静かになった医務室に残った綱吉は、ひとつため息を落とし、扉の向こうで佇んでいる自分の夫のほうをちらりと見た。
こちらに入ってくる気配はない。
XANXUSも綱吉と同様に顔を合わせづらいのだろう。
ほんの十数時間前に連絡が取れてしまったことが災いした。

「シャマルのばか・・」

いない人間をいくら罵っても、何の変化も起こるわけではないのに、綱吉はそうつぶやいた。



「いいからとっとと帰ってこいよ」

そう言ってシャマルは電話を切り綱吉に投げ返した。
まだ目が覚めたばかりの綱吉は、取られてしまった電話を奪い返すほどの力は戻っておらず、ただ座ってそれを見ているしかなかった。

「・・言っちゃ駄目だって言ったじゃん、どうして」
「だから嬢ちゃん一人の問題じゃねえって言ってんだろ?夫婦のことは二人で決めろ、後々になって後悔すんのは嬢ちゃんだぞ?」
「おれはだから」
「XANXUSがきてあいつの口から聞かない限りは何もしねえからな。いいから今はまだ休んどけよ、仕事なら隼人に押し付けておけ」

ぺらぺらとしゃべりながら点滴を替え、再度眠るように促したシャマルからはここにいる間は我慢していたようでタバコの臭いが薄れていた。
綱吉が妊娠してると発覚してからは、医務室内では吸わないようにしていた様だ。

「そんな悲しい顔は嬢ちゃんには似合わないぜ、おめでたいことなんだ笑ってろよ」
「笑えない・・・んだよ」
「そうかい」

気を使うように、シャマルは医務室から出て行った。
残された綱吉はまだ、辛い顔をしたままでシーツを握り締めてうつむいていた。

「知らせたく・・なかったのに」

妊娠していること、お腹にXANXUSの子供がいることをXANXUSには言わないで隠し通すつもりだった。
産まないつもり、だったのだ。
シャマルに事実を告げられたとき、体の力が抜けるのを感じた。
好きな相手との子供が嬉しくない訳がない。
でも、もしXANXUSが拒否反応を示したら・・・?
怖くてたまらなかった。
何よりもXANXUSに否定されることが怖かった。
即座に綱吉は、シャマルに子供はいなかったことにして欲しいと願ったのだが。

「嬢ちゃんひとりの問題じゃねえ、きちんと話し合って二人で決めろ」

その言葉を繰り返すだけだった。
今数歩歩けば、手が届く位置に大好きなXANXUSが立っているというのに、点滴が外れ歩くことも走ることも可能になった体だというのに。
そこに駆け出す勇気が、今の綱吉には足りなかった。
また、XANXUSも今の綱吉に何を話していいのかわからなかった。




お互い黙ったまま、時間ばかりが流れていった。
その沈黙を破ったのは綱吉のほうからだった。

「XANXUS・・いるんでしょ?」
「・・・ああ」
「そのままでいいから、聞いて欲しい」
「・・・」

XANXUSの気配が動いて、こちらのほうを向いたのが判った。
綱吉も、姿は見えないがいるだろう方向を見て話を続けた。

「シャマルから、聞いたんだよね?」
「・・ああ」
「でも、おれ、産まない・・から・・・」
「・・」
「おれたちに、子供、必要・・・ない・・よね、大丈夫・・だから」

本当は綱吉は産みたかった、XANXUSとの子供を抱きたかった。
それでも、XANXUSを失うくらいなら諦める気持ちは持っていた。
無理強いしてまで求めてはいけないことぐらい、わかっているのだ。

「シャマルにあした・・お願いする・・から・・・何もなかったことに・・するから・・」

そう、初めからいなかったことにすればいいのだ。
今までのように二人で仲良く暮らしたいと綱吉は思っている―――――XANXUSがそれを望んでくれるならば。

XANXUSは綱吉がすべて話し終わるのを待ち、そして部屋へと歩み入った。
いつもの歩調で真っ直ぐ綱吉がいるベッドへと向かってくる。
一歩、二歩。そして綱吉が手に届く場所で立ち止まり、両腕を伸ばして綱吉を抱きしめた。

「・・・泣くな、俺が悪かったから・・泣かないでくれ」

気づかないうちに涙が出てしまっていた綱吉は、XANXUSの行動に驚いて言葉が詰まってしまった。
もう二度と感じられないかと思っていたXANXUSの暖かさが体に染み渡るようで。止めようとした涙も止め方を忘れたかのようにぽろぽろ流れ出た。
XANXUSの肩を濡らすほどの涙も、XANXUSはすべて受け止めた。

「お前の望んでた子供が宿ってんのに、そんな悲しい顔するな・・・子供欲しかったんだろ?」
「・・ほしく・・ない・・・」
「抱いてやる、お前も腹の子もまとめて抱いてやるから・・・産みたいならそう言え」
「・・・」

XANXUSはもう直感で気づいているのだろう。
綱吉が子を産みたいことも、無理して否定の言葉を並べていることも。
それに気づいてもなお、受け止める覚悟を決めてXANXUSは言った。

「まだガキは怖え、声ですら怖え。でもな、俺はお前が産んでくれた子を抱いてやりたい・・・綱吉、産んでくれるか?」

泣きじゃくってぼろぼろになっている綱吉は、余計に嬉しくて泣きまくった。
そして。

「うんでも・・いいの?」
「ああ」
「赤ちゃん・・・あきらめなくていいの?」
「ああ・・産んでくれ」
「抱いてくれるの・・?」
「ああ、お前もまとめて抱きしめてやる」

優しく優しく、すべての言葉に返答し、XANXUSは優しく綱吉を包み込んだ。
綱吉は、今まで飲み込んだ言葉を思い切り吐き出した。

「おれ・・こども、産みたい・・の。本当は、欲しかったの・・欲しかったのお・・・」

ひくり、ひくりと泣き続ける綱吉をXANXUSは撫で続けた。
悪い、と何度も謝りながら、落ち着くまで撫で続けた。
こんな小さな体の彼女に、こんな辛い思いをさせてしまったことを深く深く反省し続けながら、何度も何度も謝った。
綱吉はきっとずっと、自分たちの子供を抱きたかったのだろう。
ふんわり笑った顔が、XANXUSに幸せな気持ちを呼び寄せた。

XANXUS自身、ここに着いてからも迷い続けていた。
子供への恐怖心が消えることはなったからだ。
でも、綱吉の心がずっとずっと産みたいと叫んでいるようで――――ここまで我慢させていた自分を殴り飛ばしたくなった。
ああ、本当に悪かった。
許さなくてもいいから。

XANXUSは綱吉が元気な子を産めることだけを願った。





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