しかし、XANXUSは帰ることを拒んだのだった。

「・・・俺は帰る気はねえ、俺はあいつを不幸にすることしかできねえ。あいつのことはてめえら守護者が何とかしろ」

くるり、と体の向きを変え、XANXUSは扉から出て行こうとする。
どのみちこのホテルにはもう泊まれないだろうから、ここに用はない。
そう考え足を進めるXANXUSを止めたのはスクアーロだった。
今の今まで反発することはあっても手を上げる真似だけはしなかったスクアーロがXANXUSの胸倉をつかみ、右手で思い切り殴りつけたのだ。
女性とはいえヴァリアー幹部で剣豪であるスクアーロの拳は強く、XANXUSを飛ばすには十分の威力があった。

「・・・バカ言ってんじゃねえよ、クソボスがあ゛!!不幸ぶってんじゃねえ、今の綱吉に必要なのはてめえだって言ってんだあ゛」
「っつ・・・」
「あんだけ子供が好きで子供が欲しい綱吉が産まねえって言ったのはてめえと一緒にいるためだろうが!てめえと一緒にいてえからだろうがあ゛!!」
「スクアーロっ!ちょ、ちょっと待つのな」

もう一度殴りかかろうとするスクアーロを山本が止めた。
素手で殴ることは手を傷めてしまう、それに拳を使うことの慣れていないスクアーロが無茶することは目に見えていた。
どちらかが壊れるまで殴り続けるような気が下から山本は必死で止めた。

「上司に手をあげたら駄目なのな」
「はなせっ!!山本っこいつ自分がどんなに幸せかわかってねえんだ!!わかってねえんだよ!!」
「スクアーロ!」

ばたばたと暴れるスクアーロに対して、XANXUSは床から体を起こし二人をじ、と見た。
殴られたほうの頬が赤くなっていたが、それを気にする様子もなく再び立ち上がった。
そして、スクアーロの胸倉を掴み、睨み付けた。

「ああ、あいつがガキいらねえつったのは俺のせいだ、あいつが欲しいと思っても産ませねえのも俺だ・・・これ以上あいつの元に戻ってあいつを困らせても何もならねえんだよ!!」
「それでも!!」
「あいつが若いうちに身を引こうと思ってんだ、邪魔すんじゃねえ、ドカスが」
「何で身を引く必要があるんだあ゛!!お互い求め合ってんのによお゛!!!」

ぐ、と再びスクアーロが睨み付け、睨み合ったまま止まった。
互いに譲れない、その気持ちがあるから。
好きなら大事にして欲しいと願うことと、好きだからこそ身を引くこと。
安い言葉で片付けられないほどの互いの想いがあった。


そのとき。
ピリリ、と二人の背後から電子音が鳴った。
山本の携帯電話が、緊急連絡音を立てて鳴ったのだ。
その音はドンナ直通の音で・・・相手が綱吉であることを示していた。
慌てて通話する山本に、二人は振り返って様子を覗った。

『山本』
「どっどうしたのな、大丈夫か!?」
『うん、もう平気。心配かけてごめんね・・・そこにスクアーロもいる?』
「ああ一緒だ」
『じゃあ二人におれからの命令、今すぐ帰還せよ、いいね』
「は?」

山本は言われた言葉が耳を通り抜けただけで脳まで到達しなかった気がした。
それだけ反応が遅れた。
それは、綱吉からの帰還命令だった。

『XANXUSは任務で行ってるけど、二人は違うでしょ?他にもやることはいくらでもあるんだから戻ってきて仕事してよね』
「で、でもツナ!いいのかそれで」
『いいの、だってXANXUSがそうしたいなら俺が言っても動かないだろうし。おれ、XANXUSのこと愛してるからいくらでも待てるよ』

綱吉は落ち着いていた。
倒れる前もけして焦る素振りを見せることがなかったのはXANXUSが必ず帰ってくると信じているからだった。

「わかった・・のな」
『うんそれと・・へ?何換われって・・ちょ、ちょっとシャマル!?』
『おい小僧、こいつの旦那見っかったか?』
「あ、ああ目の前に」
『今すぐ換われ、話がある』

いつもおちゃらけているシャマルが真面目な声を出しているときは必ず何かあるときだ。
それを察した山本は即座に電話を耳から外し、XANXUSのほうを振り向いた。
ふたりとも動きを止め、綱吉から、という連絡内容が知りたくて待っていたようだった。

「XANXUS、換われって」
「・・・」

山本がXANXUSに電話を投げ渡すと、意外なほど素直に受け取り電話に出た。

「・・・何だ」
『嬢ちゃんが倒れるまで外ほっつき歩いてるバカがどこにいる、このバカ野郎』
「何でてめえが」
『いいから聞け、今嬢ちゃん4ヶ月に入ったとこだ』
「・・なに?」

突然告げられたその言葉に、XANXUSは目を見開いた。
電話の奥で綱吉がシャマルを静止する声が聞こえるが、かまわずシャマルは話し続けた。

『だから妊娠してんだよ、てめえの子だろ?産むにしろそうじゃないにしろ、きちんと二人で話し合って決めてもらわねえと俺は手が出せねえからな』
「・・子・・ども・・」
『嬢ちゃんは黙ってるつもりだったみてえだが、一人で決めていいことじゃねえから』
「・・・」
『何意地はってんだかしらねえけどとっとと帰って来いよ』

そう言ってシャマルは一方的に電話を切ってしまった。
音が聞こえなくなった電話を山本へ投げ返す。
綱吉が、妊娠している。
綱吉自身、XANXUS以外と体を合わせた事がないはずだから確実にXANXUSの子であるのだ。

「XANXUS、どうしたのな!?シャマル、何だって?」

山本はXANXUSに問いかけた。
XANXUSが電話の最中に明らかに表情を変化させた。
綱吉の病状に何かあったかと心配になった山本は、電話が終わるまで聞くのを我慢していたのだ。

「・・・帰る」
「・・はあ?」

ただし、山本の元へ返ってきた言葉は答えではなく、今の今まで拒否してきた帰還を表す言葉だった。
あれだけ帰る気はないだの言っていたその口から飛び出した帰還の言葉は、山本とすぐ傍にいたスクアーロを同様に驚いた顔へと変化させるのに十分だった。

「な、なんだとボスさんよおお゛!?」
「帰る、と言ってるんだ、ドカスが」
「・・・お、おう・・・そうかあ・・って何で急に」
「うるせえ、クソが」

XANXUSは困惑した表情を隠すことなく部屋を出て行った。
気持ち焦り気味のその歩調は、やはり綱吉に何かあったのだと確信し、二人も急いでその後を追った。





山本とスクアーロが香港に来る際に使用したボンゴレ専用機に乗り込み、三人はボンゴレ本部へと飛行機を急がせた。

「XANXUS、なあツナに何があったんだよ!教えてくれよ!」
「うるせえ、黙れカスが」
「・・・ツナは大丈夫なのな?」
「ああ、あとは本人に聞きやがれ」

山本は移動中も飛行機に乗り込んでからもずっとXANXUSに付きまとい、綱吉の容態を聞こうとしていたのだがXANXUSが機嫌悪く対応するだけで答えは聞けなかった。
まだ返事が来るだけマシになったのだけれども。
飛行機に乗り込んだ後、XANXUSはソファにもたれかかり、仮眠を取った。
XANXUS自身も任務に出てから、あまり眠れない日々が続いていたのだ。
元々長く睡眠を取るタイプではなく、多少時間が少なくても平気なのだがさすがに一ヶ月も同様の生活を続けていたため疲れが着ていたようだ。

「カス、着いたら起こせ」
「お、おうわかったぜえ」

まるでただ座っているかのような体勢で眠り、少しだけ夢を見た。

最後に綱吉を見たそのときの悲痛な顔をして泣いている綱吉がいて、手を伸ばしても彼女に届かない。
そんな夢だった。
綱吉はXANXUSの前ではいつも笑顔でいつも素直でわかりやすくて、楽しそうにしていたのに。
心に残ったのはその悲しげな顔だった。
お前は産みたいか?
俺のような人間の子を産んでくれるのか?
震える全身を抱える自分に、また酷く苛立ちを覚えた。





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