ルッスーリアの運転により送り届けられた別荘は小ぢんまりとしていてヴァリアーやボンゴレの持ち物にしては些か不釣合いで庶民的な一軒屋だった。周りが林に囲まれていて空気はとても良いし、水辺が近いのか流水音が聞こえる。車内の空気も相当悪かったせいか降りた瞬間の気持ちよさは言い表せないほどのものだった。
綱吉とXANXUSを下ろし荷物を運び入れると、ルッスーリアは逃げ帰るように早々に戻っていった。
残されたのは二人。
「ざ、XANXUS。お茶でも・・飲む?」
いざ二人きりとなると気持ちが焦ってしまう綱吉はとにかく自分が動こうとぱたぱたキッチンを探した。あまり広くないためにすぐ見つかったのだが、なぜか見つけたところでXANXUSに止められてしまう。
「な、何? 大丈夫だよ、お茶くらい入れられるから! 安心して座って待ってて?」
機嫌の悪い顔を隠すことなく眉間の皺は濃くなっていく一方で。XANXUSは綱吉の腕を放そうとはしなかった。とん、とテーブルにメモを置き、さらさらと書き止め、綱吉に差し出した。
「・・・やだな、大丈夫だってば! あの時は身体が言うこと効かなかったから・・だってば」
XANXUSが書いた言葉は『食器を落として怪我をする』だった。
確かにXANXUSと過ごした数日間では何をするにも転ぶやら落とすやらで何度も着替えを余儀なくされたのだ。そんな綱吉が茶を入れるなど火傷や切り傷を作りに行くようなものだ、とXANXUSは考えているようだ。
綱吉はそ、と掴まれた部分を撫で、腕を外させた。
「最近、母さんの手伝いもしているから、ちゃんとできるよ。心配ならここで見てて?」
カタン、と大きな食器棚から茶器とカップを出して、手際よく、とまではいかないものの落とすことはなく、数分後には暖かい紅茶を入れることが出来た。
心配していたXANXUSもその綱吉の茶を入れる仕草にほっとしたようで、紅茶と軽菓子の用意が出来た頃にはダイニングの椅子に腰掛けて大人しく待っていた。綱吉の持ってきたメモをテーブル中に広げ、その中に次々と何かを書き込んでいた。
「XANXUS、紙、纏めてくれないかな? カップ、置く場所ないよ」
カチャカチャとトレーの上に乗ったカップが音を立てる。XANXUSは片手でメモを纏め、綱吉からトレーを受け取ると器用にテーブルへとセットしていった。そして、綱吉へ自分の隣の椅子を引き、座れと指示を送った。
「ありがと、XANXUS」
でもちょっと待って、と綱吉は自分の荷物を探して、ぱたぱたと走っていった。そして、数分後戻ってきた綱吉の手には小さな小瓶があり、こんと音をたてて机の上に置かれた。
「カリンの蜂蜜漬だよ。甘いけど、我慢して飲んでね、喉にはいいから」
甘い、と聞いて嫌そうな顔をしたXANXUSだが、しぶしぶと綱吉の入れた紅茶にカリンを落とし、喉を潤した。予想よりも甘さがなかったせいか、口にしてからは苦い表情は消え、綱吉の入れた紅茶の味を堪能していた。
綱吉もキッチンの棚や冷蔵庫にあった軽菓子をいくつかぱくりと口に入れ、幸せそうに笑った。
「おいっしい! 多分ルッスーリアが用意してくれたんだよね、すごいなあこれ」
パクパクとどんどん食べ始める綱吉を心配そうにXANXUSは見つめていた。いくらなんでも食べすぎだろう、と思っているようだ。XANXUSには女性にとっての甘い物に別腹があることを知らなかった様だ。
用意されたお茶菓子がすっかり綺麗に消えたところで、綱吉はXANXUSに問いかけた。
「あのさ、さっき何をメモしてたの? 仕事?」
片付けて、といった際に纏められたメモをさして聞く。仕事だったら出来れば止めて欲しい。綱吉はそう思っていた。
XANXUSは数枚のメモをひとつひとつ並べて綱吉に見せた。それは仕事などではなく、XANXUSの言葉を補うもの、だった。
「わ・・・え、と? これ、話せ、っていうのだけよくわからないんだけど」
メモはこの家の細かい使い方などが書いてあり、それが今日使うであろう順に並べてあった。それにプラスして無理はするな、や必要なものは用意するという気遣いの言葉があり、そこまでは綱吉にも理解できたのだが、『話せ』と一言書かれたメモだけは意味がわからず困惑した。
何を話せばいいんだろうか。
疑問で首を捻っていると、XANXUSが白紙のメモを取りさらに文字を並べた。大きな手から次々と書かれていく文字の綺麗さに綱吉は目を奪われ始めた。こうして自分に対しての手紙も書いてくれていたと思うと心臓の音が大きくなる。
後でこっそりとメモを持ち帰ろうなどと考えていると、XANXUSが書き終えたようで綱吉にメモを差し出した。
『何でもいい、いつも手紙に書くようなことでかまわない、声を聞かせろ』
二人で過ごすとなると、自然と静かな空間になってしまう。ましてやXANXUSは今声が出せない。だからこそ綱吉には出来るだけ多く話をして欲しいと思ったのだ。
「わかった、色々話すから、聞いてください・・・学校のこと、とかがいいかな?」
綱吉の言葉にXANXUSは表情を緩め、軽くだがゆっくりと頷いた。
それから綱吉はとにかく話し続けた。
学校のこと、友達のこと、家族のこと。とにかく思いつくままにどんどん話した。XANXUSにしてみれば、綱吉の日常は自分とは違いすぎるため逆に新鮮で、静かに言葉に耳を傾けていた。
ヴァリアーで用意してくれた食材を調理(とはいえ温めるだけや開けるだけのもの)しているときに料理は好きだが、苦手だという話もした。
綱吉は母の手伝いで最も好きなことが料理だった。幼い頃から食材が変化する過程を見るのが好きでよく母にくっついて見ていたものだが、不器用を形にしたような綱吉には出来るものではなく、つい最近までは包丁を握るのも禁止されていたほどだ。
そんな綱吉だったが、今日はXANXUSのためにと張り切ってキッチンに立った。ただ話に夢中になりすぎて、温めていたスープが吹き零れ、焼いていた肉の片面がとても香ばしいとはいえない香りを放ち始めてしまい、XANXUSを心配させてしまう結果になったのは言うまでもないことだろう。
「・・・ごめんなさい」
ションボリした顔でXANXUSに謝る綱吉にとんとんとテーブルに置いたメモを指で叩いて注目させた。そして、さらりと伝えたいことを書く。『怪我はないか』と。
「おれは大丈夫・・・大丈夫じゃないのはキッチンだよ」
綱吉は本当に申し訳なさそうに小さくなっていた。
XANXUSは綱吉の頭をぽんと撫でると、綱吉の調理跡を片付け始めた。大振りの手で食べられるものを分け、残りはゴミ箱行きにした。
まさかXANXUSがこんなことが出来るとは思わず、驚いた綱吉はXANXUSが片付けるのをボンヤリと眺めていた。
「XANXUS、一人でも生活できそうだよね」
余りの手際のよさに驚いて綱吉が漏らした言葉にXANXUSは顔をしかめる。不満であるようだが、綱吉にはわからなかった。
二人で食器を用意して盛り付け、またさっきのように二人で並んで食べ始めた。
「おいっしいっ! これもルッスーリアが用意したものかな・・・パンも多分手作りだよね」
一生懸命食べながら、綱吉は話し続けた。ただただ一方的に話すだけだというのに、それを聞くXANXUSが本当に嬉しそうにしているものだから、綱吉は疲れも忘れて話すことに力を注いでいた。
目の前のXANXUSが取り分けてくれたメインの肉も、自分が盛り付けただけのサラダも、物凄く美味しく感じるのは多分XANXUSと一緒にいるからだ、と綱吉は感じていた。
日本を出たときにはとんでもないことになったと思っていたが、今ではその怪我にも少しだけ感謝したい気分だった。
「ごちそうさまでした」
XANXUSが残りのワインを飲んでいるうちに、綱吉は片づけを始めた。今度こそ失敗するものか、と意気込んで腕捲りをしていたところでXANXUSがキッチンにやってきた。
また、心配そうな顔をしている。
「ん? 片付けは任せて! 洗い物は得意なんだよ」
ぐ、と力瘤を作る綱吉を後ろからぎゅうと抱えたXANXUSはキッチンの引き出しの一つをぐいと引いた。中には何も入っていないがXANXUSがその中を指して紙を渡す。
「・・・食器洗浄機? これの中に入れるの?」
返事の代わりにもう一枚の紙を渡す。それは食器洗浄機の説明書だった。
書いてある通りに綱吉は、多くない皿を全て詰めてボタンを押した。すぐに動き始めた食洗機は大きな水音をたて始めた。無事洗い始めたようだ。
ぎゅ、と抱きしめたまま耳元でXANXUSが囁く――――傍にいろ、と。
けして一人でも平気なXANXUSだったが、綱吉が見えない位置にいるのは心配だった。本当は何もしなくていいから自分の腕の中にずっといて欲しいと思っていたのだ。今、この別荘にいる間中、綱吉の笑顔が見れ声が聞ける幸せに、怪我もたまにはするものだ、と余計なことまで考えてしまうほどだ。
ただし、XANXUSは抱きしめるだけに留めていた。この別荘は本来一人用なのだ。寝室は一つ、ベッドも一つしかないのだ。
誰もいないこの別荘で、綱吉を泣かせる真似だけはしたくない。怖がらせるつもりもない。ただ降って沸いた二人で過ごす時間を大事にしたかった。
XANXUSの声が聞き取れたのか、綱吉は耳まで真っ赤にしてXANXUSの手にしがみ付いたのだった。
「あんまり飲んじゃだめだからね」
綱吉がXANXUSに釘を刺した。XANXUSが好む度の高い酒は喉には良くないらしい、と聞いたからだ。
早くXANXUSの声が聞きたかった。
また何やらメモに書き記し、綱吉にメモを差し出した。
『俺が考えていることはわかるか? この間お前の声は聞こえた、俺の声は聞こえるか?』
綱吉は困ったようにクッションを抱えた。
「おれにはわからない、ごめん・・・耳元で話してくれる言葉はわかる、けど」
隣に座っている綱吉をXANXUSは片手で抱き寄せ、額にキスをする。そして耳元でゆっくりと話し始めた。
「まだでけえ声は出せねえ、喉も痛えし舌の奥がまだぴりぴりする。もう数日、俺の我が侭に付き合えるか?」
低く響く声が鼓膜を震わせる。うひゃと声を出してしまうほどくすぐったくて。
「声が治るまではちゃんといるよ。だっておれが見てないとXANXUSまた仕事しに行っちゃうでしょ。それに無理して声出さなくても大丈夫。時間は一杯あるでしょ? ゆっくり話そ?」
「ああ」
XANXUSは綱吉の頬に軽くキスをした。くすぐったそうにする表情が気に入ったのか何度も口付け、綱吉を笑わせた。
くすくすと喉の奥で笑い、今度は綱吉のほうから口付けた。
ちゅ、と軽い音が響く。嬉しさで頬に赤味が増した。
綱吉のつたないキスが甚く気に入ったのかXANXUSが表情を和らげた。
「XANXUS・・・あったかい」
ぼんやりとした目をむけ、幸せそうに微笑む。
「何か・・あの、新婚さんみたい、だね」
照れた顔にライトが当たり余計に紅く見える綱吉は、XANXUSの服の裾をぎゅと掴み恥ずかしそうに言った。
ただその一言がお互いの意識を深める。
XANXUSは再び綱吉を抱き込んだ。
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