まさに和洋折衷といった食卓にXANXUSと綱吉は並んで座った。大きなテーブルは普段大人数で使っている物なので向かい合ってしまうと綱吉にXANXUSの声が届かなくて困るだろうと、XANXUSが無理矢理引き寄せてと隣へと腰を降ろさせたのだ。
拒否しようものなら膝の上に乗せられそうな程の腕の力に綱吉はすぐに折れた。隣だと顔は見られないけれど、声は聞こえるから。
「狭くない?」
「構う程じゃねえだろ」
「んっ…いや、あの」
これじゃ食べづらい。
そう言おうとするとXANXUSの手によって目の前にあったサンドイッチをぐいと口に詰め込まれた。
むぐ、とそのサンドイッチをゆっくりと咀嚼すると、馴染んだ味が口に広がった。
さすがに酷いとXANXUSを見遣っても、悪びれる様子もなく手を合わせて食べ始めようとしているところであった。
「 」
綱吉には聞こえなかったが、きっちり食事前の挨拶をしたようだ。
ペンを持つ時同様、器用に箸を使い、目の前の皿からひとつずつ食べていく様はあまりにも綺麗で綱吉は口の中に残るサンドイッチのことも忘れ、見入ってしまった。
毎日使っている自分よりも箸使いが上手だし、何より口に運ぶまでがスマートだ。
溜まりそうだった怒りも消え、口を動かすのすら忘れてその姿をじっと見つめていた。
「どうした?」
箸が進まない綱吉にXANXUSが横から声を掛けてきた。
「え? …あ、何でもない」
「食えよ、少し痩せただろ」
「痩せては…ないよ」
誤魔化しながら綱吉は皿に唐揚げとポテトサラダを取った。子供味覚と言われても好きだから一番に食べておきたいと思うものだ。
それを少しずつ口に運んでいると、横で見ていたXANXUSがひょいひょいと食べ物をどんどん皿に乗せていった。
「全部食え」
痩せる必要ねえとかガリガリとか言葉の端々だけが聞き取れるせいか、罵られているようにしか聞こえないXANXUSの言葉にまた同じ答えを返す。
「だから、痩せてないんだってば! 前と一緒でしょ?」
いくらなんでも載せ過ぎだ、というほどに皿の上に料理が山積みになっていく。しかも中身に肉が使われている物をピンポイントで選び抜いていく荒業を見せつける。
「前会った時より2kg」
「そっそんなの誤差の範囲じゃん、なんでわかるんだよ」
「やっぱり減ってんじゃねえか、カス」
「う……」
確かに綱吉の体重は減っていたし、身体も少しだけ細くなった。でもそれは綺麗になりたくてくびれを作る体操をしたせいで、ウエストだけが減らずに結果的に全体が細くなってしまったのだ。
もちろん気持ち程度しかない胸も少し減ってしまったのは言うまでもないだろう。
「体力も落ちるし、抱き心地も悪くなってる、バストも減ってる」
「な、なんでわかるの」
「恋人の身体の事がわかんねえ方がおかしいだろ」
XANXUSは唐揚げをひとつ、箸で摘んだ。すいと綱吉の口元へ持っていくと口を開けろと言わんばかりに睨みつけてくる。
抗うことは面倒が起ると綱吉はその好意を受け入れることにした。
一口サイズの唐揚げを大きな口で頬張ると、XANXUSの口が三日月を描いた。
「噂通り、どれも旨いな」
「だって母さんの料理だし」
むぐむぐと四つ目の唐揚げを口に入れながら綱吉は答える。肉ばかりの乗った皿を片づけるには一心不乱に食べ進めなくてはならないだろうと予想し、次々と口に運ぶ綱吉を見てXANXUSは満足そうに手元の料理を堪能し始めた。
さすがに全ては食べられなかったが、二人で食べたにしては多い量を消費し、お腹一杯になったところで綱吉は本当に落ち付けたように感じた。
以前XANXUSの怪我を聞きイタリアへと渡った時のような新婚さんとも思える空気にくすぐったいような嬉しいような気分で。
二人きり、という実感が深くなる。
「おれ、お風呂の準備してくる」
「ああ」
XANXUSは母が用意していたワインを飲み始めていた。
父の分であろうビールケースや日本酒、酒樽がいくつもキッチンにあったがその中から選んで持ってきたようだ。
普段は誰も飲める人間がいないので、この日のためにわざわざ取り寄せたに違いない。
「ほどほどに飲んでね」
それだけを伝えると綱吉はお風呂へと向かった。
音が聞こえないと言うのは思った以上に不便だった。
普段音を聞いて判断できることも全て目と肌の感覚で行うしかないのだ。
「いやあ…これはきつい、かも」
お湯張りをしながらXANXUS用にと父のパジャマを探していたのだが、開けようとしたタンスが硬く、ようやく開けた時には辺りにタンスの上に乗っていた箱や物が散乱してしまっていたのだ。その中に花瓶や父のお土産で買ってきたガラスの置物なんかが入っていたために、割れて破片が床に広がってしまっていた。
しかし、割れた音が聞こえなかった綱吉はうっかり破片を踏んでしまったのだ。踏んで初めて気付いた、割れた花瓶。
幸いにしてスリッパを履いていたために怪我はなかったが、もしこれが裸足だったら、と思うとぞっとした。
さらにお湯が沸いた音に気付かずにいたため、敵音になっていたはずのお風呂が再び冷めてしまったことも、やかんの音に気付けずお湯が噴き零れてガス漏れしそうになったこともあり、焦るだけでなく体力も気力も奪われていった綱吉はソファに持たれて大きく息を付いた。
「音って大事なんだなあ」
自分がドンくさいせいもあるだろうが、耳で判断していた部分が思っていたより大きいらしく、たかが数日とは言えこの状態が続くことに綱吉は気が遠くなっていく感覚に襲われたほどだ。
綱吉の視界の端でドアが開く。XANXUSがリビングへと戻ってきたのだ。片手にはXANXUSには似合わない程の小さな携帯電話がひとつ。
「誰から?」
綱吉がXANXUSに声をかけるとXANXUSはその携帯をポケットに仕舞い、綱吉の元へと歩み寄り隣へと座った。
この距離ですら旨く聞き取れないため、さらにXANXUSは綱吉の肩を引き寄せ、話し始めた。
「奈々さんからだ、こっちから連絡を入れた」
「っ…と、母さん、電話出れたんだ…ってちょっと!」
「何だ」
「く、くすぐったい」
肩口に置かれた掌が綱吉の紙を弄るせいでくすぐったいのだ。むずむずと首を動かしてその指から逃げようとするとXANXUSがそれを追ってさらに指を動かした。
「は、話! 何を話してきたの?」
「ああ、家光は元気だとよ」
「それだけ?」
「ああ」
父さん何ともない? と続けて綱吉が党と、傷以外は、とXANXUSが答えてくれた。
心配していなかったと言えば嘘になる。一応あれでも父なのだ。
軽い口調で、そっか、と呟くと綱吉はにい、と笑顔になったのだ。
「風呂、入るんだろ?」
「うん、もうちょっと待って、沸かし直してるから……そろそろ入れるかな」
「そうか」
その会話の流れからさも当たり前のようにXANXUSは綱吉を抱え上げようとした。
もちろん、綱吉はそんなことをされるとは露にも思わず、手を掛けられたままの肩をびく、と震わせた。
「ど、どうしておれに手を掛ける必要があるの?」
「一緒に入るからだ」
「な、んで」
やだよ、と綱吉は大きく首を振った。
当り前だがXANXUSのことが嫌な訳じゃない、一緒にお風呂に入ることが嫌なのだ。
前に身体が効かず、XANXUSと一緒に入ることになったことはあった。身体の隅々まで洗われ、異常な程に全身を見られたのは記憶に新しいことだった。
恥ずかしいに決まってるじゃん!
見る間に綱吉は顔を赤くしていった。
「ひとりは危ねえ」
「平気だって、動けない訳じゃないんだし」
「さっきだって何を割った? 怪我してねえのが奇跡だろうが、ドカス」
目に見えず心配するぐらいならこうするまでだ、とXANXUSは強引に身体を持ち上げ、動けない程にがっちりと抱えた。
すでに綱吉が暴れるのは想定済みのようだ。
「い、やだ! やだ! 恥ずかしいモン!」
「だったら目を瞑っていろ」
「そ、そんな」
目を瞑ったって裸じゃないか! などと真っ赤を通り越して赤黒くなった綱吉が叫び続けても、XANXUSはまったく動じることなく綱吉を運んだ。
そして当然だと言わんばかりに自分の上着を脱ぐと綱吉の服に手をかけ始めた。
「ひっ、ひゃあ、じ、自分で……」
「諦めろ」
「う……」
ぞわぞわと背筋に冷たいものを感じたのはXANXUSの掌が底を通過したせいだろう。
暴れて動く綱吉を押さえつけることなくさらりさらりと次々服を脱がせていくXANXUSに対して、綱吉は涙目になりながらXANXUSの手を抑える。抑えたところで止まることはないのだけれども。
勝てる訳がない、腕力でも我の強さでも。
決めたことを何が何でも押し通すのがXANXUSだ。
綱吉はだんだんと手の力を弱め、口をへの字にして抗うことを止めた。きっと暴れ続けても一緒に入ることに変わりはないのだろう。だとしたら、もう諦めるしかない。
「それでいい、痛いことはしねえ」
ふ、と笑う声が綱吉の耳に広がる。
とにかく食事を始めたあたりからのXANXUSはいちいち嬉しそうに笑ったり声を漏らしたりしていた。端的に言えば浮かれているのだ。
XANXUSを古くから知るものは間違いなく驚くだろうし、人によっては卒倒するだろう。
綱吉は小さな口を震わせながら、XANXUSにこう伝えた。
「お……ねがい、します」
恥ずかしさで指先すらも震える。
その振動がXANXUSにだって伝わっているだろうに。
作業と言わんばかりに淡々と服を脱がし、割り切った様子でXANXUSは綱吉を風呂へと連れて行った。
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