向かう先は綱吉の部屋の様で、階段を登ろうとしたところで綱吉がおずおずと声をかけた。
明らかにさっき逃げたせいでXANXUSの様子が変わってしまったために、少し戸惑いながらもキチンと別々に眠りたい理由を言うべきだと考えたからだ。
「あの、さ」
綱吉のその小さな声にも反応してくれたようで、段の途中で一度止まった。聞いてくれるということだろう。
「い、一緒にいるのが、嫌な訳じゃないん、だよ」
「わかってる」
「お風呂の時もいったけど、恥ずかしい、ん、だって…」
「ああ」
XANXUSは全部わかってるようで、返事も早かった。綱吉は続けた。
「おれ、あんまり寝像もよくないし、ベッドからよく落っこちるし、寝顔とか多分酷いし…」
「それも知っている」
「だ、だから、せっかくゆっくり、眠れるのに…あの」
うん、あまり聞いてないとも取れる返事だ。
XANXUSの中では綱吉を送り届ける事は決定事項の様で、再び段を登り始めた。着いてから残りを聞くつもりなのか視線は段上へと向けられている。
「XANXUS?」
綱吉の言葉に今度は返事どころか反応もない。
そのまま器用に扉を開け、数歩進んだところで綱吉をゆっくりと降ろし、ベッドに座った綱吉を見上げるように床へと膝を付いた。
その近いような遠いような距離にもどかしさを感じる。
「綱吉」
XANXUSが綱吉を呼ぶ。
本当は声が届く距離ではないのだが、XANXUSの口の動きや雰囲気で綱吉にも届いたのだ。
元々あまり名前を呼ばないXANXUSが自分の名前を紡ぐだけで身体中の血が走り出すのがわかった。
「続きは?」
綱吉の身体を軽く引き、今度は聞こえる距離で言葉を放つ。
は、と綱吉はXANXUSの動きに見惚れていたことに気付き、ぐ、と気を引き締めた、焦ると言葉は消えてしまうのだ。
伝えたいことをゆっくり、丁寧に。
「……本当は、もう少し、一緒に……」
一緒に、いたいんです。
喉の奥が熱くて詰まっているような感覚。涙が出そうで堪えるせいで言葉も一緒に飲み込んでしまう程に熱くて。
自分だって一緒にいたい、隣で眠りたい。
でもここは自分の住む家で、客人のXANXUSを持て成すどころか逆に世話をして貰っている有様で。せめて夜ぐらいはゆっくりして欲しいという気持ちがある。さらに言えば、XANXUSと過ごした場所として頭や体に叩き込まれた感覚はふんだん生活していても思いだして色々と寂しくなる気がするのだ。
沢山楽しければ、その分反動で出て来る悲しさや寂しさは埋めるのに苦労することは目に見えている。
「で、でも、やっぱり……XANXUSはちゃんと客間で寝て欲しいんだ」
「…わかった」
いつものようにぺたりと頭を撫でられた。
優しい手と寄せられたままの消えない眉間の皺。喜んでいてもほとんど表情は変わらないXANXUSだけれども、今日は何となく柔らかい表情にも見える。
「なら、お前が寝付くまではここにいてやる。それなら問題ねえだろ」
「いいの?」
「こっちの我儘だと思え、俺だって一緒にいてえんだ」
お前だけじゃねえんだよ、とXANXUSは言い聞かせるようにゆっくりと綱吉は伝えた。
その言葉に綱吉は自分の体温が上がっていくように感じた。またどんどんXANXUSが好きになってしまっている気がする。
「じゃあ、少しだけ…」
心なしか震えた声が二人の耳に届いた。
消えそうな声は嬉しかったせいだ。ぽつりぽつりとまた二人は話し始めたのだった。
「XANXUS?」
しばらく、恐らく一時間近くは話していたと思う。
綱吉の話に時々相槌や質問をしていたXANXUSから急に反応が返ってこなくなったのだ。
「…ねちゃった、とか?」
初めは向かい合って話していたのだが、XANXUSの声が聞き取りづらかったために隣に座り、徐々にXANXUSが綱吉の傍へと寄って行き、最終的にはXANXUSの膝に座って話をするようになっていた。
後ろから抱えられると耳に吐息がかかり、むず痒いことこの上ないのだが、一番声が聞き取りやすいのはこの体勢であった。
しかし、この状態ではお互いの顔が見えないのだ。
「仕方がないか」
心なしか肩が重いのはXANXUSが寄り掛かっているせいだろう。
綱吉は身体を起こし、ゆっくりとXANXUSの身体に手を掛けた。重たいし、何の反応も来ないところを見ると本気で眠りに入ったようだ。
ベッドに座っていたことが幸いしたな、と考えながら綱吉はXANXUSをベッドへと押し倒して、ゆっくりと眠れるように布団も掛けた。結構衝撃もあったはずだが、そのまま眠り続けているところを見ると、見た目よりも疲労していたのかもしれない。
「おれのベッドだと、XANXUSには狭いね」
足を軽く曲げただけでは完全にはみ出てしまっていた。それでも客間まで運ぶことは間違いなく不可能だ。我慢して貰うしかない。
自分はどうしようかな、とひとまずベッドから降りるとテーブルの上に置かれた携帯に綱吉は気付いた。
音は聞こえないがチカチカとランプが点滅しているから、着信かメールが来ているのだろう。
XANXUSの持ち物を勝手に触れるのは悪いと思いつつ、ここでXANXUSを起こすのもこのまま携帯を放っておくのも良くないと思い、恐る恐る手に取りボタンに触れた。
「も、もしもし?」
相手にXANXUSが出られないことだけ伝えようと通話をし始めたら、向こうから聞き馴れた声が聞こえてきた。
『あっらあ? ツナちゃんが出たわあ!』
「ルッスーリア!?」
『お楽しみのところ御免なさいねえ、ボスは?』
「今丁度眠っちゃったところで…」
何ですってえ! とでかいオカマ声とその奥で同じぐらいでかい声でうるせぇぞぉ!と聞こえてきた。
イタリアとの時差を考えると、そろそろヴァリアーの活動時間帯なのだろう。電話の向こうではベルやスクアーロが騒いでいる声が聞こえる。
『良かった、さすがツナちゃんだわぁ』
「え?」
『ボスったらこのところ仕事詰めちゃってあまり眠れてないみたいなのよ、誰が言っても休まないから困ってたわあ』
そんな素振りを一切見せずにXANXUSは自分の世話をしてくれていたのだ。ルッスーリアが休めと言うほどなのだから一週間やそこらの話ではないのだろう。
綱吉は高揚する心を必死で抑えてルッスーリアと話を続けた。
「じゃあ、起こさない方がいい?」
『そうしてちょうだい、ボスには予定通りと抱け言って貰えればわかるから、起きたらそう伝えて貰えるかしら?』
「わかった、伝えとくよ」
再び、お邪魔しちゃったわねえ、と言いながらルッスーリアは通信を終了した。
綱吉の耳に残るのは電子音だけ。
「疲れてたんじゃんか」
携帯を元のは所へと戻し、自分のベッドへと座り、XANXUSの顔を覗き込んだ。
下ろされた前髪で隠れていた瞳の下には濃いめの隈がきっちり両方付いていた。前にあった時も疲れてはいたが今回はそれ以上に無理をして仕事を終わらせてきたのだろう。
自分に会う為に、時間を作る為に。
「それなのに、おれ…」
また、XANXUSに迷惑かけてる。
XANXUSが好きでしてくれているとはいえ、心苦しい程に優しいその腕にごめん、と呟いてゆっくり握った、
せめて日本にいる間だけでも、ゆっくり出来たならば。
一日一杯目まぐるしい程多くの出来事が起こりすぎて、気持ちが高ぶったままの綱吉はまだ眠気が来る気配もなく、暫くベッドにかけたままXANXUSの寝顔を眺めていた。
これほど長くXANXUSの寝顔を見られたのは初めてだった。
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