古城といえば響きがいいが、それをマフィアがアジトにしているとなるとイメージは一変する。周りを森に囲まれた古い古い城をヴァリアーはアジトとして使用していた。部屋数も多くすぐに物を破壊するボスがいても使える部屋に困ることはない。
そんな城の中を一人の男が長い髪を揺らして走っていた。
「う゛お゛おい、じょ、冗談じゃねえぞおお!!!」
ただでさえ任務続きで疲れているというのに、本気で城の中を逃げなくては命が危ないという状況にスクアーロは陥っていた。長い髪の横を銃弾が通り過ぎる。さああ、と血の気が引いた。
『スクアーロせんぱーい、シシシ』
「ベル、まだかあ!?」
無線から笑い声だけがやたらと響く。
自分が先にやられてしまってはこの作戦は失敗なのだ。とにかう無事に城の外まで連れて行くことが今のスクアーロに課せられた使命なのだ。
『ルッス、もうすぐ着くってさ。その前に死ぬんじゃね、ボスの銃弾痛いぜー、センパイ?』
「死ぬわきゃねーだろうがああ!! オレはエントランスに向かうぜえっ!」
『ま、頑張ってね。もうルッスーリアの車見えてきたから』
ぷ、と一方的に回線が切られる。どうせ屋根の上から奴らは高見の見物だ、とスクアーロは呟きながら、攻撃をかわしエントランスへと向かった。
時折自分の真横が抉れたり、髪の毛の先がなくなっていたりするものの、気にしていてはやられてしまう。
「んのお゛、クソボスがああ!!!」
バンと音をたててエントランスの扉を蹴り開けると、スクアーロの目の前には今到着したばかりのルッスーリアが親指を立てて待っていた。
後部座席には待ち侘びた人物が乗っていて、にこにことスクアーロに向けて手を振っている。
「お疲れ、スクちゃんっ」
「おう゛よお゛・・・綱吉、わりいなあ。後は任せたぜえ」
本気の逃亡劇の終幕に息をつき、手の甲で乱暴に汗を拭ったスクアーロは車に手を付いたまま城の入り口を見た。
ゆっくりとこちらへ歩いてくる――――主役のお出ましだ。執務室にいたままの格好で上着はなく、両手にはスクアーロを仕留める為に愛用の銃を手にしていた。
ぎらぎらと得物を捕える目が一人の人物を見つけ、止まった。
「・・・・」
眉間の皺を濃くし、鼻の頭までその皺が現れている。怒りは収まることを知らないようで、言葉が出せない分目で訴えるように睨み付けていた。
「ボスさんよお、逆転だ。チェックメイトだぜえ・・おとなしくしろやあ゛」
にやりと口だけでスクアーロは笑うと、彼の横を光の弾が通り抜けた。
この計画はヴァリアーの幹部全員で決めたことであった。
普段こういったことに乗り気でないレヴィですらもXANXUSの不調を気遣い、一人先走り綱吉に連絡を入れてしまったほどだ。不本意だが綱吉の言葉が最もXANXUSに有効であるとレヴィも知っているのだ。
イタリア語で伝えたのも、綱吉に連絡を入れていることをXANXUSに悟られないようにするための考えだったようだ。
元々声が出るまでは休暇を取ってもらう予定で、休養のための別荘まで押さえてあるというのに、XANXUS本人が拒否をし、回りに多大な迷惑をかけながらも任務をこなしているという状態だった。
そこで強制的に別荘地へと送り込み、そこへ管理役を置いて無理矢理にでも一週間は休んでもらう、それが幹部たちの計画だった。それにはまず何よりも綱吉の協力、XANXUSを説得できる唯一の人物の助言が必要だったのだ。
綱吉がイタリアに向かっているという報告を受け、すぐに幹部全員が動き出した。そして、スクアーロが準備済みだったXANXUSの休暇申請書(九代目の印付)をXANXUSに提出し、城内全面を使用した追いかけっこに発展したのだった。スクアーロが無事なままで何とか今に至るのである。
綱吉は車から降りてXANXUSに挨拶をする。
「ひ、さしぶり、XANXUS・・あの」
「・・・」
目の前のXANXUSは少し痩せていた。疲れのせいか、隈も目立つ。綱吉を見ても表情が変わることなく歩みを進める。ぎり、と綱吉を睨みつけ、そして腕の中へと収めた。ぎゅううとくるしくなるほど抱きしめられる。
「ん・・ちょ、と・・・苦しい、よ」
さ、と耳と目を塞がれ、額にキスをされるとさらに力を込めて抱きしめられた。心臓の音がよく聞こえる。
その間にXANXUSは周りにいる部下に対して何発もの銃弾を打ち込んだ。がん、がん、と今銃に入っている分を全て放ち、最後の一発を屋根にいるベルに向けて放った。
しいん、となる城のエントランスはしばらく使用不可であろうほど、ぼろぼろになっていた。
幹部の面々はかろうじて身体に当てることなくかわしていたが、まさか綱吉がいる目の前でこんなドンパチを始めるとは思わなかったスクアーロやルッスーリアは本気で真っ青になっていた。
綱吉が苦しくなってXANXUSの身体をとんとんと叩く。XANXUSは腕の力を緩め綱吉を開放すると、綱吉はぷは、と大きく息をついた。
「XANXUS・・? ってあれ、皆どうしたの?」
元いた位置とはあきらかに違うところまで移動し、さらに自分がいる場所以外はぼろぼろに壊れ、崩れかけた部分もある。さらに先程までいなかったベルも少し離れた位置で様子を覗っている。そして何より、このお喋りなメンバーが顔を青くして誰一人話そうとしていなかったのだ。
「・・・」
「え・・?」
XANXUSは綱吉を抱え、跳んだ。『行くぞ』と口が動いたのを綱吉は見て取れた。そして、数あるバルコニーの一つから城内へと入っていく。
残されたのは城の残骸とヴァリアーの幹部の蒼い顔だった。
「失敗・・だったかしら」
「あとは、綱吉に任せようぜえ゛」
何とかなるだろ、とスクアーロは後処理をすべく周りを見渡して、溜息をついた。
あちらこちら傷だらけの廊下を通り抜け、一つの部屋へと入る。そこは見慣れた隊服が掛けられており、入り口付近だけがやたらと壊されているのが気になったが、それ以外はどこにでもありそうな執務室だった。足元には元は花瓶であったろう破片や真っ二つに割れた文鎮が転がっており、そこで何があったかということは誰でもわかるほどである。
XANXUSは気にせずに綱吉を抱えたまま奥へと進んだ。
「ざ・・んざす?」
そこは数ヶ月前に綱吉が数日過ごしたXANXUSの執務室であった。
重そうな机や大きな椅子は変わらずにそこにあり、XANXUSが入ると完成されたパズルのようになるこの場所は、綱吉にとって思い出深い場所だった。
普段はXANXUSが使用する椅子へと綱吉を下ろし、XANXUSは机の上のメモにさらりと文字を書き、綱吉へと見せた。
「・・・少し、待て?」
綱吉が確認したのを見て、XANXUSは机の上の書類数枚に急いでサインを入れ、上着を手にとって肩に掛けた。そして、綱吉に小さな目元その書類を持たせ再び抱え上げた。
「・・・あ、の」
あまりに当り前のように抱えられたため指摘するのが遅れ、綱吉が気づいたときには廊下まで出てしまっていた。声を掛けられても止まらずにXANXUSは顔だけで綱吉を見た。
「おれ、歩けるよ? 降ろして」
XANXUSはまるで聞こえていない亜kのように、真正面を見据え歩き続ける。
「ね、おれ、歩けるってば。前みたいに身体が効かないわけじゃないんだよ?」
ぐ、とXANXUSの服を引くが、それでもXANXUSは聞く気がない様で腕の力を強め、綱吉を抱えるだけでほとんど変化がなかった。
手の中の書類がぱさ、ぱさ、と歩くたびに擦れる音をたてる。ぎゅ、と書類を抱えなおして綱吉は仕方なくXANXUSの腕に収まることにした。
抵抗をなくした綱吉を見て、安心したようにXANXUSは表情を和らげた。
「・・XANXUS?」
綱吉の耳元にぽつ、と言葉が降りてきた。XANXUSが耳元でゆっくりと口を動かし、かろうじて聞こえるほどの声で綱吉に伝える。
――――つかまっていろ、と。
「う・・ん?」
ぎゅ、としっかりXANXUSにしがみ付くとXANXUSは窓枠に足を掛け、とん、と飛び降りた。ふわりと身体が浮いて、痛みなく地面へと着地する。そこは先程自分たちがいた場所で、スクアーロとルッスーリアが後処理の手続きを取っていた。少し離れたところでマーモンが電卓を叩いていて、それにベルフェゴールがちょっかいを出している。
全員がXANXUSに気づき、止まった。
「ボス・・・」
さああ、と再び蒼い顔になる面々に対し、XANXUSは綱吉に持たせていた書類を渡す。
吃驚して落としそうになるところをスクアーロとルッスーリアが二人ががりで受け止めた。
「・・・う゛お゛おい、ボスさん、いいんだなあ!?」
「ボス!!」
その書類はスクアーロがXANXUSに突きつけた休暇申請書。さっきはなかったXANXUSのサインまで入っている。
あれだけ取らないといい続けたXANXUSが一変して休暇を取るというのだ。これを喜ばない部下はいないだろう。後方で万歳をしているマーモンとベルフェゴールが綱吉の位置から見えた。
「え!? 何・・休んでくれるの?・・・よかったあ」
綱吉にとってまず、XANXUSが無理せずに休暇を取ってくれると決めたことで物凄く安心したのだ。ふわりと笑顔が自然に零れる。
「じゃあ、ツナちゃんこれ、別荘の鍵よ。他に必要なものは大体揃えてきたけど、足りないときは連絡ちょうだいね。すーぐ駆けつけるわあ!」
「うん、わかった。ありがとうルッスーリア」
チャリン、と手渡された鍵を目にして、XANXUSの顔色が変わった。
色気のない鍵に付けられたナンバーにもその鍵の形状にも覚えが合った様で、びくんと身体を強張らせる。そして、スクアーロとルッスーリアを順番に睨み付けた。不機嫌なのは代わらないが、怒気の質が変わった様に感じる。
「・・っと、どうしたの?」
手の中の鍵に何か問題があるのかと思い、掌で握り込む。しかし、XANXUSは鍵よりもメモを手に取り、綱吉に問うた。走り書きではあるが、読みやすい文字で書かれた言葉は『お前も来るのか』だった。
目を丸くした綱吉はきょとんとした顔のままXANXUSに告げる。
「行くよ? だってXANXUSの監視役はおれだもん」
何の問題もないように綱吉が言葉を続けた。
「おれ、XANXUSに一杯お世話になったから、今回はそのお返しがしたいんだ。来るなって言っても付いて行くからね」
にこり、と無邪気に微笑む綱吉は本当に世話することしか考えておらず、XANXUSは深い溜息をついてやり場に困った怒りを身近で手に入った瓦礫の一つをスクアーロに投げつけて晴らすことにした。
幸い、スクアーロにとっては不幸なことに、壊れきったこの場所での瓦礫は尽きることはなさそうだった。
数秒後、ダミ声での怒りの応酬が始まる。
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