ふわり、ふわり。ぱちん。
 また聞こえる弾けるような音。今度は何? 映し出されたのはXANXUS、そこはXANXUSの執務室だった。
 珍しく椅子に掛けるでもなく、佇んだまま何かを手にしている。
 その何かには覚えがあった。綱吉が毎度の様に悩み、ただ日常のことを書き起こすだけで精一杯だが、伝えようと必死に綴ったXANXUSへの手紙。シンプルな封筒に少女が選んだにしては少し渋い柄の入った便せん。そしてけして上手いとは言えない文字が並んでいる。
 XANXUSはそれを大事そうにただ見つめていた。
「う゛お゛おい、ボス・・・って、てめえまだその格好なのかよ!!」
 ドカンと音が出るほどの勢いで飛び込んできたスクアーロはXANXUSの様子を見て呆れたような声を上げた。
 普通であればそこにXANXUSの鉄拳が入るのだろうが、今日は一瞥しただけでそれ以上の反応はなかった。
「今日これから会議やらパーティやらに出るんだろうがあっ準備しろよボス!」
「うるせえ、ドカスが」
 スクアーロが何を言おうともXANXUSはその手紙を見つめていて、目を離そうとはしなかった。
「・・あ゛? ああ、『それ』かよ・・・早くしろよお゛、時間ねえんだからなあ゛」
「・・・・」
 スクアーロはXANXUSの手紙に気づき、仕方ないと顔を顰め、睨みつけながらもXANXUSを急かした。
 XANXUSも時間がないことは承知の上で、動こうとしていなかったのだ。まだその暖かい手紙に触れていたかったのだ。
「らしくねえ、てめえらしくねえよ、XANXUS! んなに大事なら日本行ってこいよ。くだらねえ手紙のやり取りじゃなく、愛でも囁きに行ってこいやあ゛!!」
「あ゛!!?」
 ぎりいとXANXUSの瞳がスクアーロを睨みつけ、ちっと舌打ちをした。がん、と傍にあった椅子を蹴りあげ、スクアーロを威嚇する。
「あいつがこれを望んだ。それ以外にあいつの求めるものがわからねえ・・・まだガキだから充分だろ」
「あーあ、そうだなあ゛・・・でもよ、こっちじゃ結婚できる歳だって忘れてねえかあ゛」
「日本ではまだだ、大体会いに行くっつーのは喰いに行くと同義だ、あいつを壊しかねねえ・・・クソが」
 手紙を持った手とは反対の手を力一杯に握りしめる。
「そうかい、ボスさんよお!! 紳士なこって」
 は、と鼻で笑うスクアーロにXANXUSは機嫌悪そうに手元の花瓶を投げつけた。天井へと当たったそれはガチャと音をたてて割れ、かけらがスクアーロに降り積もり、髪と隊服を水浸しにした。
「うお゛ぉい! 何すんだあ゛!!」
「出て行け、ドカスが」
「あ゛あ、そうするさあ゛!! 早く準備はしろよお!!」
 怒りにまかせて扉を叩きつけて出ていくスクアーロをXANXUSは見えなくなるまで睨みつけていた。そして溜息を深めにひとつ。
「大事にして何が悪い」
 ぽつりとそう呟くとXANXUSは自分のデスクの引き出しの二段目を開け、そこへと手紙を入れた。その中にはいくつもの綱吉からの手紙が大事そうに仕舞われていた。
 ぱたんと静かに閉めると、XANXUSは今日の任務の準備をし始めたようだった。





 そこで綱吉は目が覚めた。
 心の隙間をすべて埋めてくれたかのように、満たされた気持で目が覚めたのだ。
 もう頭は痛くない。窓から日の光が入ってこないことから夜だということもわかった。
 そしてXANXUSはというと。
「・・・・」
 綱吉を腕の中に抱いたまま、そこにいたのだった。綱吉が身じろいだことで起きたことに気付いたようで、持っていた本を閉じ、綱吉をぎゅうと抱きしめ直した。
「あの・・えと・・おはよう、XANXUS」
 ぺたぺたとあちこちを触れ、大丈夫かと口が動いた。
「もう大丈夫、頭も痛くないし、熱くないし。多分、大丈夫・・・・ずっとここにいてくれたの?」
 当り前だと言わんばかりに眉間のしわが緩んだ。本当にずっといたことを告げるように、XANXUSの腹の虫が軽く鳴った。
「え、あっ・・・ご飯、食べよっか?」
 XANXUSは柔らかな表情のまま、綱吉を抱え上げ、もう一度ぎゅうと抱きしめた。急にここまでべたりとしているのはどうしてだろうと考えた綱吉は一つの結論へとたどり着くことになった。
 もしかして――――――。
「いなくて不安って言ったから、ずっといてくれたの?」
 それがさも当り前だという表情をし、頭をポンポンと撫でた。そして嬉しそうに綱吉を見て笑うものだから、綱吉も心から沸き立つような感覚が溢れ出てきて、顔が真っ赤になっていくのを止められなかった。
 自分がXANXUSに大事にされている。それがXANXUSの行動の端々からも受け取れて。
 綱吉はやっとそれに気がつけたのだ。
 子供すぎる自分に望んだことをすべて与えるためにXANXUSは必死になっていたのだ。相手に喜んで貰えるための手段を彼は知らなくて、そもそも与えることに慣れていなくて。
 不器用にだが、綱吉の言葉を受けて止めていった結果がこれだったのだろう。
 とにかく綱吉のために。

 綱吉を抱えたままキッチンへと向かう。
 出来合いのものばかりだからすぐに食事は出来るだろう。移動中に綱吉はXANXUSに伝えた。綱吉もXANXUSと同様に相手のためにと思う気持ちばかりが前面に出すぎていたのだ。
「XANXUS、声が出るようになったら、いっぱい話しようね」
 お互いに足りなかったのは伝える言葉。何でもいいのではなく、相手に求めることと求めて欲しいということを。
「またいっぱいXANXUSの声が聞きたいな」
 頬に軽く口づけるとお返しというようにXANXUSが唇へとキスを落とす。綱吉は逃げることも震えることも怖がることもせず、XANXUSを受け入れられたのだ。





 無事にXANXUSの声は復活した。
 綱吉の役目も終わり、そしてすぐに日本へと変えることになった。忘れそうになるが、彼女はまだ学生で今は休み期間ではなく、欠席してイタリアに来ているのだから。長期の休みなら良いのだが、これ以上欠席を増やすのは母も家庭教師もいい顔をしないだろう。
「また来るね・・・いつ来られるかわからないけど」
「休みに合わせて、今度はこちらから出向く。待っていろ」
「ほんと?」
 見送りに来てくれたXANXUSは綱吉の頬に一つキスをし、不敵な顔で笑った。それを周りで見ていた彼の部下は驚きのあまり、目を見開いたまま石の様に固まっていた。XANXUSがあまりにも彼に似つかわしくない微笑みを浮かべていて、逆に恐ろしかったのだ。
 綱吉の家庭教師も完全に現実から目を背けるように、背中を向けているほどだ。
「嬉しいな、じゃあ今度は俺が一から作る料理を食べて欲しいな! 頑張って作るよ」
「楽しみにしてる」
 元から相思相愛なのはしっていたが 、別荘に二人で行ってからというもの異常なほどのラブラブオーラを放っている二人に砂を吐きたい気分に皆が陥っていた。普段表情に乏しいXANXUSの意外なほどの表情の緩みっぷりに全員が突っ込みを入れたい気分でいっぱいだったが、それに伴う命の危険の方が大きいため、誰一人それをする者はいなかった。
「俺からもいいか」
「何? 何でも言って」
 XANXUSは綱吉を抱え込むようにして抱き寄せると、耳元でぽそりと伝えた。
「次にお前が許すなら・・・・」
 真っ赤になった綱吉の顔はとても幸せそうだった。





 また、イタリアと日本。
 離れた土地に二人はいるが、今までと同様に手紙を出しあう日々が続いた。
 それまでと違うことと言えば、互いに望みを書き合うようになったこと。大抵が『早く会いたい』という距離の問題に阻まれるものだったが、それでも伝えることが大事だと互いに感じていた。
 次の休みは二人で過ごせますように。
 小さな願いを込めて、封を閉めた。





(END)






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