綱吉が別室へと走り去ってからほどなくして、頼んでいたルームサービスと荷物が届いた。
 出掛けると言ったものの、XANXUS自身出掛ける気はあまりなかった。もし綱吉がどこか出掛けたいというならばそれを叶えてやってはいただろうが、最終的にはここへ戻ってくるつもりだった。
 そのために奈々にも許可を取ったのだから。
 XANXUSは綱吉の向かった先へと足を進めた。見慣れた部屋の造りではあるが、綱吉にとっては何処を取っても珍しいらしく、あちこちに手を伸ばしては触れたり眺めたりしていた。
 まだ真っ赤な顔をしていたが、動きに支障はないようで、ぺたぺたと歩く姿が可愛らしく、XANXUSは暫くその姿を見つめていた。
 こうしてただ姿を見ているだけでも奇跡のように思える。
 次はいつ会えるかわからないのだから余計にそう思わせたのだ。
 相当気に入ったらしく、綱吉は暫くベッドに置かれた枕に触れていた。ぽすんと何度も両手で叩き、柔らかさを楽しんだ後に、今度は身体全体でぎゅうと枕を抱き締め始めた。
 まるでぬいぐるみにでもするように嬉しそうに笑顔で抱きしめている様はごく普通の中学生らしい表情をしていた。
「…ふ」
 XANXUSの表情も自然に緩む。
 漏れ出てしまった声は綱吉に届いてしまったようで、その動きを止め、きょろきょろと周りを見渡し始めた。
 そしてXANXUSの姿を見つけると再び動きが止まった。
「見てた?」
「ああ」
 かまわねえ、続けろ、とでも言えば余計固まっただろうな。
 XANXUSはもう少しその姿を見ていたかったのだが、綱吉は赤くなったその顔をXANXUSの方に向けたまま、そっと枕を元に戻した。
 はずかしい、とにかく恥ずかしい。また、子供の様な行動を取ってしまった。
 綱吉の頭の中はそんなことで一杯だった。
 XANXUSから逃げるように別室へと駆け込みながら、子供扱いされる自分に嫌気が刺していたにもかかわらず、結局ガキ臭い行動しか取れていないのだ。
 呆れてるに違いない。
 綱吉の考えを知らないXANXUSは嬉しそうに微笑みながら――半端なく凶悪顔ではあるのだが――言葉を伝える。
「もう少し見ててもかまわねえが、腹が減ったら戻って来い」
 多少冷めても食えないことはない。
 ルームサービスで運ばれてきた料理は今日の夕食な訳だが、まだ時間は早いしゆっくり食べればいい。
 そういう意図を含み、綱吉に伝える。
「ご飯、食べに行くの?」
 きょとんとした顔へと変わり、大きな瞳がXANXUSの目に向けて視線を飛ばす。
「運ばせた。好きな時に食えるぞ、食うか?」
「…うん」
 一瞬戸惑いを見せた綱吉だったが、色々あったせいか空腹を訴える腹には勝てそうもなかった。昨日の様にきゅうきゅうと鳴り響くことはなかったけれども、この時間にしてはお腹が食を求めていた。
 その返事を聞き、XANXUSはゆっくりと綱吉の元へと歩み寄り、その手を取った。
 また、綱吉の身体が跳ねる。
 怖い、けど怖くない。
「怯えんな、怖えと思ううちは抱き締めることも出来ねえだろ」
 ぽすん、と頭を撫でられた。
 XANXUSなりに綱吉の気持ちをくみ取ってくれた結果だ。握られた手をぎゅうと握り返す。
 ドキドキするのは好きな相手だから、仕方がない。逃げることじゃない。
「怖くないよ」
 傍から見たら単なる強がりでしかない言葉でも綱吉にとっては本音なのだ。
 でも少しだけ、強がり、だったりするけれども。
「来い」
 XANXUSは少し強めに綱吉の手を引く。元いた部屋に戻るために。
 無言のままお互いの体温を掌に感じながら早足で進んだ。





 メインルームはライトの光を絞り、夕焼けから宝石のような夜景に変わった外の景色が綺麗に映っていた。
 いつの間にかセットされていたディナーはその夜景を眺めながら食べられるように窓際のテーブルセットに置かれていた。豪華な部屋に不釣り合いな程の一輪刺しがテーブルの真ん中に置かれ、中にはチューリップが一本。
 その横にはワイングラスと小さな包みがひとつ。
 まるでテレビドラマのワンシーンの様な風景に驚かされた綱吉は思わず口から感嘆の声を上げていた。
「綺麗……」
 ほお、と緩く開かれた口から洩れた溜息。
「綱吉」
「は……」
 返事を返す暇もなくXANXUSに口づけられた。
 ゆっくりと触れ、軽く吸いついて、離れる。ただそれだけのキスが綱吉には長く長く感じた。触れるだけなのに喉の奥まで熱い。胸の奥も全身も熱い。
 目の前のXANXUSの瞳が光を反射して綺麗な赤を映すのが見えた。
「約束、覚えているか」
「イタリアでの約束、だよね」
 ドクンドクン、耳の中に心臓が有るみたいに煩い。空気すらも震わせそうな程、大きく高鳴る心臓。
「お前がいいというならば、今日約束を果たしたい」
 一瞬伏せられた目が、また綱吉の瞳を捕えた。
「……いいよ、おれもそうして欲しい」
 お互い約束を忘れる訳がなかった。会えない期間分、考え続けていたのだから。
 もう一度XANXUSは綱吉にキスをした。また軽く、先より少しだけ長い時間触れていた。
「怖くなったら、止めるから」
「大丈夫」
 綱吉は自分の小さな手を思い切り伸ばしてぎゅう、とXANXUSに抱き付いた。
 二人の逢瀬には短すぎる時間で目いっぱいの愛を伝えるために――――――。




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