「はっ恥ずかしくない訳、ないじゃんかあ」
 今綱吉はほっかほかに暖まった身体をソファの上で膝を折り畳むように丸めて座っていた。膝を抱えているのは恥ずかしさからXANXUSを直視できないからである。
 一方XANXUSはと言うと、素晴らしいぐらいの上機嫌な表情で新しいワインを開けているところだった。まるで一仕事終えたと言わんばかりに綱吉を見ては口元を緩め、満足そうにワイングラスを口に運んでいたのだ。
 そこまで嬉しそうに笑われても困る、と綱吉は自分の膝に顔を埋めた。
 全てはお風呂が原因だった。
 綱吉を大事そうに抱えて風呂場へと向かったXANXUSがまず初めに取った行動は自分の上に綱吉を座らせることだった。大人ひとりで入ることを想定したお風呂なので洗い場もそれほど大きくない上に、バスチェアは子供用と大人用ひとつずつしかないのだ。
 それを見てXANXUSが取った行動がそれ、だった。
 いきなりの行動のとんでもなさにぐらりと眩暈がした綱吉は当然のように抗議の声を上げたのだが、気にすることなくXANXUSは全身をくまなく洗い始めたのだった。
 以前も同様に丁寧に身体を洗って貰ったことはあったが、今回はその時とは状態が違いすぎる。身体が完全に密着しているうえに泡だらけでぬるぬるする感触がXANXUSの肌と擦れて割増に感じられたのだ。そのむず痒いような逃げたくなるような感覚に身体は火照っていくし、実際逃げようと身体を引くとXANXUSの大きな腕が元の位置へと戻してしまうのだ。
 綱吉の内心は早く終わって欲しいという気持ちで一杯だったが、もちろん声に出しても聞き入れてなどくれず、ゆっくりじっくり綱吉の身体を磨き上げ、皿にしっかりと暖まるまで湯船の中でも同じ体勢のままで抱えられ、さらに風呂上がりの身体をしっかりと拭き上げ、拭くまで着せられたのだ。
 まるで子供に対しての行動の様で正直困り果てて疲労し尽くした綱吉は動くのすらも嫌になり、ソファで小さく丸まっているところだった。
「XANXUS……全く動じてないのもくやしいし」
 動じるどころか、まるでペットか何かを洗うように丁寧ではあるが作業のように淡々とこなされてはもう何も言い返せない。
 子供をお風呂に入れることと一緒。
 恋人という特別な感情を持った者同士とは思えない程の平常心に綱吉は相当悔しさを覚えていた。
 自分だけがこの数ヶ月間、感情を膨らませていたようで、一人相撲を取ってしまっているようで。
「少しくらい反応してくれてもいいのに」
 ぽつ、と綱吉はXANXUSに気付かれないように呟いた。
 膝に埋めた額に痕が付くのではないかと思う程ぎゅうと身体を小さくして。
 こつん、とワイングラスがテーブルとぶつかり音を立てた。
 XANXUSは綱吉の様子をじっくりと眺めていた。
 何となくずっと赤い顔をしているようでいて、次々と変化していく様を酒の肴にしていたのだ。
 もちろんXANXUSだって全く反応せずにいた訳ではない。男である以上好きな相手の裸体を見て反応しない程達観しているわけではないのだ。
 当り前のように自分の分身が勃ち上がり始めていたし、それを綱吉は気付いていないようだが、XANXUS自身も気づかれないように努めていた。
 初めに『なにもしない』と約束してしまった以上、いくら反応したとはいえ手を出してしまっては何もかもが台無しになってしまう。
「まあ、なしくずしで抱くつもりはないからな」
 綱吉が聞こえないのをいいことに、XANXUSはぽつりと本音を漏らしていた。
 今回の来日は綱吉を抱くつもりで来ているし、それを綱吉にも伝えている。
 ただし、綱吉がこのことを覚えているかはわからない。行ったのは大分前のことで次に会えたらと言う曖昧な言葉でのみ伝えたのだからどうとらえているかもわからない。
 多分、初めてなのだから、わかっていない方が好都合ではあるのだけれども。
 また、ふ、と微笑を浮かべたXANXUSが綱吉の視界にばっちり入ってしまったせいで、さらに綱吉は身体を固くしていた。
 それぞれの思惑が交錯するように、夜は更けていった。




 綱吉の家には何組も布団がある。
 急激に増えていった居候の分を賄えるだけの組数あったのだ。
 もちろん、今日泊ることになってしまったXANXUSの分もすぐに用意できるように母は準備してくれていたし、それを客間にセットし、いつでも眠れるようにと綱吉も部屋を暖めたりと色々動いていた。
 しかし、XANXUSはといえば、堂々とこう宣言したのだ。
「離れて眠ったら、何かあった時困るだろ、ドカス」
 しかも両腕でしっかりと綱吉の身体に腕を回し、逃げられないようにしてから、だ。
 XANXUSにして見れば、一緒に床に付くものだとばかり思っていたのだから、綱吉の行動の方が不可解だったのだ。
 ひとりで何かあったら、という意見はもっともだとは思うが、綱吉だって幼子ではないのだから万が一のことがあったら声を上げるなり暴れるなり出来る。むしろその万が一な事態はXANXUSが一緒にいた方が確率としては高そうではあるのだ。
「何もないってば、ここ日本だよ? いつも同じように眠ってるんだし」
「いつもは、だろうが、ドカス。今日は状況が違うんだよ」
「同じ、だと思うんだけど」
 平気だよ、とXANXUSから逃げるように腕から抜け出して、パタタと綱吉はゲストルームに向けて走り出した。
 はずだった。
 確かにそのまま足がきっちり付いていれば走りだせたのだろうが、腕から抜け出すように力が入っていたせいで足が縺れて自分でも見事だと言う程綺麗にすっ転んでしまったのだ。
 XANXUSもとっさに腕を伸ばしたが間に合わず、抱き止めようとした掌が宙で孤を描いた。
「いった…」
 受け身を取るのが下手な綱吉は両膝と左肘を思い切り打ちつけてしまった。当然だが、フローリングに当たった際の音は相当大きかったし、それに伴い痛みも相当のものだ。
 だから言っただろう、と目が物語っているXANXUSの表情が恐ろしくてちらりと見ただけで綱吉はすぐに顔を反らし、床を見つめた。
 出来ることなら死ぬ気の炎を煌々と灯して本気で逃げたい。
 今すぐにでもこの怒り溢れる視線から逃れたい。
 あ、と声を上げようとした瞬間XANXUSが再び手を伸ばし、片手でひょいと抱え上げ、綱吉を立たせてくれた。
「あ…りがと」
 痛みを堪えながら霊を述べると、XANXUSの手が腕や足へと触れ、傷の有無をチェックしてくれた。音の割には外傷はなさそうだった。
「もう痛くはないから、大丈夫だよ」
 一応伝えては見るものの、XANXUSは未だに綱吉の肌に触れたままでじっと足を見つめていた。
 赤くなってしまっている膝をさらりと撫でると、XANXUSは何かを告げてから綱吉を抱え上げたのだ。
 ただし、綱吉はXANXUSの言葉は聞こえなかった。
 今度は何と言った?
 先の様に怒りの表情を保ったままのXANXUSの顔が綱吉の傍に来た。
 そして大きく呼吸をひとつして、言葉を告げた。
「部屋が一緒も駄目なら、ドア越しだ」
「え?」
「怪我させてまで同室でいる必要はねえよ、近くでいられりゃ充分だ」
 てめえに何かあったら奈々さんに顔向けできねえ、と眉間の皺を深く刻みながら息を吐く様にしてXANXUSは綱吉を抱える腕の力を一層強くしてから別室へと移動し始めた。





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