XANXUSの喉を治すことや世話をすることに全力で気を掛けていた一日目はよかったのだが、二日目は昼食を食べていても片づけをしていても、綱吉はどことなくぎこちなさが出ていた。軽く手が触れただけでも大げさな反応をしてしまい、綱吉自身でも恥ずかしさを感じるほどだった。その為に犠牲になったサンドイッチや皿には手を合わせなくてはいけないだろう。
 考えないようにと思えば思うほど、余計に緊張してしまい悪循環になっていた。
「お、おれ!宿題があるんだけど、やってもいいかな・・・すぐ終わらせる、から」
 持ってきていた旅行鞄から小さな問題集とノートを手にしてXANXUSに問う。XANXUSはそれに反対することなくこくんと頷いた。
「こっち、使うね」
 ダイニングテーブルの上にどさりと置き、解きかけた問題頁を開く。そして解いた部分に目を通し、続きをやるべく頭を悩ませ始めた。
 本来綱吉は行くべき学校を休んでイタリアまで来ていた。宿題、というのも遅れが出てしまう分をカバーするためにリボーンが用意したものだった。後回しにしても構わないのだが、気持ちが落ち着かない分他の事をやっていても物を壊すか自分が怪我をするだけだろうと判断し、これを進めることにしたのだ。
 同じく考えるというなら、こっちのほうが余程利益になるだろう。
 XANXUSはリビングの大きめなソファにゆっくり座り、小難しい本に目を通していた。時折頁を捲る音が聞こえるから、読み進めてはいるのだろうが、目以外はほとんど動きがなかった。
 外で鳥や虫が鳴く声が聞こえるほど、部屋の中は静かだった。
 耳障りなほど鳴り響くのは自分の心臓の音。
 問題を解きながらも意識は何となくXANXUSの方を向いてしまっていて。
 集中するためにも頬をぺちぺちと叩いて自分に気合を入れた。





 大分時間が経っただろうか。
 問題は予定よりも進まず、わからない所だらけで完全に行き詰ってしまった。はあ、と息をつき、一度休憩しようと身体を起こすと目の前にカップがことりと置かれた。
「え?・・・XANXUS」
 カップの中身はココアで、XANXUSが用意してくれたようだ。自分用のコーヒーと一緒にダイニングテーブルへと並べて置き、XANXUSは綱吉の向かいに座ってゆっくりとコーヒーを味わっていた。
「ありがとう、いただきます」
 綱吉もココアに口を付けた。
 甘すぎず、でも少し熱くて。疲れた身体には浸み込みそうなほど美味しかった。
 XANXUSは意外に何でもこなせるなあと思っていたのだが、こんなことまで出来るとは思っていなかった。ルッスーリアの用意してくれたココアは粉を溶いて砂糖と混ぜて一度練り込まなくてはいけないものだったというのに、これはきちんとその行程を行ったに違いない。
 粉っぽさも苦さもなくて、昨日綱吉が自分で入れたものよりも美味しかった。
「XANXUSってすごいね・・・」
 照れたようにそっぽを向いたまま、XANXUSはコーヒーを飲み続けていた。このまま美味しいココアを飲みきれば今度こそこの行き詰った問題が解けるかもしれない、だなどと夢のようなことを考え綱吉はくすりと笑った。そんな単純な訳がないのに、まるでこのココアが魔法のアイテムのようではないか。だとすればXANXUSは魔法使い?余計に可笑しくなった。
 そんなことを考えている綱吉の横でXANXUSが、すいと手を伸ばした。
「ん?」
 ノートの一箇所を指し、とんと指で叩いた。
「何・・?ここ間違ってる?」
 XANXUSは軽く頷いた。確かによく見てみると、そこから計算が間違っており、最後まで辿り着かなくなっていた。
 綱吉はおもむろにペンを取り、そこからの計算をしなおし始めた。単純な計算間違いだったため、その後は流れよく、最後まで解くことが出来たのだ。
「・・・できた、やったあ!」
 なかなか自分で解ききることは出来ないのだが、比較的綱吉にとって難しい問題をほぼ自力で解き切ったのだ。嬉しくない訳がない、自然と笑みが零れた。
「ね、XANXUS。できたよ!ありがとう」
 ば、と顔を上げると目の前には自分以上に嬉しそうに表情を緩めたXANXUSがいて、大きな手を伸ばし、綱吉の頭をくしゃりと撫でた。まるで『よくできました』というように。
 不意をつかれた綱吉はXANXUSのその行動や表情に驚き、見惚れた。こんな表情をするなんて思いも寄らなかった。
 どうしよう、嬉しくて。
 心音が早くなる、それと共に熱くなった血液が身体中に流れ体温をどんどんと上昇させた。ぐわりと頭の端々までが赤くなるように思えるほどに。
「え・・わ、あ!!」
 がちゃり。
 綱吉はXANXUSの手をとっさに避けるように動いてしまい、その反動で自分の横に置いてあったカップを薙ぎ倒してしまった。ほとんど中身は入ってなかったとはいえ、カップ自体は割れ、床に茶色の水溜りができてしまったのだ。多分床にも軽く傷が入っているだろう。
「ご・・ごめん、おれ、片付けるね」
 立ち上がるタイミングでばたんと椅子を倒してしまい、煩いほどに音をたててしまう。もう行動するごとに何かを壊してしまうようで。
 落ち着かない手でカップを片付けようとしたが、す、と伸びてきた手に止められた。さらに綱吉はその手にすらもピクリと身体を跳ねさせてしまう。
「な・・何?片付ける、よ」
 XANXUSは綱吉の手をぐいと引き、先程までXANXUSが掛けていたほうの椅子に座らされた。もう一度ぽんと頭を撫でられるが、再度身体が避けるようにきゅうと縮こまってしまった。XANXUSの手に意識が移ると完全に避けるように行動してしまうのだ。
 はた、と気づくとXANXUSは少し悲しそうに顔をゆがめていた。そのままキッチンのほうへと向かい、片付け用の箒と塵取りであっという間に片してしまい、再度綱吉の目の前に今度は冷たいジュースが置かれた。
「あ・・りがと」
 ぽそりとしか伝えられなかったが、綱吉は礼を言った。
 XANXUSは表情を変えることなく、リビングのソファへと座り、再度読書を始めた。
 また虫の声と頁を捲る音だけが聞こえる静かな空間へと戻ってしまった。
 綱吉は目の前に置かれたジュースと開いたままになったノートを見つめていた。
 怒らせてしまった。XANXUSを避けてしまった。
 嫌いな訳がない、彼がずっと好きだったのだ。好きだからこそ緊張してしまうのだ。
 しかし身体が勝手にXANXUSを避ける、身体が勝手に震える。泣きたくなってしまうほどに。
 XANXUSのためにここに来ているというのに、自分は何をしているのだろう。傷つけるだけならば来なければ良かった。
 目の前のグラスに水滴が付き始めた。まるで綱吉の変わりに泣いているかのようにぽたりぽたりと水滴は落ち続け、テーブルの上の水溜りが小さく広がり始めていた。





 夕食時になってもXANXUSは心なしか機嫌が悪いままのようだった。
 今声が出ない上に元々話す方ではないXANXUSは、とにかく動きも少なめにただ黙々と目の前の食事を食べ進めていた。時折綱吉のほうを見遣るもすぐ視線を皿へと戻してしまうのだ。
「・・おいしい?」
 XANXUSは軽く頷く。聞けば答えは返るのだ。ただ、XANXUSの方から何かを伝えようとはしなかった。
 綱吉は目の前の食事をつつきながら、考え込んでいた。さっきの自分の行動がXANXUSを可笑しくしたのは明らかで、でも、綱吉自身も自分の気持ちをどう伝えていいのかわからなかった。下手に言い訳しても、余計に関係を悪化させるだけのようで、だが何も言わないのではこのままXANXUSは黙っているだけになってしまう。
 自分がこれほどまでにXANXUSを拒絶するとは思わなかった。
 少しずつ食べ進めてはいるものの味なんてわかる訳なく、口の中をただ通過していくだけになっていた。何となくもう食べ物に悪くて、綱吉は食べるのを止めた。
「ごちそうさまでした。お皿、そのままにしておいてね。後で片付けるから・・・シャワー浴びてくるね」
 かちゃんとフォークを置き、綱吉は立ち上がった。
 XANXUSは驚いた顔をしていたが、自分の考えが纏まるまではXANXUSの前から逃げたかった。
 パタパタと走るようにバスルームへと向かった。
 冷たい水でも熱い湯でもいい、とにかく今の自分の気持ちを整理してくれるなら、とばたりと閉まる扉に願いを込めた。





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