日本にもこんな場所があったんだ。というのが綱吉の今の率直な感想である。
 昼過ぎた頃に降り立ったホテルのエントランスも夕方と言うこともあり、ライトアップを始めていてまた違った表情を見せていた。人の装いも昼から夜のものへと変わり、さらに豪華さを増していくロビーを抜けて、専用のエレベータへと二人は乗り込んだ。
 部屋に直接繋がるエレベータがあることも、その上の豪華な部屋も、まるで外国と思ってしまう綱吉の意識はやはり庶民のそれなのである。
 豪華ではあるが目に痛い訳ではなく、上品な空間に歓喜の溜息をついた。
「すごいね、ここ」
 ぽわん、とした瞳できょろきょろとあちこちを見まわす綱吉をソファへとゆっくり下ろす。さっきよりは力が戻ってきているようで支えなくとも座ってはいられるようだ。
「奥まで部屋が続いてる」
「動けるようになったら、見てくるといい」
「うん」
 興味が先走り、綱吉はすぐにでもと立ち上がろうとしたが、さすがに足に力が入らずへなへなと床にへたり込んでしまった。
 あれ、と呟きながら再度立とうとするが、ぐにゃぐにゃの腰では全く使い物にならなかったのだ。
 呆れたXANXUSが綱吉を抱えソファへと戻すと、渋い表情と視線を思い切り綱吉にぶつけてきた。
「動けるようになったら、と言ったはずだが」
「……大人しく、してます」
 仕方なく綱吉はソファへと預けた身体を丸め、小さくなっていることに決めた。
 見える範囲でも十分楽しめるはず、と部屋のあちこちに目を向けてみた。
 天井まで届く大きな窓から見える景色がとても綺麗で、夕焼けで赤くなった海までも見える。きっと日が沈んでからも夜景がキラキラに見えるに違いない。
 すごいだろうな。
 そこまで考えて、綱吉ははた、と気付いたことがあった。
 連れられるままにホテルの一室へと来てしまったのだが、もしかして……。
「XANXUS」
 カタカタとカウンターの影から顔を出し、綱吉の方を向いたXANXUSは不思議そうな目をしていた。呼んでいるにもかかわらず、綱吉の視線は足元、正確には床に置かれた綱吉の靴を見つめていた。
 XANXUSは綱吉にオレンジジュースの入ったグラスを持っていき、正面へと立った。
「オレンジは嫌いか」
「え? あ、好きだけど」
 その言葉に安心し、XANXUSはグラスを手渡した。冷えたグラスが手の中でカタ、コロン、と氷とぶつかり音を立てる。
 綱吉の手が軽く震えていた。
「どうした」
「あの、さ…このあと、って」
 どうするの、と続けたかったが、言葉が続かなかった。
 恋人とふたりでホテルで、などと言う誰から見ても用意された状況に置いて考えたことはひとつ。
 空の夕焼けとどちらが赤いかと言う程綱吉の顔は赤く染まっていた。いくら鈍い綱吉でも知識の中には入っていることで、ただ口にするには恥ずかしすぎる行為を考えてしまい。ぶわりぶわりとどんどん熱が身体中に広がっていた。
「行きたい所があれば連れていく。どこがいい?」
「え? …あ! ん、えと……」
 しかし、XANXUS空の返答は予想とは全く異なるもので。
 綱吉は見当違い過ぎる想像に焦って答えが返せずどもってしまった。
 元々今回のお出かけプランは全てXANXUSが組んだものであり、急に聞かれても何も答えられない。大体今日一日自分の家で過ごすことを想定していたのだから、ここで過ごすという選択でも良いのだけれども。
「いや、特に……」
「なら、このままゆっくりしていろ。今日は戻る必要もねえしな」
「ん?」
 戻る必要はないということは帰らないということか? じゃあやはり初めに考えた『お泊り』で合ってるのか?
 それって聞いても答えてくれることなのか?
 すでに考えが上手く回っていない綱吉は同じことを考え続けていた。次々と不安や羞恥が顔に現れ、百面相の様になっているのだ。
 俯いているつもりだったからXANXUSには見えていないと思っていたが、当然綱吉の顔を見逃すはずはなく。
 暫くその変化を楽しんでから綱吉に声を掛けた。
「今日はここに泊る。奈々さんにも伝えてある」
「泊るの」
「ああ」
 そうなんだ、と消え入りそうな音で言葉が紡がれた。
「そんな顔すんな、怖いなら何もしねえよ」
 ぽす、ぽすん、とXANXUSの手が綱吉の顔を撫でる。手から零れそうになっていたグラスの端を抑え、一度手を離させて近くのテーブルへと置くと、綱吉の瞳からも色々と零れ落ちそうな程大きく開かれていて。
「どうした」
「…ジュース、飲んでもいい?」
 ああ、とXANXUSはもう一度綱吉にグラスを渡す。大きく深呼吸をして綱吉はそのジュースを一気に飲み干した。口端から少し零れてしまったけれども気にせずに。
 そして、真っ赤になった顔をXANXUSに向け、き、と睨みつけた。
 急いで飲んだせいで呼吸が荒くなり、必死で言葉をぶつけるが、それも絶え絶えになってしまった。
「お、おれはっ!……されても、いい……」
 げほ、と軽くむせながらも綱吉は立ち上がり、ぱたぱたと別室へ走って行った。
 まだ力が入りきっていないのか、途中でよろりと転びそうになっていたが、XANXUSはあまりの衝撃にただそれを見送ってしまっていた。
 綱吉からそんな言葉が出るとは。
「……おい」
 はあ、と大きく溜息をつくと、XANXUSは自分のタイピンのマイクに向かって、呟く様に言葉を吐き出した。
「綱吉……愛してる」
 本当は抱きしめに行きたい。
 だが、今行ってしまっては理性の残りすべてが一瞬で消え去る。無理強いはしない、嫌と言えばやめるし泣かせる気もない。
 XANXUSにしては異常な程の思いだ。
 愛を呟いたのとほぼ同時に、奥の部屋からひゃあああ、と悲鳴が聞こえてきた。
 きっとまた、真っ赤に染まった顔を必死で振っているに違いない。
 XANXUSは自分用にと入れてあったグラスを手に取り、一気に中身を飲み干した。




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