XANXUSが目を覚ますと、そこはまだ雲の上だった。
「ボス、お目覚めかあ゛?もう30分もしたらイタリア到着だぜえ、少し目えさましとけえ」
投げつけられたペットボトルを受け取り、渇いた喉を潤した。
酒以外の飲み物はかなり久しぶりだった気がする。
酒に浸っていると思えるほど、XANXUSはそればかり飲んでいた。
「何か食うかあ?缶詰で良けりゃ肉もあるぞお゛?」
「いい、いらねえ」
「そうかあ゛」
そういうスクアーロはいくつか缶詰を選んで食べていたようで、空になった果物の缶詰が机上に重ねられていた。
「・・あのガキは」
「山本か?あっちのソファで眠っている。あいつ移動はすべて睡眠にあてるもんだと思ってやがるからな」
「そうか・・・」
「着くまで、下手すりゃ着いても起きねえぜ」
スクアーロはクックッと笑いながら、何やら作業をしていた。
任務に向かう際も同様だった、とケラケラ笑いながら話し続けるスクアーロはまるで酔っているかのように上機嫌だった。
何はともあれ、XANXUSを連れ帰れるという事実をひたすらに喜んでいたのだ。
あとは、二人でどうとでも纏まってくれる、と楽観的に考えながら。
「ならば都合がいい」
「は?」
「さっき、電話の相手はシャマルだ、綱吉が妊娠していると言いやがった」
「・・・なに?綱吉が妊娠・・・だあ!?」
「藪医者のヤローが真面目に話していたところを見ると、多分本当だろう」
XANXUSのソファの後ろで作業をしていたスクアーロの手は完全に止まった。
片付けだの、武器のメンテナンスだの、それどころではない。
今、XANXUSを動かしたのはやはり綱吉だったのだ。
しかも、自分はもう望めない子供が綱吉の腹の中に宿っているという、スクアーロにとっては信じがたいでも喜ばしいことで。
「ど、どうすんだああ・・・!?ボス、綱吉に何言うんだ!?やっぱり産んで欲しいのか、それとも子供抱きたくなったとかう゛お゛おい!?」
「うるせえ、てめえが少し落ち着きやがれ、ドカスが」
「だっだってよお」
スクアーロは綱吉の子供が抱きたかった。
XANXUSと綱吉の子供を自分の手で抱いているところを想像し、興奮が止まらなくなってしまったのだ。
「まだ・・わからねえ」
「何だよそりゃ」
「綱吉に何て言えばいいかわからねえ、産んでくれともあきらめろとも、今は思えねえんだ」
「・・・どうすんだそりゃあ゛」
「会って、そんときに決める」
正直それしかない、とXANXUSは思っていた。
シャマルの電話が切れたときから沸き立つ興奮と、焦りと、じくじくするほどの痛みを感じていた。
だが自分の気持ちはわからなくなっていく一方だった。
綱吉を大事にしたい、それだけは変わらないのだが―――――。
「ボス、ガキ嫌いなんだろ?」
「・・・」
「悪いほうは綱吉を悲しませるだけだぜえ?」
「別に嫌いではない、苦手なだけだ、ドカスが」
「同じようなモンだろうがあ」
「仕方がねえことだ・・・好きになれる状況にならなかったのが悪い」
睡眠欲が満たされたおかげか、XANXUSの言葉から棘が少し消えたように思えた。
綱吉と共に時を過ごした、十代目夫婦としてのXANXUSに戻ったようだった。
そして、話してしまいたかったのかXANXUSは自分のトラウマとも言える、子供嫌いの原因を話し始めたのだ。
「仲間だと思ってた奴らも、ボンゴレに来た後の俺には用済みと言わんばかりの目をしていたからな」
XANXUSがボンゴレ九代目の子供として引き取られるまで、下町のけしていいとは言えない環境で暮らしていた。
そこには共に過ごす仲間がいて、良いことも悪いこともなんでも一緒にしていたというのだ。
子供たちは一致団結して、楽しく暮らしていた。
九代目に引き取られた後のXANXUSには、周りに大人かその大人が連れてくる子供しかおらず、一緒に何かするどころか逆に遊ぶことすら禁じられていた。
息が詰まりそうなギチギチの生活に、仮面をかぶったような笑顔で話しかけてくる大人。
遊んでいいと許可された子供は、皆XANXUSが九代目の子供だからと言う理由で、媚を売りにきている者ばかりだった。
「XANXUS様、ご一緒致しませんか?」
固まった笑顔で擦り寄ってくる女共にも、煽て上げる男共にも嫌気が指す日々が続き。
XANXUSはこのうんざりする生活から飛び出したことがあった。
ボンゴレ本部から程近い下町で暮らしていたXANXUSは着けられた笑顔の大人や同様に気色悪い笑顔を浮かべる子供が今まで見てきた人間とはあまりに違いすぎて。
下町の人間は皆、優しくて協力し合っていて綺麗に笑う者ばかりで、凝り固まった笑顔に吐き気を覚えた。
「あの家に戻りたい・・・」
考えるより先に護衛を振り切り、XANXUSは下町へ向けて走り出したのだ。
下町の裏の道だったら間違いなくマフィアの人間よりもそこの子供たちのほうが知っている。
自分が覚えている道をひたすら走って、自分の生まれ育った町へと向かった。
しかしそこは、もうすでにXANXUSの知ってる町ではなかったのだ。
「・・・ここは、どこだ・・・」
けして綺麗とはいえなかったその土地はすっかり荒れ果てて、まるで人が住んでいないかのように静かだった。
人の気配はあれど、知っているもの気配ではないようで。
「何・・なんだよ」
XANXUSの家がだった場所まで来てもそこは蛻の殻で、残っていたのは原型を留めない家であったものと、好き放題書かれた落書きだった。
その落書きも心をえぐるような酷い言葉ばかり書き連ねてあり、とても気持ちの良いものではなかった。
母はすでに別の地にいるのであろう。
もっともXANXUSを育ててくれる人が出来た上に多額の金が手に入った母がこんなに地に留まっているとは思えないのだが。
ぼんやりとその情景を見ていると、後ろから衝撃を受けた。
頭に一発、石を投げつけられたのだ。
「っつう」
「何しに来たんだよ、御曹司」
「自分のうちへ帰れよ、ここはてめえが来るとこじゃねえだろうが」
かつて一緒に時を過ごした仲間、だと思っていた者からの力と声による攻撃。
以前よりもやつれたように見える彼らは、自分を見るなり拒絶した。
「てめえのせいで大人は皆いなくなった、金を持って子供だけ置いて逃げたんだ」
「てめえさえいなければ」
「いい思いできんのはてめえだけなんだよ、おれたちは・・おれたちは」
九代目は、XANXUSを引き取った際に母とこの町の人々に多額の寄付をした。
もうしばらくしたら町自体の整備も進めて、子供も大人も過ごしやすい環境を作るつもりだったと言う。
しかし、普段手にしない額の金が手元に舞い込んだ大人たちは、金に目が眩み子供だけを置いてどこかへ行ってしまったと言うのだ。
残された子供たちは、自分たちの生きる能力すべてを使い今まで生き延びたのだった。
「・・・」
「何が御曹司だよ、悪魔じゃねえか!ただ手から炎が出るだけなのによお」
XANXUSはどうすることもできず立ち尽くした。
仲間だった人間にいいように殴られ、蹴られ、気を失うまで声を出すことも炎を出すことも出来なかった。
自分が何か出来るわけではない、ましてや自分が何かしたわけでもない。
小さなその手に、同じく小さな手が必死になっている様は辛いものだった。
最後にXANXUSが目にしたのは、真っ赤になってしまった小さな拳と赤子の泣き顔だった。
XANXUSが再び目を覚ましたときには本部の自分のベッドの上にいた。
身包みをはがされた状態でボンゴレ本部の前へと捨てられていたらしい。
怪我の状態も悪く、しばらくベッドの住人になったXANXUSの脳裏の脳裏には味方だと思っていた子供の憎しみを含んだ顔と、残されて泣く赤子の声だけが残ったのだ。
「しばらくはガキの声ひとつで駄目だったからな」
「それで、あんな状態になったわけかあ゛」
「悪いか、ドカス」
語りつくしたXANXUSは手元のペットボトルの中身を飲み干した。
これは綱吉だけに話したことのある昔話で、ある時まではXANXUS自身もすっかり忘れていたものだった。
とある任務先で赤子の泣き声を聞いたときに、その出来事が蘇ったのだ。
それ以降、子供がすっかり駄目になったXANXUSを守るように綱吉は子を産まない宣言をしたのだ。
「どうすんだあ?」
「これから考えんだよ・・うるせえなクソが」
でももう逃げ場はないのだ。
もうすぐイタリア、綱吉の待つボンゴレ本部へと到着する。
かつてないほど追い込まれているようで、XANXUSは眉間の皺を濃くした。
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