「…おい」
「んぅ…ン…」
「おい……ったく」
ぢゅうと強く吸われる音がする。首が擽ったくて身を捩って逃げようとするが、何だか身体が重いし動きづらい。
あれ、おれ眠ってた?
パチ、と目を開けると目の前にはXANXUSの頬の傷。
「やっと起きたか、カスが」
覚醒し切らない綱吉の頬や額に口づけてからXANXUSの身体が離れた。重かったのはXANXUSの腕によって抑えつけられていたせいのようだ。
離れて初めて見えたXANXUSの服が変わっていることに気付くと、綱吉はぼんやりしていた頭がすうっと一瞬で晴れ渡ったのだ。
「…なんでそんなカッコ、してるの?」
驚いて目を大きく開いている綱吉の瞳に映ったのはスーツ姿のXANXUS。仕事で着るようなブラックスーツではなく、ダークグレーのもので。バランス良くシャツとネクタイの色を合わせ、傷と眉間の皺さえなければ持てる二見えるんじゃないかと思わせる程に雰囲気も服に負けていない。羽根飾りも服に合わせたのか数を減らし、量が少なくなっている。
一言で言えば、見惚れる、である。
「…わ……」
ドキドキする。ぼそりと綱吉は口の中から漏れない程度の音で呟いた。
XANXUSの顔がだんだん渋いものへと変化していく。ため息も漏れ出た様だ。そのまま足元へとしゃがみ込むと、綱吉用の靴を手に取り、小さな足へと履かせ始めた。
そこで初めて、綱吉は自分の服の変化に気付く。
ここに着てきたはずのパンツもワンピースもなくなり、替りにクラシックな柄のひざ丈ワンピースにジャケットが着せられていた。
「おれの服は? この服、どうしたの?」
眠りにつく前とはあまりに違うこの状況驚くしかない。
薄暗い店内に変わりはないが、自分達は変化し過ぎである。
ぐっすり眠っていたのか、着替えをされていたことすら気付かない自分に対しても怒りを覚えたが、起こしてくれればいいのにと責任転嫁したくなる状況でもある。
XANXUSは両足の靴のストラップまできっちりと止め、それから綱吉を立たせて全身を確認する。
そして、満足そうに表情を緩めた。
「な、何?」
自分が話す一方でXANXUSは答えてくれない。近づかないと聞こえないせいでもある。
布の多い服は足に纏わりつくようでむず痒く、普段身につけないストッキングを穿かされたようで太腿のあたりに違和感があって。
綱吉は膝を擦り付けるようにしてその違和感を逃そうとした。
XANXUSは微笑を浮かべたまま、綱吉の方を撫でる。そして暫く来なかった答えが返ってきた。
「やっと、着せられた。似合うな」
「…これ?」
「作らせた、こっちに来たら着せるつもりでな」
作らせたということは、きっとこの最後に履かされた靴すらもオーダーで、ということだろう。驚くほどにぴったりのサイズでいつどうやって測ったのかも気になるところだ。
「これで出掛けるぞ」
「……あ、いや、あのでも!!」
ペタ、と綱吉は自分の胸に触れた。一番の違和感はここだ。多少きつかったはずの下着までもが、付けているかわからない程ぴったりサイズの物に替えられていたのだ。
まさか、ここも!?
「ああ、替えた」
綱吉の質問をわかっていたかのようにXANXUSが答える。
ぐ、と綱吉は一瞬息が吸えなくなった。同時に顔が真っ赤になっていく。
言いたいことが上手く口から出てこず、ただパクパクと動かすことしかできずにいた綱吉に、XANXUSがさらに雷のような言葉を落とす。
「俺がやったんだから構わねえだろうが」
それが一番困るんだって!
ぶわあ、と身体中の血が沸き立つようで、恥ずかしさと居た堪れなさでぐるぐると頭の中が回るようだった。恥ずかしい、と言う言葉をそろそろ覚えて欲しい、そして、綱吉の言葉にも少しは耳を傾けて欲しい。
その願いが叶うことは先にもない、とは思うけれども。
XANXUSが再び奥の部屋へと入って行った。そして、ひとり、人を伴って出てくる。
初めて会うにしては誰かに面影が似ている男の人だった。細身で、身長もそこそこあって。
誰か、ああ!!
「ルッスーリア!?」
身に付けた物も雰囲気も違うのだが、全体の作りが似ていると思う。
その言葉を聞いた男は元々あまり機嫌がよさそうではなかったのに、より一層不機嫌な表情を見せ、出てきたドアへと戻ろうとくるりと振り向いた。
だが、それをXANXUSの手によって阻まれる。男の首元をぐい、とつかみ綱吉の前へと連れて来た。
「うわ」
近くで見ると似ているのが余計にわかる。不機嫌で男らしいルッスーリアだ。
「こっちだ」
ぐい、と綱吉を抱え、窓際にあるドレッサーの元へと連れて行く。ドレッサーと言っても、業務用のデスクに大きな三面鏡を置き、雛壇に化粧用品を並べただけのさも今作りました、と言わんばかりの物ではあるが。
その化粧品の数の多さに綱吉はまるで雪を初めて見た子供のように喜んだ。色とりどりで、さらにパッケージも可愛いものばかりのそれを見るだけで心躍るのは女の子ならではのことだろう。
デスクの前に無理矢理座らされた綱吉は男の手によって化粧をされていく。
肌にクリームと、美味しそうなイチゴの香りのグロス。露出した首元や手首にもいい香りのするクロームを塗って貰った。柔らかい手つきで塗られるとマッサージをされているように気持ちがいい。
色々されるのか、と思っていたがどうやらそれで終わりのようだった。
何度か綱吉の頬を撫でて、その出来を確かめると、満足げにXANXUSの方を向いた。完成だ、とでも言ってそうな勢いだ。
XANXUSも男同様満足げに綱吉を見ている。
変じゃないかと心配になり横にある鏡を覗き込んだ綱吉は、自分の姿に安心したように息を付く。正直言うといつも通り、である。目立った変化もない。違うとすれば服ぐらいなものだ。
着飾って貰ってこの程度、というのも申し訳ないとは思うけれども。
「……変じゃない?」
視線をXANXUSに向けると、未だに緩い表情をしている。その表情が全てを物語っているようで。
「変じゃないなら、いい」
じわじわとその視線が恥ずかしくなり、口をへの字にして俯く綱吉。
それに対しての男の行動がまるでルッスーリアのようで、可愛いのね、とでも言っているのだろう、地団太を踏むように喜んでいる。
XANXUSの自信満々の目はそれを肯定するものであった。
男に例をいい、また二人は車に乗り込んだ。
乗ってすぐにXANXUSは綱吉の耳に小さなイヤリングとイヤーカフスを付ける。対になっているらしく、首を傾けると同じように赤いモチーフが揺れる。大きさに反して重くはないため、下げているのも忘れそうな程のそれに綱吉は軽く触れてみた。
「それも似合っている」
XANXUSの褒め言葉が綱吉の耳に届いた。
この距離、なのに?
お互いシートに座っていた距離があるというのに、XANXUSの声が耳に届いたのだ。褒められたことにも吃驚はしたが、聴力の復活にも驚いた。
「聞こえる、けど……耳」
「イヤホンがわりだ、それを付けときゃ聞こえるようになっている」
XANXUSの声が聞こえる、耳元に届くのだ。
「これがマイク、ココからしか音を拾わねえからまだ不便かもしれねえけど」
とん、とXANXUSは自分のタイピンを指した。シンプルなそれの何処にマイクがあるのだろう。今の技術の凄さにも驚いたが、いつの間にか用意していたXANXUSにも驚いた。
「俺と会話する分には支障なくなったはずだ」
「うん、確かに」
ならいいな。
XANXUSは車を進める。これならば運転していても会話が楽しめる。
何処へ行くのかという問いには答えてくれたなかったが、さっきの男の人に付いてやこの小さなマイクについては教えてくれた。
男の人は予想通りルッスーリアの親戚で――従兄弟ぐらいの血縁らしいが――裏稼業での物流を主とした運び屋さんだそうだ。
趣味の一つに可愛いモノ集めがあるらしく、さっきの倉庫の様な店舗には彼が集めた雑貨類で埋め尽くされていたのだ。可愛い、という基準は本人の判断に委ねられるものだから多少世間とは違うようだけれども。
不機嫌の理由は寝不足と、ルッスーリアと呼ばれたこと。本人もオカマだというのにルッスーリアが嫌いらしく、同類に見られたくないらしい。寝不足はイヤリングとタイピンを加工するために一晩中作業していたせいだそうだ。
「便利屋ってやつだな。金さえ積めば大概のものは用意できる」
大概のもの、に武器類が含まれているのはさっきの店で見て理解した。
『裏』の人間だということはそれだけで充分にわかる。綱吉にとって彼との再会がないことが平和につながる気がしていた。
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