「お前は正真正銘のバカだな・・・バカツナ」
「・・・・」

綱吉はやっと動くようになった体を必死に動かし、自分が身を置いていたベッドの上で土下座していた。
すべて綱吉の甘さと経験不足が引き起こしたことで、リボーンもそれは重々承知していたつもりだったが自分の生徒を過大評価していた部分が大きすぎた。
綱吉が旅先で浮かれきっていることは行動に支障が出るほどのことではないと考えていたが、思い違いもいいところだった。

「何があったかは衛星監視カメラで見せてもらったが・・・あんな田舎道のど真ん中にリングが落っこちてるわけねえだろうが」
「う・・・」
「あんな場所だからこそ警戒すべきだろう、バカツナ」

汗がだらだらと流れ、すでに顔を上げることすら出来なくなっている綱吉は、何とか言い訳をしようと口を開いてみた。
だが、何故か声が出てくることはなかった。
ヒューヒューと喉の奥から空気が抜けるだけで、音らしいものは出てこなかった。

「どうした」

焦る綱吉の様子に気づいたリボーンが綱吉の下へと歩み寄る。
基本的な機能は医者の見立てでは時間を要するが回復すると言っていたが、それ以外は本人が動き始めてからわかる部分もあるかもしれないとも言っていた。
自分の目で確認すべく、綱吉の近くで様子を確認しようとベッドへ飛び乗った。

「どこかおかしいところがあるのか」

首を縦に振る綱吉。

「変なところがあるならすぐ言いやがれ、ダメツナ」

困った顔をした綱吉が手を首のところへ持って行き、両手で小さくバツを作る。
その部分が変だということは伝わったようで、すぐにリボーンは医師を呼びもう一度その部分を診て貰うことにした。


妙な違和感を感じたリボーンが綱吉を追ってすぐ部屋を出たことから大事には至らなかったが、もしこれが一般人に見つかったり巻き込んだりしていたら問題は山積みになっていたであろう。
今回はきちんとビザを取っているが、マフィア関係者である以上一般の病院に運び入れるわけにはいかない。
発見後すぐにボンゴレ本部へと連絡を入れ、近くにいたファミリーの人間に手を貸してもらい、綱吉をアジトの一つへと運び入れた。
さらに九代目が用意してくれたヘリコプタへと乗せられ、今このボンゴレ本部へと移動したのだった。
連絡を入れたのがリボーンで、怪我人がボンゴレ十代目の綱吉だったからこそ出来たものである。
万が一、など考えたくなかったが、その万が一にも相当する自体になりうる事件だったのだ。



「声を出してみてください・・・ああ、もう一度」
「・・・・」
「はい、いいですよ」

綱吉はいつものようにと思って声を出してみたのだが、何度やっても音すら出なかった。
声の出し方がこれで合っているのかすら疑問に持つくらい、何の音もしないのだった。
医師はその様子を何度か試す綱吉の口や喉を診て、考え込んだ後に二人にこう伝えたのだ。

「声帯が現在、機能していないようです。体同様にしばらくすれば回復するかと思われますが・・・」
「あとはあのガスの成分次第ってことか」
「・・はい、そうなりますね」

申し訳なさそうに医師が告げるのを、真っ青な顔をした綱吉とため息をついたリボーンが聞いていた。
通常のガスであれば体質もあるのか綱吉には効果がないものも多い。
しかし、成分すらもわからないこのガスの効力が余り吸い込まなかったとはいえ直接喉を通してしまっている上に、機能不全まで出ている。
逆を返せば、それだけ強力なガスという可能性が高いのだ。
この先どれだけかかって回復するかわからない、ということだ。
声は出ずとも、焦っているのがわかる綱吉と、微動だにしなくなったリボーン。
二人の様子を覗いつつも、医師は一応後で薬を届けますと言って部屋を去った。
入れ替りで普段ボンゴレ本部に来た際に、世話をしてくれているバジルが入ってきた。

「リボーン殿、沢田殿」
「バジルか、どうした?」
「九代目が面会なさりたいそうですが、沢田殿の具合はいかがでしょうか。もしお辛い様であれば明日以降でもかまわないとのことですが」

綱吉とリボーンにそう伺いをたてにきたバジルは両者の顔を見て微笑んだ。
綱吉の容態が聞いていたよりも、良さそうで安心したということもあり、軽く安堵のため息をついたようだ。

「かまわねえぞ、九代目も忙しいだろうからな。何ならこちらから出向くことにしてもいいが」
「でしたらお茶の席を用意いたしますので、そちらで」
「わかった」
「沢田殿・・?よろしいですか?」

ふい、とこちらを向いたバジルが綱吉に向けてそう問うた。
綱吉はとりあえず表情を変えないようにして頷いた。
話せないことに対してどう対処するかは、まだ自分の中でも決めていないからだ。
九代目に会ってそのことを相談すべきか、先にリボーンに話をつけてもらうか、大体他の人に対してどのように意思を伝えていいのか手段が思いつかなかった。
脳みそをフル回転させたいが、イマイチまだ体もうまく機能しないし。
綱吉は、困り果てていたのだった。

「では、用意できましたらまた呼びにまいりますので」

会釈して、バジルは退室した。
ひとまず、九代目に会って事情を話してしまおうか。
うーん、とあれこれ考えている綱吉の頭を、リボーンはしかめ面をしたまま、思い切り叩き倒した。
焦るは、慌ててるは、自分ではポーカーフェイスのつもりだろうが酷く表情が曇っているはで、十代目としての心得を叩き込んできた家庭教師にとっては見るに耐えない状態になっていた。

「バカツナ・・・日本に帰ったら叩き直してやるからな」

ひいっと縮み上がった綱吉の表情は、未だリボーンに会ったばかりの頃と変わっていなかった。





スーツへと着替えさせられ、やっと動く程度だった体を軽くストレッチをして動かし、九代目の待つ部屋へと向かった。
少しずつ体は回復しているようで、まだ痺れる感覚は取れないが普段の生活には問題なさそうだ。
リボーンを肩に乗せている分重くて動きづらい、文句が言葉にならない綱吉は、き、とリボーンを睨んでみたが自分の教師には何の効果もなく平然と乗っかったままだった。
扉をノックして、返事を待つ。
すると返事ではなく扉が開き、九代目が顔を出した。

「リボーン、綱吉くん、待っていたよ。さあ入りたまえ」

いつもならここで『九代目もお元気そうで』などと言葉を返すのだが、何も言えないので会釈する綱吉。
それ以上は何も言わずに九代目は部屋へと招き入れてくれた。
リボーンも同様に何も言わず、綱吉の肩から降りてそのまま席に着いた。

「イタリア内を旅行する予定だったそうだね、一言言ってくれれば同行したのに」
「・・・・」

未だ席に着かずにいた綱吉は、九代目のほうを向いて口をパクパクさせた。
自分では話しているつもりで言ったのだろうが、やはり音は出ていなかった。
それを補足するようにリボーンが口を開いた。

「こいつ、声が出ねえみてえだ。何らかのガスを吸い込んじまったらしくてな。調査してるところだ」
「おや、そんな事になっていたとは・・・災難だったねえ」

リボーンは九代目に先程書かれたカルテを手渡した。
そのカルテを読み心配そうに綱吉の顔を覗き込む九代目は、まるで孫を見るような顔をしていた。

「食欲はあるかい?私がお勧めするケーキを取り寄せたんだ、是非食べてみてくれ」

こくりと頷いて、席に着く。
そして、手でいただきますのポーズをして綱吉は食べ始めた。
お腹は確かに空いていたのだ、甘いものも大好きだった。
この適度な甘さのケーキと紅茶の味に、少しだけ落ちつく空気を貰ったような気がした。
横で顔に『この呑気モノ』と書いてそうなほど怒りの表情を出し始めているリボーンがいたのだが、見えない振りをしてやり過ごした。

「それで、綱吉君は」
「悪いが、回復するまではこっちに置いて貰いたい」
「それは歓迎するよ、そのままこっちに移り住んでもらってもいい」
「・・・いっそそうしちまったらどうだ、ツナ」

急に言葉を振られて、フォークを銜えたまま吃驚した表情を出す綱吉。
慌てて、首をぶんぶんと振って否定すると、その勢いで口の端についていたクリームまで一緒に飛んでしまった。

「・・・まあ、それは高校卒業してからと、私と約束したからね。回復するまではゆっくりこっちで養生しなさい」

その言葉に安心したかのようにこくりと綱吉はうなずいた。
ありがとうございます、と伝えたかったのだが、手で示す方法も他の方法も綱吉は知らなかったので頭を下げて御礼をした。



「じゃあ、ツナ。治るまでおとなしくしてんだぞ。俺は予定通り北のほうも回って来るからな。帰りにまた拾いに着てやるから帰りのことは安心しろ」
「・・!?」
「おや、リボーンは泊まっていってくれないのかい?」
「たまのイタリアで愛人待たせちまってるからな、俺も休暇で来てんだ。俺と一緒に回るよりはここにいるほうが安全だろうしな」

生徒よりも愛人。
そう告げたリボーンはじゃあな、とあっという間に去っていった。

もうイタリアに着てから驚きっぱなしの綱吉は、頼みの綱と思っていたリボーンにこうもあっさりと捨て置かれてしまうとはつゆにも思わず、すっかり置物のごとく固まってしまったのだった。





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