイが言わねえから気づかなかっただろうが、ドカス」

そういうとXANXUSは綱吉を片手で抱え上げて、肩口へと乗せて歩き始めた。
ひい、と声をあげたつもりだったが音は口の中で消えていた。
不安定な状態で抱えられて、ふらふら揺れるのはすごく怖かったが。

「動いたら落とすぞ、カス」

抱え直されて自分も動かないと、不思議と安定した。
自分にはない力強い腕が綱吉は少しくやしかったが、親切心を起こしそうもない人間の一生に何度あるかわからない優しさだ。
受け止めよう、と綱吉は体の力を抜いてその動きに従った。





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