はぁ、と息を付いてすぐXANXUSは奈々へと挨拶をし、手に持っていた花束と小さな箱を手渡した。
奈々も笑顔でそれを受け取り、何かを伝えた後その花束を持って部屋を出て行った。多分花を生けにいったのだろう。
綱吉には全てがスローモーションに見えた。その仕草の一つ一つがとにかく格好良かったのだ。汗ひとつ、髪の先から垂れたのすら輝いて見えるのは間違いなく惚れ込んだ相手だからだろう。
再び、恋に落ちたような気分だ。目の前のXANXUSから目を離せなくなった。
XANXUSは綱吉の方を向くなり、もう一度息を吐き出した。怒っているとも呆れているともとれる表情をしている。
そして、視界の端では山本と獄寺がリボーンに諭されながら退室していくのが見えた。何度も頭を下げる獄寺と陽気に手を振る山本の姿が目に映る。
恐らく『人の恋路を…』などと言われたに違いない。
この状況下では逆に残っていてくれた方がよかったのに、という綱吉の気持ちは全く伝わらなかったようだ。
XANXUSには何処まで伝わっているのだろうか? 入院することまで伝わっているのだろうか?
今日、一緒に出かける約束を破ってしまうことをXANXUSはどう思っているのだろうか。
「う…、裏切り者ぉ…」
残っていて欲しかった友人達に向けてぼそりと言葉を吐き出した。
綱吉が呟きを発した時点で、すでにXANXUSはベッドの脇まで来ていた。
その事実に気付いた綱吉が見たのは、やはり怒っているほうのXANXUSの瞳だった。
いつかと同じ表情だ。そうか、初めて自力でイタリア旅行した時に事件に巻き込まれ、XANXUSに世話になったあの、顔合わせの時と同じなのだ。
聞こえていないのがわかっているせいか、XANXUSは綱吉に対して何も言おうとはしなかった。
ただ、ぽんぽんと頭を撫でてくれて、あとは奈々が戻るまで黙っていたのだ。
罵倒する言葉の一つでも、怒りの平手打ちの一つでも与えてくると思ったが、全くそんなつもりはないようでXANXUSは変わらない表情のままで入口の扉を見つめていた。
綱吉の方をなるべく見ないようにしている、そんな行動だった。
「…XANXUS」
まるで声まで出なくなったような気分だった。会えたことが嬉しい筈なのにその気持ちも曇っていくようで。
当り前だ。仕事の合間に無理矢理時間を作って日本まで来たというのに、その相手がベッドの住人と有れば呆れもするし、遠い目にもなる。目を合わせたくもなくなるだろう。
そうこうしているうちに、奈々が書類を抱えて戻って来た。それを束のままXANXUSへと渡すと、二、三言何かをXANXUSに告げた様だった。
XANXUSは普段ほぼ見られないであろう柔らかい表情を作り、何度か頷いている。そして『ありがとう』と口が動いたように見えた。
XANXUSが感謝の言葉を?
余計に声を詰まらせた綱吉が呆けた顔をして二人を見つめていると、ほぼ同時に二人が綱吉の方を向いた。しかも良すぎる程の微笑み付き出。
瞬時に嫌なオーラを肌にびしびしと感じ取った綱吉は沈んでいた気分すらも忘れて、ベッドの上で後方に身を引いた。運が悪すぎることにその身を引いた先にはベッドがなく、体勢を崩して落ちてしまいそうになったのだが。
「ひゃ…あ、れ?」
予想済と言わんばかりにXANXUSが腕を伸ばして引き止めてくれた。たくましい腕の感触は久しく感じられなかったものでドキリと心臓が跳ねた。
「 」
XANXUSが奈々に軽く会釈をしながら用件を伝え切ると、腕の中にいた綱吉をおもむろに抱え上げた。まるでひょいと音がしそうなほど軽々と腕に収めると、そのまま綱吉を連れて部屋の外へと歩いて出て行こうとするのだ。
余りに唐突すぎるXANXUSの行動にわたわたと手足を動かして綱吉は抗議をした。
「どっどこにっ! 行くっ! つもりだよ!!」
少し声がうわずってしまったが必死に伝えたいことを述べると、XANXUSはさらに笑みを深くし、ただ抱える腕の力を強めて綱吉の落下を防ぐと病院の廊下を大股で歩き早々に病院を出た。
そして、XANXUSにしては珍しくきちんと駐車場へと止めたスポーツカーへと綱吉を叩き込み、車は予想以上の速度で進み出したのだった。
今日は間違いなく星座占いは十二位だ。血液型占いもきっと最下位だ。
それほどまでに綱はの自分の意としないままにあれやこれや目まぐるしく状況が変化していっているのだ。
朝から喧嘩に巻き込まれるは、爆音で耳はきこえなくなるは、何も伝えられないまま検査はされるはで、最終的には何処へ行くかも告げられないまま車に押し込まれて、会いたくもないセクハラな保険医の前に座らされているのだ。
綱吉は目を合わせるのも嫌で床や天井を見つめながら現実逃避を始めそうになったところで、横に立っていたXANXUSが威圧するオーラを出し始めた。
真面目に診察を受けろ、ということだろう。
綱吉も目の前の男でなければ素直に受けたであろうが、上記通り『セクハラ』医師なのである。
綱吉に対してのセクハラ行為が徐々にエスカレートしているようにしか思えないほどのスキンシップの激しさに直に訴えたことも獄寺やリボーンを通して伝えたこともあったが、このシャマルという男にはのれんに腕押しでしかなかった。
「 」
珍しく聴診器と見たことない医療器具をいくつか取り出したシャマルはぽりぽりと頬を掻きながら面倒そうな顔を作り、ゆっくりとした動作で綱吉を身体ごと横へ向かせた。その際肩やら腰やらにふれることも忘れなかったのは彼らしいところだとは思うが、ぶわりと全身に鳥肌が立ってしまった綱吉にとっては殴りかかりたいと思う程嫌な行為であった。
「何、するの?」
横を向いたせいで自分の正面に立つ形になったXANXUSに言葉を投げ掛けるが、もちろん答えは聞こえないしXANXUS自身言う気もないらしくただ黙ってこちらを睨んでくるものだから、綱吉はううと呻くように身体を引いた。いつもより、いやいつもに増して不機嫌な顔をされてしまっては綱吉からもう言葉が出ることはなかった。
暫く黙ってセクハラまがいの診察を受け―そのたびXANXUSが掌に炎を灯して止めてくれてはいた―シャマルが綱吉から離れた瞬間に首筋に痛みが走った。
チクリとまるで針先で軽く突かれた程度の痛みで黙っていなければ気付かない程のそれはシャマルの手元の小さなカプセルから出された虫によって与えられたものだった。
「いっ…たああ!」
刺された部分を抑えつつシャマルを睨みつけるが、当の本人はもう用済みと言わんばかりに咥えタバコで使った器具をガチャガチャと片づけ始めていて、綱吉のその眼すらきにしていなかった。
綱吉だって何の説明もなしに虫に刺されて黙っていられる程大人しくもないし、穏やかな達でもない。
怒りのままにシャマルに食ってかかろうとした瞬間にXANXUSに身体を止められた。ぎゅうと抱えるように腕の中に収められると、その怒りの矛先を今度はXANXUSに向けた。
「XANXUS! もう、何なんだよ!? 説明、して欲しいんだけど」
獄寺のように携帯でも、その辺の紙の切れっぱしにでも説明する気になれば出来ると思うのだ。何も聞かされないままに事がドンドン進められて気分がいいものではない。
その綱吉の怒りを組みとれたのか、XANXUSはす、と綱吉の耳元に顔を近づけてきた。そして耳の中にXANXUSの低い声が響く。
「もう、聞こえんだろ?」
「…え?」
それまで音は何も拾わなかったというのに、急に声が聞こえるようになってもちろん綱吉は驚いた。
だが、それ以上にぞわりと身体に伝わったXANXUSの久しぶりに聞くバリトンボイスに身体が反応し、ぶるぶると喜ぶように足先まで震えが広がったのだった。
「聞こえる…ね」
「良かったな」
「…うん」
ぽすん、ぽすんと何度か頭を撫でられ、その大きな掌の暖かさに怒りや憤りが徐々に消えていくのを感じた綱吉は半分立ち上がりかけた身体をまた回転いすへと戻し、ほおと息をついた。
XANXUSもその様子を確認してゆっくりと身体を離した。
ぽんわりとした顔のままXANXUSを見つめる綱吉。手はXANXUSの服の裾を握ったままだ。
XANXUSはシャマルを睨むようにして何かを伝えていた。
「あれ?」
さっきは聞こえたXANXUSの声がまた耳に届かなくなった。あの一瞬で耳に音が届くなったこと事態がすごいことなのだが、今入って来ていた音が消えるのは不安を誘う。ひゅ、と下手くそな呼吸で喉が鳴ってしまった程に、綱吉の気持ちに焦りが出た。
その綱吉の状況はすでにXANXUSもシャマルもわかっていたようで行動を急くことなく会話を続けている。軽いジェスチャーを混ぜたシャマルが指を三本たててこちらへと向ける。
XANXUSがそれを見て大きく溜息をついたようだ。
けらけらと陽気に笑い煙草の火を揉み消したシャマルは、ぱたぱたと出ていくように指示をした。
それに珍しく素直に従ったXANXUSは綱吉を抱え上げ、そのまま保健室をでた。
ひらりひらりと手を振ったのは多分綱吉に向けてだろう。口が『がんばれよ』と動いたのは気のせいではないようだ。
がんばれ? 何が?
軽々とまるで荷物のように運ばれる綱吉は、また余計に不安を募らせるのだった。
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