XANXUSが任務について、一週間がたった。
「十代目、少し休まれたほうが・・・」
「ん、うん。もう少し仕事してからにするよ、獄寺くん先に下がっていいよ」
「ですが・・・」
「部屋に戻りたくないんだ、大丈夫だから」
綱吉はあまり忙しくないと言うのに無理やり仕事を作り、執務室に籠ったきりほぼ休みなしで仕事をしていた。
自分の部屋、すなわちXANXUSと過ごした夫婦の部屋に帰ることを拒み、机に齧り付いてそこから離れようとしなかったのだ。
現実逃避にすぎない、しかし今の綱吉にはそうするしかなかった。
XANXUSに別れを告げられた事実から目を背けてしまいたくて、必死に仕事に没頭していた。
「では、お休みになるまでお付き合いいたしますから」
獄寺も綱吉に合わせた生活ペースになり、目の下に隈が出来始めていた。
綱吉自身ももうすでに気力だけで動いているようなものだった。
無理に付き合わせる気はなかったが、本人が納得するなら、と綱吉はもう獄寺がいてくれることを気にしてはいなかった。
むしろ一人でいるほうが怖くて、仕方がなかった。
一人でいると、思い出して涙を流すだけで、何も出来ない人間になってしまうから。
「十代目、ヴァリアーからの報告書です」
「あ、ありがとう」
「・・・無事なようですね」
「うん」
毎日ヴァリアーを通じたXANXUSの安否報告には目を通していた。
XANXUSが任務に出た際には必ず綱吉へ直接連絡を入れていたというのに、今回に限ってはヴァリアーのほうへ連絡を入れていた。
こちらに入れろ、と要請しても、頑なにあちらへと連絡するのだった。
「・・よかった」
無事ならばいい。
任務が終わったら戻ってくる。
きっと、戻ってきてくれる。
綱吉はXANXUSが戻り次第、もう一度きちんと話をしようと思っていた。
しかし―――――XANXUSはいつまでたって戻らなかったのだ。
ランクSの任務を行っていたが、XANXUS一人でもそう長い期間を要するものではなかった。
その任務を終わらせたXANXUSはすぐさま、ヴァリアーの人間に次の任務情報を送らせてそちらへ向かってしまったのだった。
日に日に弱っていく綱吉に守護者は皆、心配していたが、元々頑固なドンナは意地を張ったまま仕事を続けていた。
最後の切り札ともいえるリボーンに頼んで休むように促してもらっても、頑なに仕事を続けた。
すべて仕事を取り上げてもあらゆるところから仕事を見つけてきてしまうのだった。
傍から見れば働き者、しかしそんな無茶がいつまでも続くわけがなかったのだ。
綱吉は倒れた。
「あ・・れ?」
ぐらりと天井がゆがみ、体が起こせなくなって、そのまま机に突っ伏したまま気を失ってしまったのだった。
それはXANXUSが出て行ってから一ヶ月が経とうとしていた日のことだった。
「栄養失調と過労、寝不足ってとこだな・・・嬢ちゃん寝てねえだろう」
医務室へと運ばれ、点滴を受けて眠っている綱吉を見て、シャマルはため息をついた。
「このところ・・休むことを拒んでいるから」
「それを管理してやるのも右腕の役目じゃねえのか?ん?」
「・・・うるせえよ・・・」
獄寺はシャマルの指摘を受けて、眉間の皺を濃くした。
事実であり、自分が悔やんでいたことをずばり言われるのも嫌なものだ。
ここまでこの状況が長引くとは思ってなかったのだ。
綱吉のことを大事にするXANXUSを見ていたからこそ、守護者はXANXUSを認めたというのに。
今のXANXUSはそのときのものとは違っていた。
綱吉を傷つけるだけなら、こんなことになるなら、あんな野郎の元へ行かせたりはしなかったのに。
「嬢ちゃんの旦那は? 連絡ついたか」
「・・多分、こっちから連絡はしたけど無視されてるからな。ヴァリアーから再度連絡入れてるはずだ」
「何だ・・喧嘩か?」
「わからねえ」
「はあ?」
「急にアノヤロウが来なくなったし十代目から連絡を入れなくなったのも確かだ。理由がわかんねえんだよ、急だったんだ」
「そーかそーか」
がしがしと頭をかいて、シャマルはタバコを口に銜えた。
そして、使い慣れたライターを手にしたが、なぜか火をつけることなくその手が止まり、再び獄寺に話し始めた。
「嬢ちゃん目覚める前に、旦那を連れて来い。とにかく首に縄つけてでも引っ張ってきやがれよ」
「そのつもりだっつーの。てめえが言ってんじゃねえよ」
「早く行け、それもミギウデの役目だろう?」
「わあっってるよ!」
スーツの上着を手にして部屋を後にする獄寺を見送りながら、シャマルはボソリつぶやいた。
「嬢ちゃんひとりの問題じゃねえからな、こういうときに医者っつーのは面倒なもんだな・・・」
ぽりぽりと頭をかき、先程銜えたタバコを箱の中へと戻した。
「早いとこ捕まえてきてくれよ・・・手遅れになる前に」
青い顔して眠る綱吉を見つめながら、シャマルは一人ごちたのだった。
一方、ボンゴレ本部のとある一室ではヴァリアーと守護者が全員集まっての会議が始まっていた。
そこへ医務室帰りの獄寺が、遅れて顔を出す。
「・・悪い、遅れた」
「ツナの容態は?」
「今んとこは安定している、寝不足と過労と栄養失調だと」
「・・このところの沢田はどうしたのだ?今までそんな無茶な真似をするやつではなかったではないか」
それはここに集まった皆が思っていたことで、原因もはっきりしていることだった。
ただの喧嘩だと思っていた。
小さなものなら今までなかった訳ではないのだ。
ただ、今までの喧嘩は綱吉が起こっているものばかりで、XANXUSが綱吉の怒りをおさめる形で終わっていたのだが。
――――今回、いなくなったのはXANXUSのほうなのだ。
「XANXUSに連絡は?」
「まだついてないわ、通信機切りっぱなしみたいなの」
「面倒だな・・・連れ戻しにいくしかねえのか」
事情のわかったものはため息をついて、考え始めた。
「とにかく今十代目には休息を取って頂くことにして・・・仕事の配分、だな」
「雑務か」
「それは俺が引き受ける、十代目が先の仕事までやり切ってくださったから後はまとめるだけだ。問題ねえ」
「ゴクデラ仕事すんの?じゃ、誰がツナヨシについてるの?あんたが適任じゃね?」
「こういうときこそ適材適所だ、俺よりも女性のほうが適任だろうが」
獄寺が指している相手は、クロームとルッスーリアだった。
綱吉が安心できる相手のクロームと、治療面に長けているルッスーリアについていてもらうのが適任だ、と獄寺は言った。
そして、それも皆が了承した。
「俺はまだ行かなきゃいかん任務がある、手隙な奴はおるか?」
「なら、俺なのな。部下への訓練くらいしか予定なかったし」
「てめえしか連れ戻しに行く奴いねえんだから、無茶苦茶しても連れ帰って来いよ、山本」
クロームを除くと、あとは山本しかスケジュールの空いた者がおらず、彼にすべてを託すことになった。
「・・獄寺、行きたかったろ?」
「まあな。奴が戻ったら一発入れてやるつもりだから、首に縄つけてでも絶対に連れ帰ってこい」
「はは、まかせとけって!・・俺だって一発入れてやらなきゃ気がすまねえからな」
「ボスのためにも、絶対連れてきてね」
「わかってるのな」
ヴァリアー側は、XANXUSにほぼ任務を取られてしまっていた為、守護者の補助以外やることがない者ばかりだった。
最近チームで動くことが多かったため、これほどまでに任務がないのは珍しく、正直皆が暇を持て余していた。
「行きてえ奴がいねえなら、オレが行く・・・どうしても聞きてえことがあってなあ゛」
「それなら帰ってきてからでも・・」
「いや、今じゃねえと駄目なんだあ。駄目か?」
「む」
このところのボスの連絡を取っていた者は皆、正直行きたくなかった。
明らかに怒気を含んだ声で、不機嫌の塊をぶつけるように報告を伝えてくる彼に今下手に触れると爆発する可能性がある。
穏やかになったのは綱吉がいるからで、単独の彼に挑む命知らずにはなれなかった。
だから、スクアーロが願い出てくれたことで、ほ、と胸を撫で下ろしたベルフェゴールとマーモンは行って来いと背中を押した。
「もうツナヨシが悲しまないようにしたい、できる?」
「ああ」
「こんな状態嫌だから、絶対連れ帰ってきてよね」
「もちろんだあ゛、殴ってでも連れ帰ってきてやらあ゛」
一人黙りこくっていたレヴィがやっと口を開いた。
彼も、本当はXANXUSの元へ行きたかったのだが。
「残りの任務がある・・・きっちりお迎えして来い、オレが一番にボスを出迎えるように」
「わかったぜぇ、・・・お前も馬鹿だよなあ」
「なにぃ!?」
本当は任務などないのに、そう嘘をついてスクアーロに行かせる様に仕向けるレヴィ。
ボスのボスに対しての最善を考え、行動に移したまでだと言った彼もやはり綱吉のことが心配なようだった。
こうしてスクアーロと山本が何度要請しても戻ることのないXANXUSの『お迎え』に行くことになった。
十代目権限で戻れといってもヴァリアーには単独行動権があり、XANXUSは素直に聞かない。
直接、行くしかないのだ。
行き先は香港、世界中のマフィアが集まるその場所に二人は向かったのだった。
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