ああもう、どうしようか。
 昨日の引き続き、星座占いも血液型占いも最下位を独走中なのだろうか。運が悪いってレベルじゃないよな、この状況。
 綱吉は頭を抱えたままずっとこんなことを考えていた。
 事件というか事故というか。
 今、綱吉の状況は立てこもり犯の人質だ。
 レストルームにいた女性六人―綱吉含む―が人質として捕まっている。犯人はひとり。
 綱吉の予想でしかないが、犯人自体楽しそうに銃を振っているところから、何かを求める訳ではなく目立ちたいだの有名になりたいだの、暇だったからなんて理由で引き起こした事件だろうと思っている。
 マフィア関係でないことにはほっとしたものの、一般人を巻き込んだことや状況の悪さには何とも言えない。
 むしろ、犯人と自分、一対一ならば逃げるなり捕えるなり出来たのに。そう思っても状況は変わる訳がなかった。
「…遅え」
 耳元でXANXUSの声がする。
 十五分以上は待たせているのだから当り前だ。
 いくら鈍臭い綱吉が迷子になったとしてもこんなに遅くはならないことぐらいXANXUSだって知っている。
 困った。何とかして逃げるか、助けを待つか。
 周りのお姉さんがぽたぽたと涙を落としているのが見えた。普通の人間だったら拳銃が目の前にあって、その矛先が何時自分に向くかわからない状況下では怖いだろうし泣きたくもなる。
 変に冷静でいられるのは、時々XANXUSの声が聞こえるから。
「ほんと、どうしよ」
 どのみち、XANXUSかリボーンにこってりと怒られるのは確定だ。
 ならば、その被害を最小限に抑えるべく努力すべきだな、と綱吉はゆっくり顔を上げ、犯人の様子を覗った。こういう時に耳が使えないのは本当に不便である。
 殺気立ってる様子もなく、ただずっとヘラヘラとしている男は逆に危険な気がする。いつ、こいつが動くのか。
「…?」
 綱吉は間の抜けた声が漏れそうになり、両手で自分の口を抑えた。漏れることなく声は口の中に収まり、周りや犯人には届かなかったようだ。
 気付いてしまった。
 犯人の持っている銃が偽物であることに。
 エアガンか、もしかするとライターかもしれない。
 時々引き金を引ききっているにもかかわらず、全く銃からは衝撃がない。弾も出ていない。
 今この場の人間の心理状態でなければ、ばれていたであろう。
 だとすれば、綱吉の取るべき行動はただ一つ――――――即座に特攻を掛けた。

 カツン、と綱吉のヒールが鳴った。
 動き辛いし踵が痛い。床を蹴り、犯人へと飛び掛かり、男の右手を思い切り蹴り上げる。
 痛みで大抵の人間は手を離すし、痺れて握れなくなるはずだ、と言う綱吉の算段通り犯人の男は蹴り上げられたはずみで銃を手放した。
 銃という恐怖さえなければ、周りの人間にも危害を及ぼさない……だろうと踏んでいたのだが。
「うわっ……うそっ!?」
 予想外にもその男はもう一つの銃を所持していたのだ。
 しかもこっちは本物、良く見るタイプのものだ。男が焦りながらも痺れていない左の手にそれを持ち、綱吉に対して向けようとしていた。
 自分の後ろには女性が何人もいる。撃たれる訳にはいかない!
 もう一度綱吉が男を蹴ろうとした瞬間、運悪く支えにしてた方の靴のヒールが折れてしまい、バランスが崩れてしまった。
 や、ばい。
 綱吉の身体が床に付きそうになった瞬間。
「綱吉」
 声と共に抱き込まれた。
 そして、瞬時に目の前の男が吹っ飛び、壁にぶつかった。周りの物も巻き込んで、男の上に壁の破片や天井の欠片が落ちてくる。
 一瞬だった。
 XANXUSの強靭な蹴りにより、男は一発で完全に気を失ってしまっていた。その瓦礫が動くことはなかった。
「XANXUS」
「遅えよ、ドカスが」
「ごめん」
 バタバタと警備員が入って来て犯人を取り押さえ、人質だった女性達を保護していく。
 張り詰めていた空気が緩んだのを綱吉も感じていた。自分の緊張も解けて、それまで止まっていた汗がじわっと出てきた。
 良かった、皆、無事だった。
「怪我は?」
「大丈夫、何もされてないから」
 ざわざわと周囲が騒がしくなってきた。音を聞き付け、野次馬が集まり始めているのだろう。そろそろ警察の人間も来るだろうと予想できる。
 XANXUSは綱吉の手を引いた。
「行くぞ」
「……ここのことは」
「後で、だ」
 誰かに任せる、手を回す、と言っているのだ。
 長いこと拘束されるのは困るし、XANXUSに至っては警察はご法度だ。マフィアの人間なのだから。
 逃げるが勝ち、と言わんばかりに二人は人ごみに紛れた。





 XANXUSは綱吉の腰を抱え、もう一方の手は携帯を握り締めていた。相手は恐らくスクアーロ、話と言うよりは指示出しであり、命令口調で全てを進めているようだ。
 流暢なイタリア語―だと思うのだが、綱吉には聞き取りきれない―で切れ切れに単語を発していくXANXUSの横顔を綱吉はじいと見つめていた。
 さっきとは違う顔だ。
 犯人を蹴り上げた時の顔は、久しぶりに見た負に満ちた顔。怖かった。
「……おい」
 急に携帯を離し、XANXUSは抱える手の力を強めた。一言、相手に告げると携帯を仕舞い、綱吉がを両手で抱え上げる。
 焦ったのは綱吉のほうだ。ひゃあ、と声を上げて、XANXUSを睨みつけた。
 周りにはまだ人がいるのだ、しかも自分はスカートを履いているのだから!
「降ろしてよ」
「無理だろ、足」
「靴壊しちゃったのは悪いと思ってるけど…」
 あれ?
 綱吉は自分の手足が上手いこと力が入っていないことに今気付いた。真っ直ぐ立っていたつもりが、支えられていなければ立てない程に腰が抜けていたのだ。
 思っていたより恐怖であり、思った以上に疲労と安堵感に襲われてしまっているようで。
「無理だろ」
「……はい」
 間の抜けた返事を返し、XANXUSの腕の中へと小さく収まったのだった。
 情けないとは思いつつもすっぽりと収まるこの位置が気持ちよくて。
 照れた顔でぎゅう、とXANXUSの胸へと擦り付け、羞恥に必死で耐えた綱吉は暫くXANXUSの腕の中で過ごすことになったのである。
 





BACK/NEXT