かたん、かたん。
リビングにはやはりXANXUSはいなかった。また、屋根の上だろうか、それとも今度こそ出て行ってしまったのだろうか。
静かすぎるこの家からは綱吉が動くたびになる足音以外は音がしなかった。
動くたびにいろいろと考えが回る。子供すぎる自分を悔いることばかりだが、多くを考え、そのほとんどが消えた。
「どこに・・行ったんだろ」
先程までXANXUSがいた椅子を確かめるが、やはりぬくもりなど残っていなかった。
空瓶をよせようと手を伸ばすと、そこに一枚の紙が残っていた。メモの切れ端だろう、綱吉が手に取るとそこにはXANXUSの文字が並んでいた。
『てめえを傷つける前に帰す』
それはさっき書かれた紙とは同様の内容だったが、紙質が違うことから別物だと判断できる。元々XANXUSは綱吉を先に帰すつもりだったのだ。
「ばかだな・・・先に帰される方が傷つくってのに」
でも、きっとXANXUSも傷ついたに違いない。それだけ綱吉はXANXUSのてを避けてしまったのだ。
もう傍にもいたくないのかもしれない。
ぎり、と奥歯を噛み締めて、XANXUSを探して家の中を駆け巡った。
小さな家のはずなのに、小屋から風呂まで駆け巡ったがXANXUSの姿は見つけられなかった。窓から顔を出し屋根の上も見たがそれらしい影はなく、そもそもこの家にXANXUSの隠れられるような大きいスペースはどこにも存在しないことに気がついた。
はあはあと息ばかりがあがり、何の収穫もなかった。
あまりに片付いたこの別荘は、XANXUSがいなかったかのように静まり返ったままだった。
「ほんとに・・出て行っちゃったかも」
ぺたり、ぺたりと玄関へと向かい、扉が見えるその位置に綱吉は座り込んだ。日本のように靴がある訳ではないから、ここにきても不在の確認などできないのだが、もしここを通ったならば、とXANXUSの跡を探した。
しかし、そこにも何も残っていなかった。
「やだ、なあ、もう・・・」
ぽたりと涙が出てくる。
後悔がどんどんと水を押し上げて、涙として流れていくのだ。
来なければよかったかもしれない、XANXUSに触れなければよかったかもしれない、好きになっちゃいけなかったかもしれない。
見てしまったXANXUSの記憶が余計にその想いを強くする。
自分がイタリアに来ていなければ、声を失っていなければ、XANXUSが喉を傷めることもなかっただろうに!
ぽたりぽたりと落ちる涙が水溜りを作り始めた。
「無理なんかしてないのに、ただ、好きな人の役に立ちたかっただけなのに・・・おれ、ほんとダメすぎ、だよ」
役に立ててもいなかった。邪魔にしかならなかった。
綱吉は声をあげて泣いた。
「何の、ために・・ここに来たんだよ・・・」
うああん、ああん。
まるで子供のように泣きじゃくった。
まだ綱吉は子供だった、こんなときに自分をコントロールできていなかった。泣くたびに額からぱちん、ぱちんと炎が上がる。
夢の中で見た泡のように、小さな音を立てて消えていった。
カタンと急に扉が開いた。
「・・・・」
「うあう・・・XANXUS?」
開いた扉の影からXANXUSが現れる。綱吉の目の前から出て行ったそのままの姿でXANXUSはいた。
手には拾ってきたのか今割ってきたであろう薪が抱えられていた。
ああ、どうしよう。綱吉は今自分が相当間抜けな顔をしていると自覚していた。まさか目の前からXANXUSが来るとは思っていなかった。鼻水が垂れて、涙でボロボロで、目の前がかすんでXANXUSの顔も上手く見えなくて。
がらん、がらんとXANXUSは床へと薪を置き、綱吉をぎゅうと音が出そうなほど抱きしめた。ぽんぽんと赤子をあやすかのように背中を叩き、そして綱吉の顔を自分の肩へと埋めさせた。XANXUSの服に涙も鼻水もすべて吸い込まれていく。
すい、と腕を伸ばし、ゆっくりと綱吉を抱き上げた。
綱吉も余計なほどに溢れる涙をその肩に埋め、流し続けた。そこはXANXUSの匂いがした。とても心地よくて安心できて。だからこそ涙が止まらなくなった。
XANXUSはどこにも行っていなかった、ここにいたのだ。
綱吉はリビングへと連れてこられた。
いつもはXANXUSが使うソファにとさりと降ろされ、XANXUSの着ていた上着をふわりと掛けられる。そして唯一リビングだけにある暖炉に先程取ってきた薪を入れ、そこへと火を入れた。
始めは小さかった火がどんどん大きくなり、しばらくするとその火は落ち着きを見せた。生の火を見ると心が落ち着く、そう綱吉は思った。
XANXUSは綱吉の手を取り、その指先の冷たさに眉を顰めた。
「・・・馬鹿が」
冷えた綱吉の身体をさらに自分の身体で包む込むように抱え込んで、XANXUSは椅子へと座り直した。後ろから抱きこまれる形で温められ、首元にXANXUSの息がかすめる。ふるりと身体が震えた。
「なんでこんな冷えるまでこんな恰好でいやがった、カスが」
ぽつ、と吐き出された言葉が冷たい体に響く。少しずつ少しずつ、綱吉の身体に熱が戻り始めて、体温が上がるたびに回りきらなかった頭がはっきりと冴えてくる。
「だって・・・XANXUSがいなかったから」
言い訳の言葉を吐き出す。気がつけば綱吉は起きてからずっと着替えもせず、パジャマのままで走り回っていた。冷えて当然だろう。薄着で過ごせるほどもう暖かい季節はとうに過ぎていた。
「起きてもいなかったし、今も急にいなくなるし、すごく不安だった・・・本当にいなくなったらどうしようって思った」
あまりに暖かくて綱吉の頭がぼんやりとしてきた。包まれたまま、とろりと意識が溶けてきた。
十分に眠ったはずなのに、まだ話したいことはあるはずなのに。
XANXUSは綱吉の様子に気づき、抱え直して眠りやすいように身体をもたげさせる。
数分と立たずに、綱吉は再び眠りの世界へと入り込んでいった。
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