ぱちん、ぱちん。
また泡が弾けるような音がした。炎が上がり、空気となり消えた。共にズキンズキンと頭が痛む。一緒に響き、綱吉の頭を揺さぶった。
ガツン、ガツンとだんだん響きが大きくなり、痛みも増して目が覚めた。
「いた・・・何、これ」
この頭の痛みには覚えがある。風邪の諸症状のひとつだ。冷え切った身体が風邪を引き込んでしまったのだろう。
ぺたりと痛む部分を抑えていると、その腕ごと抱きこまれた。暖かく熱を含む腕がとても気持ちよくて、痛みが少し和らいだ。
またゆっくりと大きな手が綱吉を撫でた。
「・・・・・・」
何かを告げようとして、XANXUSは口を動かしたが、息だけ吐き出して言葉にするのをやめた。代わりに小さな炎を手に灯し、綱吉の額へと当てた。
それは以前九代目が綱吉へと伝えるために使った手段で、炎を介して伝えようというXANXUSが綱吉へ小さな炎を送った。
意識がとくり、と流れ込んでくる。
それは昨日の夜、風呂上がりの綱吉がXANXUSを探して走り回っているところだった。屋根の上でいくつかの酒瓶を傍らに置き、夜風に当たりながらそれを味わっていたXANXUSは自分に近い位置でかたりと音がしたことによって弾かれるように体勢を整えた。
この場に敵、もしくは自分や綱吉の命を狙う者が来る可能性はないとは言い切れない。いくつかシュミレーションをして、戦闘態勢を取ると、そこに現れたのはぽわりと顔を赤らめた綱吉だった。
「よかった、ここにいたんだ」
ひょいと出した顔がすぐに揺れて、位置を変えた。
ふわり。
乗っていた梯子が、きちんとした場所に置かれていなかったため倒れてしまったのだ。綱吉はそれに気づかずに、ぼんやりと梯子の動きに従っている。
XANXUSは綱吉に手を伸ばしたが、すでに届く位置に彼女はおらず、急いで屋根を蹴りつけ、落ちていく綱吉を追った。ぶわりと身体を浮かし、綱吉を抱える。そして、炎を噴射して地面に叩きつけられる寸前にお互いの体を守ったのだった。なんとか綱吉の身体は守れたが、すでに彼女は気を失っていた。
「・・・ツナヨシ?」
読んでも返事はなく、ただぐったりとXANXUSに身体を預けていた。触れる部分がどこもものすごく熱い。息をしているが、その息も荒かった。明らかに具合が悪い。
ぐいとその熱をもった身体を駆け込み、急いで寝室へと向かう。倒れた梯子もXANXUSとともに落ちてしまった酒瓶もそのままに何より綱吉を休ませようと走ったのだ。
ふわりと綱吉の身体をベッドへと降ろし、軽めの羽毛布団をかけた。
苦しそうにしている綱吉は、ぎゅうとその布団をつかんだ。
「・・ざんざす・・・・」
うわ言の様に呟く綱吉は、ずっと眉間に皺を寄せていた。
「薬・・・ここにそんなもんがあるかよ」
カスが、とぽつり呟くようにしてXANXUSは寝室を後にする。
ばたばたとあちこちを開け、薬を探した。出来た部下のことだから綱吉のために万が一の薬ぐらい用意しているだろうと小屋へ飛び込むと、小さな木箱に小さく薬という文字を見つけた。
中からがちゃりといくつも瓶を取り出し、熱冷ましの効能のあるものを選ぶ。周りも散らかし放題だが、それは後回しだと綱吉の元へと走って戻った。
綱吉はまだ眠っているようだった。息遣いは変わらず、荒いままで熱があるせいか顔が真っ赤になっていた。
キッチンから持ってきた水とともに薬を傍らのテーブルへと置き、綱吉を呼んだ。
「綱吉・・・」
しかし、XANXUSの声はまだ不十分で届くような声は出せず、身体を揺すっても顔をしかめるだけで起きる気配は見られなかった。
仕方なくXANXUSは薬と水を口に含み、軽く綱吉の身体を起こして口移しで薬を飲ませた。眠っている人間に飲ませるのは本当は良くないのだが、喉に閊えないように少しずつ時間をかけてゆっくりと飲ませて行った。
すべてを飲ませきると、ほおと息を吐いた綱吉がぼんやりと目を開けた。
「・・・ぁ」
綱吉は自分の口元をぺろりと舐めた。湯上りで熱もあり、汗もかいているせいだろう。喉が渇いていたのだ。
そのXANXUSから与えられた少しの水分が口から流れるのすら惜しくて、無意識のうちに舌が動いたのだった。
「もっと・・・」
ぽつ、と綱吉が言うと、XANXUSはその仕草にずくりと身体がうずくのを感じた。
その声が、その熱が、その舌が、まるでXANXUSを誘うように心を動かすのだった。ごくりと喉が鳴る。
XANXUSは綱吉が求めるままに水を飲ませ、そしてその口腔に貪りついた。逆に奪うかのように、べろりと唇を舐め上げ、離れるのを惜しむように軽く音を立てて口づけた。
「ツナ、ヨシ」
「・・はあ、ぁ・・・」
ぷるりぷるりと震える綱吉の手がXANXUSの腕を何度も行き来し、その手がゆるりと袖口を掴む。ぼんやりと開いた目がXANXUSの瞳とぶつかると、涙が零れ落ちた。
今までXANXUSの見てきた中で最も身体中の血を沸き立たせる綱吉の表情と行動に、ぷつりと音が鳴りそうな勢いで理性が切れてなくなる瞬間を感じた。
噛み付くように再度綱吉の口に吸いつき、首に歯をあて、舐め上げた。
「・・ん、やあ・・」
綱吉は力の入らない腕でXANXUSを押した。押し返すことはできなかったが、その涙が密着していたXANXUSの頬へと当たり、それだけでもXANXUSを止める材料としては十分だった。
「や、だ・・よぉ」
こわい、と呟く綱吉。ぎゅうと握りしめた手が震えている。
XANXUSはそれ以上手を出すことはできなかった。
彼女が泣きやむまで、ゆっくりと髪を撫で再び眠りにつくまでそうしていた。
後悔はどこまでも積もり続け、目の前の光が奪っていくようだった。
XANXUSは涙を舐め取るように眠りに口づけ、そして離れた。
「・・・クソが」
このまま近くにいては綱吉を危険にさらすかもしれない。XANXUSは綱吉を寝室へと残し部屋を出た。
呼吸も落ち着き熱が下がりつつあったため、心配ではあったが離れた方がよいと判断し、リビングへと戻ったのだ。
酒が出せる限り出し、浴びるように飲み進めた。そうしても眠れそうにはなかった。
そこで流れ込む意識は途絶えた。
「・・・これ」
ぽわりとした顔をした綱吉がXANXUSを向いて問おうとしたが、それを止め逆にXANXUSが質問を返した。
無理しすぎたせいかXANXUSの喉から音らしい音は出なくなってしまっていたため、仕方なくメモを手に取り文字に起こす。
『どこまで覚えている?』
綱吉は自分の思い出せる記憶を追ってみたものの、そのXANXUSの記憶の最初のほんの一部までしか覚えてはいなかった。ベッドでひとり目を覚ますまで、ずっとひとりで眠っているものだと思っていたのだから。
「梯子から落ちたところまでは覚えてる。その先はずっと、夢見てた。から・・・おれの記憶には残ってないよ」
痛む頭を押さえながら、ゆっくりと伝えた。
「でも、自分が風邪ひいてるのは気付かなかった。なんだか変だと思ってたんだけど・・・ね」
またゆっくりとXANXUSの手が綱吉を撫でた。痛みが和らぐと共に眠気がさらに襲ってくる。
綱吉はまだ聞きたいことも言いたいことも山ほど残っていて、必死で身体を起こそうとしたが、それもXANXUSの手によってゆらりと止められる。
目を伏せられ、ぽすぽすと頭を撫でられると、色々溜まっていた気持ちがとろりと溶けて流れていくようだった。
うっすらと開けた目に映ったXANXUSの口が動いて、綱吉に伝える。声が出ていなくても口の動きで言葉は理解できた。
―――安心して眠れ、と。
何だかいろいろと気にはなったが、このままXANXUSが傍にいてくれるなら、と綱吉はそのまま夢の世界へと落ちて行った。
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