綱吉による料理、と一瞬焦りを感じたXANXUSだったが、予想よりもはるかに綺麗な状態で出てきたことに安堵した。
昨日の残り物を温めたりパンを切ったりと小学生のお手伝いレベルのことしかしなかったのだが、以前はそれですら炭を生産したことがあったのだから、心配するのも無理はないだろう。
昨日と同様隣に座り、無言のままで食べ進める二人。朝市の出来事が互いに気まずい空気を流し続けていた。
「…おいしい?」
綱吉が問うと、一応小さく頷いて返事をしてくれる。
朝はそれほど食べない、と言っていたXANXUSだったが、綱吉と同量は食べてくれた。コーヒーメーカー任せのカフェオレも文句言うことなく――聞こえなかっただけかもしれないが――全て飲み干していた。
ただ少しぎこちないだけで、片づけている間もXANXUSは綱吉の傍にいた。折角二人でいると言うのに離れている理由はない。綱吉も近くにいて貰えるだけで少しずつ緊張がほぐれていった。
朝のは事故、と思い出しては顔を赤くして作業が都度止まってはいたが、キッチンを片付ける頃にはそれも少しずつ軽くなり、普段通りの綱吉に戻りつつあった。
「綱吉」
「うひっ……な、何?」
後ろからXANXUSが声をかけると、綱吉は手に有った布巾を落としてしまった、驚いたせいでもあるが、擽ったかったのもある。
もちろん、XANXUSはそれを想定済で洗い物が終わるまでは声をかけるのを待っていたのだ。皿を割って、までは仕方がないとしてもその破片で指を切ることも間違いなくやるだろうと考えたからだ。
「出かけるぞ」
「…へ?」
何処に? と言う前にXANXUSは落ちた布巾を拾い、綱吉も抱え上げた。
「ちょ、ちょっと待って!」
「何だ」
「き、着替え、とか!」
「必要ねえ」
必要だって! と大声を出した綱吉をポンポンとなだめるように背を叩きながら、外へ向けて歩き始めた。
今の綱吉の格好は起きたまま、昨日着たパジャマ代わりの大きめなワンピースとひざ丈のパンツのままなのだ。家の中で過ごす分には構わないが、このまま外に出るのは恥ずかしすぎる。出かけるならば、以前買って貰った服を着たいのだ。
「ざ、XANXUS!」
「着替えなら買ってやる、他に必要なモンも全部だ。問題ねえだろ」
「ああ、あるよ!! 大アリだって!」
男性と女性では気にする部分が違うのだろうか。
XANXUSもシャツとスラックスだけの小ざっぱりとした格好なのだが、それを気にする様子もないし、それだけでも十分様になっているのはちょっと悔しい。
だからこそ綱吉は、釣り合うとまではいかなくとも自分の限界まで綺麗にしたいと思うのだ。
「…聞いてる?」
「ああ」
聞いてはいる、のだろうが聞き入れる気はまったくないようで、綱吉を車へと押し込むとエンジンを掛けた。
「待ってろ」
XANXUSは綱吉を乗せてすぐに家へと一旦戻っていった。そして一分と経たずに戻ってくると、綱吉に向けて小さな金属片を投げ寄越す。
「…カギ? あ、家の」
ああ、と答えた様でXANXUSはその鍵を見つめたまま、呆れた顔をする。
何の変哲もない鍵がそんなにご不満でしたか?
「家光はアノセキュリティの家に住まわせてんのかよ」
「普通の家でしょ?」
「危ねえんだよ、ドカス」
はあ、と盛大に溜息をついたXANXUSは、ハンドルに手を掛け、軽くうなだれた。
産まれてからずっとこの家で過ごした綱吉としてはマフィア関係のことさえなければ危険などないのだが、と思ったのだが口に出すことはなかった。
大体父親もマフィア関連である。彼が用意した家なのだから、文句のいいようがない。
運転してしまえばまた会話が途絶えてしまう。その前に、とXANXUSは綱吉の頬へとキスを落とし、大人しくしてろよ、とまるで子供に言い聞かせるかのように言った。
しかし、綱吉は自分がまた何も知らされずに行動を起こされたことに不満げな顔を作り、乗り心地の良いシートへと身体を擡げたのだった。
子供扱いするなら、子供らしく拗ねてやる!
ぶすくれた顔はそのままに窓の外を見遣る。
たった一言聞けばいいのだが、それすら聞き入れて貰えなかったら、という恐怖もある。
XANXUSは綱吉の様子を見てただ一度、ぽん、と顔を撫でた。
やっぱり子供扱いされてる。
発進した車の景色は次々と変わっていく。けれども綱吉の表情は次の目的地に着くまで全く変化がなかったのだった。
車に乗ってから一時間程経ったころだろうか。高速を抜け、並盛よりももっと人や車が多い場所を走行中だ。
知らない土地だな、と綱吉が考えていると、XANXUSは一本路地へと曲がり、そこへと車を止めた。
「降りるぞ」
裏路地と呼ぶに相応しい昼日中でも暗い道へと降り立つと、XANXUSは綱吉側のドアを開けた。
ビルの谷間にある道は車一台止めたらもうほぼ身動きも出来ない程に狭い。路上駐車を堂々としてもいいのだろうかという疑問は持たない方がいいだろう。
ここはどこで、何をするのだろうか。
XANXUSに手を引かれ、ゆっくりと車を降りると、そのままXANXUSに抱えられて移動する。何せ着の身着のままに出てきてしまったせいで靴すらも履いていないのだ。裸足のままの足に風が当たって冷たい。
「ここ、どこ?」
「知人の店だ」
「知人」
日本に知人とは意外だ。そもそも知り合いと言えるレベルの人間がXANXUSにどれだけいるのだろう。マフィアの中でも顔は広い方だろうし、少なくとも自分よりは多い筈だ。
ビルの一角の階段を登り、重そうなドアに手を掛ける。
そこに広がる世界に綱吉はぽつりと漏らした言葉はこれだった。
「…何の店なの、ここは?」
薄暗い店内にドレスや靴などの衣料品に加え、明らかに違法である黒光りした武器、チンドン屋が使いそうな楽器や大量の消毒液なんかも置いてあった。辛うじて入口にレジスターが置いてあったから『店』に見えたものの、ぱっと見倉庫でしかない。
鍵がかかってなかったところから、中に人がいるのだろうが、気配が感じられなかった。
「ここに座ってろ」
段ボールの影にあったソファへと下ろされた綱吉はそのままきょろきょろと店内を見渡した。
窓という窓が商品のせいで潰れ、光が入ってこれなくなっている。それがこの店を倉庫に見せる原因のようだ。
XANXUSは奥にあった扉――それも物に隠れて見えなかった――を開け、その仲へと入って行った。
掃除はきちんとされているようで埃っぽさはないが、ジメジメして感じられるのは光が入らないせいだろう。弾力があって座り心地のいいソファはまるでヴァリアーにあったもののように気持ちいい。
一時間も車に揺られていたせいか、綱吉の意識はぼんやりとしていて眠気を含んだ大あくびをひとつ漏らすと、ソファにくたりと身体を預けた。
これで太陽に充てられたら眠っちゃうだろうな、と考えながら目を瞑る。
耳に雑音が入らないと言うのはこういう時には便利だと思う。
もう一度大きな欠伸をすると、ココがどこかもわからないままにゆっくりと呼吸をし眠りの世界へと落ちて行ったのだった。
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