気がつけば外は夕焼けが綺麗に映える時間となっていた。時計を見る暇もなかったから、そんなに時間が経っていたとは思ってもいなかった。
眠っていた時間も移動の時間も思っていたより長かったようだ。
色々なことに気を取られ、そこまで頭が回っていなかったのだ。
外に停めてあった車の横でXANXUSは立ち止まった。
「乗れるか?」
耳元で問いかけられただけだが、XANXUSの声に酷く反応してしまう綱吉はまた身体を震わせた。
ただでさえ耳は弱いのだ。むず痒くて耐えられない。耳掃除も苦手な方だった。
ううと軽くもだえながら、こくりこくりと頷いて返事をした。
「大丈夫、身体は動くから…あの」
「何だ」
抱えられた腕の中から降ろしては貰えたものの、車に乗るには支障がある程ぎっちり肩やら腰やらに手を回され、綱吉は立ったまま動けずにいた。
痛くはないがその腕の強さに落ち着かない気持ちでいっぱいになる。
「これじゃ車に乗れないんだけど」
ぺたりとXANXUSの腕に触れるとXANXUSは、ああ、と呟くように言い、ようやく綱吉から手を離した。その掌が心なしか名残惜しそうに離れていったように見えた。
まだ、XANXUSの顔色は良くない。酷く怒りを含んだ瞳が綱吉をじっとりと捕えていた。
綱吉から目を離すことなく、XANXUSは車のドアを開けた。
さっきも乗せられた車である。
綱吉は今になって気付いたことがあった、急いで移動した際には気付かなかったが、ドアもシートも何もかも真新しく綺麗な状態なのだ。間違いなく新車だった。新車らしい匂いがする。
しかも、納車したてだというのは車に貼られたシールが物語っていた。日付が今日、だった。
開いたドアから助手席―とはいっても右側に位置している―に乗り込むと、XANXUSも黙って運転席側へと乗り込んだ。無造作に置かれたサングラスを掛け、エンジンを掛ける姿は横から見ていても絵になる。一枚の写真に収めてしまいたいほどに。
綱吉はさらに心臓の音を大きくしていた。
自分の思い人はとにかく格好よすぎだ。外国の、とか傷が、とか好きな分の贔屓目、とか色んな物を差し引いても有り余るほどカッコいいと思うのだ。
ぎゅうとシートベルトを握りしめ、その様を眺めていた。
エンジンを掛けすぐに発進するかと思っていたが、ハンドルを握ったままXANXUSはしばらく動かずにいた。
「XANXUS?」
先と同様に行先は聞かされていない。この後の行動も何をするかもわからない。
今、わかることと言えば、XANXUSが怒っていることと、自分のお腹がすき始めていることぐらいだ。
綱吉が名を呼んだことでXANXUSが綱吉の方を向いてくれた。
ああ、眉間の皺が酷いことになってるよ、というのが素直な感想だ。綺麗な顔に対し勿体無いと思える程に皺が刻まれた顔がすぅと綱吉に近づき、軽く音を立てて唇にキスをされた。
「んっ!?」
そんな雰囲気だったか、と驚く間もなく、今度は耳元でちゅ、と音がした。
「ひゃあっ、あ、あのさあ!!」
「嫌か」
ボソ、と耳元で呟かれると、綱吉は身を縮めぶるると震えた。
「い、嫌じゃないけど、耳元で話されるの、苦手、なんだけど」
「この位置じゃなきゃ聞こえねえだろ、カス」
「え…? 聞こえて、ない?」
そう言われてみれば車の音も聞こえないし、XANXUSとシャマルの会話も全く聞き取れなかった。目の前に移動していく車の音も、吠えているであろう犬の声も綱吉の耳には音として届かなかった。
「藪医者のトライデントモスキート、耳元の音だけ拾えるようになっているはずだ」
「ホントだ、近くなら聞こえる」
不思議とずっと音がないことに慣れてしまっていたせいか、聞こえなくても何も思わなくなっていた綱吉は、間近でなくてはXANXUSの声が聞き取れていないことにすら気付いていなかったの。
それどころではないほど混乱していたということでもある。
ポカンとした顔から笑顔に変わる綱吉を見て、XANXUSもきつく刻まれた皺を緩めた。
「家まで行くぞ」
「うち? 帰っていいの?」
「カスが、何のためにここに来たと思ってやがる。わざわざセクハラ野郎の元に連れて行く訳がねえだろうが」
触れさせるのすら嫌だというのに、と低い声で吐き捨てるように呟くXANXUSは綱吉の額にキスを落とした。
XANXUS曰く、シャマルの元へ連れていくことは賭けだったようだ。
治せる確率は奴でも低いと踏んでいたが、運よく集音機能を上げる効果の病気があったようで鼓膜の代わりに耳内部の骨の働きを強めている状態、だそうだ。
シャマルの刺した『3』は三日間ということ。要はこのモスキートの効果は三日しか持たないと言っていたのだ。
「精神的なものがどれだけ影響してるかわからなかったからな、応急処置でも効きゃあいいだろ」
「そう、だよね」
三日あればボンゴレの優秀な医師でも治すために必要な医療器具も日本に運ぶことができる。
いつの間にそこまで手配したのか、何とも優秀で頭の回る男である。
「お前の母親にも伝えてある、安心して乗っていろ」
そう言うとXANXUSはゆっくりと綱吉から離れた。
そして、ゆっくりとシフトレバーを弄り、車を発進させる。
まだ心なしか怒りを含んだ瞳をしていたXANXUSの機嫌は悪いのかもしれない。
綱吉は黙って助手席のシートに身体をもたげた、会話を楽しむにも今の状況下ではただ綱吉がXANXUSに一方的に話すことしか出来ないから黙っていたのだ。
散々な一日は終わりへと向かっている。
サングラスのない綱吉は、夕焼けの眩しさに目を細めた。
家に帰り付くと、奈々がご馳走を用意してくれていたようで、その香りが綱吉の鼻を擽り、空腹の腹の虫を鳴り響かせることとなった。
「やっやだ、もう…」
恥ずかしいことこの上ないというのに、その音を聞くなりXANXUSは普段見せない程の緩い笑みを見せた。
愛でる相手の可愛い様を見て、笑顔にならない奴がいるかとXANXUSは主張したが、腹の虫を可愛いと言われても気分の良いものではない。
緩い笑みはすぐに元に戻り、玄関の扉を開けてくれた。
「お帰りなさい」
扉の先では奈々が大きな荷物と重箱を抱えて出かける準備をしているところだった。
もう外は暗く夜になろうという時刻の今、何の用事で出かけるのだろうか?
綱吉を見て、嬉しそうにぎゅうと抱き締めて迎え入れてくれた。
母は二人の帰宅を喜んでいるようで、パタパタとリビングへ二人を引っ張るようにして連れて行った。
そして、予想通りキッチンには今日作ってたであろう菓子類が幾つも用意されていた。
「うわ…すごいね、お祝いみたいだ」
いつもの食卓も大人数で囲むせいか皿数だけは多い。
だが今日はさらに品数もものすごく多いのだ。相当時間も掛かっただろうと予想が出来る程に。
用意してあったお茶をXANXUSに出し、奈々はXANXUSに向けて色々と話し始めた。
決して母の話は長くはないが、お気に入りのXANXUS―だと綱吉は感じている、綱吉の惚気話も一番に聞いてくれるのは奈々だ―に対しては例外がありそうだと思った。
綱吉は着替えてくる、とだけ告げて自室へと移動を始めた。
「あーあ、制服がぐちゃぐちゃだ」
落ち着いて自分の服を見てみると、朝きっちりアイロンをかけたスカートもブラウスも酷くぐちゃぐちゃで皺があちこちに刻まれていた。
病院のベッドでもそのままで寝かされていたし、あちこち移動の際も服に気を使う余裕はなかったせいだろう。
「とりあえず」
朝のうちに用意しておいた大きめのワンピースに着替え急いで階下へと降りる。
お腹がすいてくっ付きそうなほどお腹はすいているし、XANXUSがいるのだから時間が勿体無い。
家中に伝わる香りが綱吉の足を速めた。
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