連れ帰った男は思ったよりも強情だった。
ボンゴレに来ても一切口を割らず、結局そのまま自害した、と報告を受けた。
潔い、そして彼のほうがボスに向いているだろうと、綱吉は思ったのだった。
相手ボスには包み隠さず報告し、そして再度謝罪を受けた。
そのファミリーは解散になるのも時間の問題のようだった。
派手に喧嘩を吹っ掛けていた様で、あちこちのファミリーに頭を下げる形になっているらしい。
息子の尻拭いをして人生が終わりを迎える、というのも悲しいものだ。
「円満ではないけど、一件落着ってことでいいかな?」
「そうですね。本来ボンゴレのシマ近くで暴れるような馬鹿はイタリア中探しても希少価値だと思うんですが」
「たまに、こういう阿呆が出るから困るんだよね」
執務室でひと段落した書類を眺めながら、綱吉と獄寺は休憩していた。
その片が付いた書類にサインして、処理済のボックスへと投げ入れた。
「獄寺くん、子供たちってそろそろ面会出来そうかな?」
「はい、状態の良いほうの子達とはそろそろ大丈夫かと思いますが・・・」
「結構酷かったわけね・・・はあ」
先の件で保護した子供たちは、ボンゴレの医療班の世話になっていた。
洗脳は思っていたほど酷いものではなく、全員が目が覚めた時点で解けていたものの、薬のほうの被害はどの子にも少なからず影響を与えていた。
年の頃は10前後の子が多く、若い者では6つの子までその被害に遭っていた。
現在保護している子達は、完全に薬が抜けるまでボンゴレで保護し続ける予定だ。
「もう少ししたら、話す機会を設けますね」
「そしたら、生活拠点とか親のこととか、聞ける限りの情報聞いておいて欲しいな」
「了解しました」
「おれも直接会いに行こうと思うけど、全員と長く時間が取れるわけではなさそうだし」
「なるべく、こちらも時間作れるようにしますね」
ストリートキッズも孤児院を抜け出した子も、親元を飛び出してきた子もいる。
この子達だけを救っても解決にはならないけど、綱吉は子供たちに少しでも暖かい生活環境を作ってあげたかった。
悲しい思いをする子を作りたくはなかったから。
「ボンゴレの手の届く範囲、いややっぱり世界中だ」
「何がですか?」
「んー、皆が幸せに暮らせるようにしたいよね、っていう話」
「・・はい」
綱吉の願いは、守護者全員の願いでもあった。
一方、XANXUSはまだ気持ちが立ち直りきってはいなかった。
綱吉の計らいで仕事はほぼデスクワークになっていたが、それすらも手に付かない状況もしばしばあった。
夜、仕事を終えた綱吉が、二人の部屋へと戻ってきた。
XANXUSはそれを出迎えた。
「XANXUS・・?大丈夫?」
「ああ」
「顔色悪いよ、任務きつい?書類だったらおれも出来るからこっちにまわしてもいいんだよ?」
「大丈夫だ、心配すんな」
綱吉の前でさえも、今のXANXUSはまるで殻に閉じこもったっきりのようで、覇気が足りなかった。
ヴァリアーの面々もあまりの変わりようが逆に恐ろしく、用事がないときにはなるべく近寄らないようにしているらしい。
「綱吉、大丈夫だから」
「でも」
綱吉はXANXUSの顔を見上げた。
ヒールの靴を履いていても思い切り背伸びしても、その差が埋まることはなく、首を思い切り上に向けてXANXUSの顔を見た。
「おれはXANXUSが心配だよ、他の誰よりも元気でいて欲しいんだ。だから、さ」
「・・・」
不安な顔をしているのはお互い一緒だった。
しかし、綱吉はXANXUSがどうすればいつもどおりに戻るのかわからなかった。
彼の不安材料を埋められるのは自分では足りない、今は足りないのだ。
こんなに傍にいたのに、自分では補いきれない何か、なのだ。
XANXUSは綱吉を抱き上げ、ソファへと歩みを進めた。
そして座した自分の上に綱吉をふわりとのせた。
向き合う形で座り、XANXUSが綱吉を腕に包み込む。
お互いの肩に顔を埋め込み、お互いの隙間を埋めるようにして、綱吉はXANXUSを抱きしめ返した。
「・・綱吉」
しばしの沈黙の後、先に口を開いたのはXANXUSのほうだった。
「子供が欲しいか?」
何度も繰り返されたその言葉の答えは決まっていて、綱吉はそれをレコーダーのように返した。
「ううん・・おれはXANXUSがいれば、それでいい」
半分は綱吉の本心で、半分は作られた気持ちだ。
子供は欲しいが、XANXUSとの子供でなくては意味がない。
XANXUSが望まないなら、自分も望まない、それだけなのだ。
「・・・お前は本当にそれでいいのか、何も与えてやれねえ男のところにいるだけでいいのか?」
「XANXUSはおれに愛情と温もりをくれるよ、誰よりもおれを大事にしてくれるのはXANXUSでしょ?」
「・・お前が、いつか離れていってしまう気がして」
「どうして?おれ、今ここにいるよ」
腕の力を強めて、XANXUSを抱きしめた。
安心できなくても自分を感じて欲しい、と綱吉は首をすり、と動かした。
「俺は・・・子を産んでいいと言う男にお前を取られてしまう気がしている、いつもそう思っていた」
いつもよりもゆっくりと話すXANXUSの言葉が、ひとつひとつ刺さるかのように綱吉を襲う。
「親になると思うだけで手が震えてしまう俺なんぞより望んでくれる男はごまんといるだろう」
「だから」
「綱吉」
XANXUSが言葉をさえぎった。
強いその言葉に、綱吉は続きを告げることは出来なかった。
「お前は子が欲しいと問えば否定するが、いらないと言ったことは一度もなかったろう?それがお前の本心だと知っているのに俺はそれを踏みにじってきたんだ」
「そんなこと・・・」
「・・悪い」
そんなことない、と告げたかった綱吉の口からその言葉が出ることはなかった。
XANXUSの雰囲気から直感で自分の気持ちを悟られていることを知る。
「俺は子を抱けない、お前にも抱かせてやれない・・・お前はそれではつらいだろう?」
「・・・・」
「そのせいもあって、今回の任務でお前に負担をかける結果にもなってしまった」
ふるふる、と首を振って否定する綱吉を制して、XANXUSは言葉を続けた。
「俺は綱吉を愛している・・だが、あまりにお前に負担をかけすぎている」
「・・・やだ」
「お前には、もっとお前を大事にしてくれる男がいるはずだ」
「・・や、やだ、XANXUS」
聞きたくない。
直感が告げるキンキンなる音が、頭中を響く。
綱吉がいくら否定しても、XANXUSはそれを言葉にした。
「別れよう、綱吉」
綱吉を抱きしめたまま、XANXUSが告げた言葉はまるで死刑宣告のように綱吉の頭の中を響き渡った。
嫌だ、嫌なのに――――。
涙がぼろぼろ落ちて、体が痺れた様に力が入らなくなって、視界がぐらりと歪み。
そのまま綱吉は、意識が薄れていった。
「・・・すまない・・綱吉・・・」
XANXUSは綱吉を自分たちが使用しているベッドへと寝かせ、軽く額にキスを落とした。
「愛している」
もう聞こえていない彼女にそう告げて部屋を立ち去った。
そして、予定ではルッスーリアとベルフェゴールが共に出るはずだった長期任務を一手に引き受け、アジトから旅立ったのだった。
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