テレビでなら見たことある大型施設へと車は進み入った。
ホテルに隣接した商業施設やプール、劇場もあるらしく、多くの人がそこへと集まっている。最近出来たばかりの人気スポットなのだ。
ホテルの正面へと車を停め、ドアマンに車の鍵を渡す。
綱吉もXANXUSに降ろして貰い、豪華華美なエントランスへと足を向けた。
「待て」
「ん、え?」
ぐい、とXANXUSが綱吉の腕を引く。はた、と気付くと目の前を大きな台社が通って行った。
靴の違和感に気を取られていたせいで、正面に来ていた危険に気付けなかったのだ。ただでも軽い身体があの台車に勝てるとは思えない。
「勝手に行くな、危ねえだろドカス」
「うー、ごめん」
「手、出せ」
す、と綱吉が両手を出すと、そのうちの片方を手に取り、自分の腕へと導く。
身体が近くて歩きづらいんだけど。
声が聞こえるようになったのだから、こんなにべったりくっついていなくても良いと思っていたにもかかわらず、結局XANXUSにしがみ付いているなんて!
じわじわと恥ずかしさが増していく。ここは外なのだ、周りに人もいるのだ。視線が痛い、気がする。
う、うう、とその葛藤を上手く言葉に出来ず綱吉はうなり声を上げた。
「歩きづらいか?」
「大丈夫、だけど」
「駄目ならすぐに言えよ」
抱えてやるから、とXANXUSは言いながら綱吉の腰に手を回した。ぎゃ、と一瞬身体が跳ねる。もっと可愛い声が出せなかったのかよ、自分。
大好きなXANXUSと一緒で嬉しい気持ちもあるけれど。
「ドキドキと恥ずかしさで、死にそう」
経験の差が露呈する。
スマートにくっ付いていられるようになるのはいつになるのだろうか。もっと頑張ることがあると実感した綱吉だった。
XANXUSは元から計画を組んでいたようで、遅めの昼食をホテル内の和食レストランで取った。
和食でいいのかと問うと、XANXUSは綱吉が和食好きだと思っていたらしく、ここを選んだというのだ。
とにかく肉、というイメージがあるから驚いた綱吉だったが、理由にはもっと驚いた。初めて綱吉の食事風景を見たのは声が出なくなったときなのだが、その時食べた物がおむすびとみそ汁だったせいで、和物好きのイメージが植えられていたとのことだ。
「よく覚えてたね、そんなこと」
「忘れねえよ、お前のことだ」
器用に箸を使いながらぽつりと言うものだから、折角摘んだ煮物の豆をぽろっと落としてしまった。横からXANXUSが呆れた顔をして自分の器から落ちた分を食べさせてくれた、ゆっくり食ったって逃げねえ、と言葉を付け足しながら。
何でそんなに上手に食べられるんだよ。
何度見ても見惚れてしまうその手に視線を向けると綱吉は羨ましいと言わんばかりの溜息を小さく付いた。
食後は劇場へと向かった。
外国の劇団の舞台が公演中で、外国の方も多く訪れていた。大きな花束を持った人々が劇場へと吸い込まれていく。
XANXUSと綱吉もその波に乗って中へと入った。
全編通じて英語のみでの舞台劇らしく、親切にも舞台脇に字幕が流れるようになっているため、音が聞き取れない綱吉でも大いに楽しめた。
コミカルな動きで客席が沸く、本当に楽しい舞台で、観劇初体験の綱吉でもその世界に入り込むことが出来た。
とにかく楽しかったのだ。
その表情のままでXANXUSを向くと、それ以上に嬉しそうに綱吉を見つめるXANXUSがいた。
「面白いか」
「うん、すごく!」
「そりゃよかったな」
途中から舞台ではなく綱吉に視線を送り続けるXANXUSが気になって集中できなかったのは言うまでもないだろう。
視線がとても痛かった。
「百面相」
「え?」
舞台も終わり、近くのカフェを選び二人で入る。
イタリア人ってやっぱりエスプレッソ飲むんだ、などとXANXUSの注文した物を見ながら、クリームたっぷりのココアに口を付けているとXANXUSが急にそう言ったのだ。
何の事? キョトンとした目を向けるとXANXUSはさらに続ける。
「何してても面白えぐらい表情変わるのに、今日は特にすげえモンが見れたなと思って」
「……そういうこと言うなよ」
「本当のことだ」
ぽん、と頭を撫でられる。
何だかずっとXANXUSは嬉しそうなのだ。自分のドキドキが遷ったかのように、事あるごとに柔らかい表情が出ている。
暗殺部隊のボスとは絶対に結びつかない今日のXANXUS。カッコいい、すごく。実際ちらちらと見られているのだ。傷のせいか格好いいせいか、はたまた連れがお子様なせいかはわからないけれども。
「おい」
「なに? ……あれ」
どろ、と綱吉の掌にクリームが付いてしまっていた。ぼんやり考え事をしていたせいでカップを掴み損なって変な所に触れてしまったのだ。
「こんなとこで寝てんじゃねえよカス」
「起きてるもん…ベトベト、手は洗わないと駄目かも」
ちょっと行ってくる、と綱吉は立ち上がり、レストルームへ向かう。迷子になるなよ、とだけイヤリングを通じて聞こえてきた。
すごい、離れててもXANXUSの声が届くんだ。
本物の耳よりもすごいなあ、とぼんやりしたまま建物内のレストルームを目指した。
小奇麗で近未来的な造りのレストルームで、両手を洗う。
使っている人たちも何となく自分より年齢も身に付けたものも違う人たちばかりで、場違いな感じは否めなかった。ホテルのエントランスに降りた時から薄々感じていたことではあるが、この施設自体中学生の自分が遊びに来るような所ではないようだ。
必死でメイク直しをするお姉さん方を横目に自分も鏡を覗き込む。
映るのはいつもと変わらずお子様な綱吉の顔だった。
「場所が良くても顔は変わらないよね……当り前か」
雰囲気一つで顔が変わるのだったら、皆がハリウッドスターにでもモデルにでもなれてしまうだろう。あんなに格好いいXANXUSの隣に立つのがこんな自分でいいのだろうかと、今更鏡を見て思ってしまった。
綺麗な人ならいくらでもいると言うのにね。
考えていても仕方がない。このまま鏡を眺めていても、顔や体形が変わる訳でもないのだ。
XANXUSを長く待たせるのも悪い、と綱吉はペタペタと出口へ出ていく。
「何だろ」
入口付近が何やら騒がしい音を立てているようで、チラ、と綱吉は身体を傾けてその様子を覗った。人だかりになっていて、出られそうもなかったので、何だろうと思っていると。
「 」
周りの皆さんの空気が凍った。
実際には声も音も聞こえなかったのだが、目と空気だけでわかる。チャキリ、と装丁音が鳴り、動くなと言われたのだ。
日本にいて、自宅以外でその得物を見ることになるとは思っていなかった。
女性たちが一斉に蒼い顔をし、視線は皆同じ方向を向いている。
銃、だ。
銃を持った人間が皆を従わせているようで、綱吉もその集団へと紛れた。
自分の巻き込まれ体質なことをここまで酷く恨んだことはない。
逃げ道はひとつ、そこに銃を持った男が立っていたのだ。
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