ゆっくりとシャワーを浴び、昨日は着られなかったパジャマへと着替える。黄色とオレンジの水玉柄のそれはいつもなら好んで着るものだが、酷く子供っぽく見えるところが今日は嫌だった。
 まるで自分の心の中を映す様で、また自分が子供であることを認めるかの様で嫌で仕方がなかった。
 ぶすくれた顔が鏡に映る、余計に子供にしか見えなくなった。
 猫っ毛な髪をまたふわふわと跳ねるようになるまで乾かし、ぱたりと浴室のドアを閉めた。
 XANXUSのいるリビングへと心を決めて向かう。とにかくまず、謝りたいと思った。

「XANXUS?」
 かたんと開けられた扉の先には無人のリビングが広がっていた。ぺたぺたと綱吉が歩くたびにスリッパの音だけが響き渡る。
 さああと一歩歩くごとに血の気が引いていく感覚があった。
「嘘・・ほんとにいないの?」
 続きになっているダイニングは先程まであった食器が全て片付けられており、まるで初めから使っていなかったかのように物がなくなっていた。いくつか並べられていた酒瓶も全て消えていて。
 がたがたと音をたててキッチンへ向かうと、まだ食器洗浄機が動いていて、唯一ここにだけXANXUSがいたという形跡が残されていた。
「・・どこにいったんだろ」
 自分が避けてしまったせいだろう。今度はXANXUSが自分を避けて行ってしまった。
 自分がここへ来てしまったのが悪かったのかもしれない。
 綱吉はどんどん悪い方向へと考えを進めてしまうのだ。どんどん自信がなくなっていく。

   その時、ふわりと綱吉の横を風が通り過ぎた。
 ぱちんとそちらのほうを向くと、キッチンの勝手口が開いたままになっていた。そこから風が吹き込んできていた。
 綱吉は開いていた扉から外へと出た。
「XANXUS?」
 この別荘の周りには他の別荘や民家はなく、光は月明かりしかない。もし、この林を抜けて何処かへ行ってしまったのであれば綱吉が追いかけても追いつけないだろう。
 風の冷たさで綱吉は身体を震わせた。
「XANXUS!」
 返事は返らないとわかっていても呼んでしまう。自分の見える範囲できょろきょろと目を向けてXANXUSを探してみた。だが暗がりに見えるのは別荘の周りに立った木々ばかりで彼の黒髪も赤い瞳も見つけられなかった。
 ふいに目に付いたものがあった、梯子だ。
「屋根・・にはいないよね」
 変に勘が働いて、XANXUSがそこにいる気がして。
 綱吉は大梯子を屋根にかけ、なれない行動へと出た。屋根に上るなんて経験がない。あるとしても窓から出たことがあるだけで下から上った経験はなかった。
 一歩一歩確認して屋根の上に顔を出すと、やはりそこへいた。綱吉はそこで驚いた顔のXANXUSと目があった。
「よかった、ここにいたんだ」
 ほお、と息を吐き出すと、綱吉の視界がぐらりと揺れた。
 飛んでいる、なんて思えたがそんなはずはない。
「あれ・・?」
 安心したせいで体重移動に失敗し、梯子がバランスを崩して倒れ始めたようだ。急に動き出したそれを止められるわけもなく、やばいと思ったときには目の前に地面があって。
 綱吉は叩き付けられる覚悟を決めて目を瞑った。
 がしゃんと梯子の倒れる音が響いて、綱吉の記憶はそこで途切れた。





 ぱちん、ぱちん。
 綱吉の耳元で幾つも弾けるの様な音が聞こえる。そしていつしかそれは人の声へと変化していった。
「こっちに寄越した仕事に口出しすんじゃねえよ、クソジジイ」
「今のお前のその状態では口出ししたくもなるよ、確実に怪我を呼ぶからね」
「はっ、こんなカス共相手に怪我する訳ねえだろ・・それともてめえが先に俺に潰されるか?」
「それで止まるというなら相手をしようか」
 ぼんやりとした意識の中で綱吉の目に映ったのはXANXUSと九代目。何やら睨みあい、言い争いをしている。
 がん、と九代目の横にあった扉に風穴が開いた。軽く振り上げた杖でXANXUSの弾の軌道を変えたようだ。
「今回のこれはな、自分の手で直々に潰してやらねえと気がすまねえ!邪魔すんなよ、ドカスが!!」
「・・・お前が傷つけば綱吉くんが傷つくだろう。それでもいいのかい?」
「・・うるせえ!用は済んだろうが、帰りやがれ」
「くれぐれも気をつけて任務を遂行しなさい、いいね」
 大きく溜息をついた九代目が部屋を退室した。かたん、かたんと閉まり切らない扉が鳴り続けている。
「う゛お゛おい、ボス!こっちはいつでも出られるぜええ!!」
「・・いくぞ」
 いつものように隊服を羽織り、XANXUSはスクアーロを従えてどこかへと向かっていった。

 また再び綱吉の視界が歪み、ぱちん、ぱちんと泡が弾けるような音が響いた。
 ぱちん、ぱちん。
「ちょっと!? ボスがまだ中にいるんでしょっ!?」
「うーわー、あっちからどんどん爆発していってねえ? やばくね?」
「多分ボスのことだから、この程度平気だろうけど」
 場面が変わった。ヴァリアーの幹部が移動しながら話している。周りには激しい炎が上がっていて、木々へと次々に燃え広がっている。炎を避けながらある方向へと向かっているようだ。
「レヴィ!? ボスはぁ!?」
「まだ中におられる、今来るはずだ!」
「何、レヴィが外ならセンパイが一緒なんじゃんか・・・平気じゃね? うえ」
 ぱんっ。
 大きな爆発音が響き、辺り一面真っ白に見えた。
 光があちらこちらに飛び、そして消えた。派手な音と光の割には、ヴァリアーの面々に傷はほとんど付いていなかった。
「あ・・ら、ボスぅ?」
 目の前にあったはずの建物が全て瓦礫と変化し、そこへ彼らのボスであるXANXUSが埃の中に佇んでいた。そのXANXUSのすぐ傍の瓦礫から、ごしゃりと音をたてながらスクアーロも這い上がってきた。
「う゛お゛おい! くそがあ!武器庫あるっつーのにぶっ放す馬鹿がどこにいるんだああ゛っ!」
 怒りの言葉をぶつけたスクアーロはすぐにXANXUSの鉄拳を喰らうことになり、再び瓦礫の山へと沈んでいった。
「ボスご無事で!!」
「すっげー、ボス! かっけーじゃん、しししっ」
 皆がボスの下へ駆け寄り、XANXUSの様子を覗う。妙なほど静かに佇んでいるXANXUSは機嫌が悪いままで何も言おうとしなかった。
「む、ボス・・ターゲットはどこだい? 瓦礫の下なら掘り出さなきゃ」
 ふよふよとXANXUSの下へよるマーモンは近づいたところでXANXUSの異変に気づいた。何度も喉を動かしているにもかかわらず、声が誰にも届いていなかったのだ。
 本人もその事実に気づいていた。
「ルッスーリア! 医療班、ボスの声が!!」

 ぱちん、ぱちん。
 マーモンの叫び声と共にまた綱吉の視界が歪み始めた。今度は暗くなった。
 見えるところは皆真っ暗な世界に綱吉はいて、音が急に消えた。
 さっきからずっと自分の声は出ないし、勝手に意識に映像が流れ込んでくるようで不思議な感覚にずっと襲われていた。
「綱吉・・・」
 XANXUSの声が聞こえる。暖かく感じるのは綱吉の頭をXANXUSの手が撫でているからだった。綱吉からはXANXUSの顔が見えない。
 身体も動かせなくて、XANXUSがどこにいるのかわからなかった。
「・・・」
 す、とぬくもりが離れた。
 声は聞こえるが、聞き取れないほどの小さな声で。XANXUSは綱吉の目尻に口付けた。

 ぱちん、ぱちん・・・
 そのまま綱吉の意識はまた溶ける様に白くなっていった。
 これはXANXUSの記憶? 不意に綱吉はそう思えたのだ。
 不思議な感覚も意識と共に溶けていった。







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