「やっぱり来てもらって助かったよ」
本部の綱吉の執務室、マフィアのアジトには似つかわしくないベビーベッドに規則正しく呼吸する赤子に、一息ついた綱吉とスクアーロは目を合わせて笑った。
先程まで、この赤子に悪戦苦闘していたのだった。
普段執務室に集まることの多い守護者があちこちに借り出されてしまい、残っていた獄寺も孤児院に連絡してみると出て行った。
結局、アテにしていた守護者は使えず、二人で何とかすべく奮闘したのだった。
「スクアーロも赤ちゃんの扱い上手なんだね、もっと大雑把なタイプだと思ってた」
「う゛お゛おい!そりゃひでえんじゃねえかあ゛!!?一応オレも女、なんだしよぉ」
「褒めたつもりなんだけど・・・」
「褒めてねえだろおお゛!!!」
「しぃっ赤ちゃん起きちゃう」
「あ゛・・・わりい・・・」
子供慣れしているとはいえ、産まれて間もない赤ちゃんの扱いが完全にわかるわけではない二人は、知識を互いにフル活用して寝かしつけられたところだ。
また再び起きられては、努力が水の泡である。
「にしてもよぉ・・・よくもまあこんなにガキに使うもんあったもんだなあ゛・・・」
「守護者の皆が少しずつ揃えた物なんだ、うちはなぜか皆子供保護してくること多くてね。揃えてたら何でも出てくるようになっちゃったんだよ」
「犬猫じゃねえんだから」
「それはスクアーロが人のこと言えた立場じゃないでしょう、この子連れてきちゃったんだから」
トゲのある発言をしているようだが、綱吉は微笑んでいた。
スクアーロを叱るつもりはまったくなく、むしろ、この小さな命を保護出来たことを喜んでいたのだ。
「・・・ほんと、子供好きなんだなあ゛」
「え?」
「てめえが子供好きなんだって言ったんだあ、こんだけニコニコして見てりゃ誰だってわかんだろ」
いつもだって笑うことを忘れない綱吉が、幸せそうに微笑んでいる様子を見たら誰だってわからない訳がない。
他の子供が来たときにも間違いなく同じ反応をしていたに違いない。
そして、送り出すときに悲しい思いをしながらも笑って送り出していたことまで予想できる。
マフィア界では恐ろしいまでの権力者が、まさかここまでの子供好きとは露にも思わないだろう。
「・・・うん、子供、好きだよ。可愛いしね。何より素直で生き方が真っ直ぐで、綺麗だ」
この世界にいたら、その小さな命にすら謝りたくなる。
こんな幸せな生物は眩しいよね。
それだけ、子供たちは輝いていて、癒しをくれる存在なんだけど、ね。
キラキラと語るその目に偽りはなく、そして、少しだけ悲しみを含みつつ笑う綱吉。
スクアーロはついその顔を見て、ぽつり言葉を漏らしてしまった。
「そこまで言うなら、なんでガキのひとりも産まねえんだよ・・・」
不意打ちのように言われた一言に、綱吉は息を詰めた。
驚いた、というよりも隠し切れずに反応をしてしまったようだった。
深呼吸をして、返事をする。
「だから、この間も言ったけど」
「聞いたぜぇ、でもよぉ、てめえらが望めばそんなもんどうにでもなることじゃねえかよぉ」
「――――――っでも」
「望んでねえのは、ボスだけ、なんだろ。二人で決めたっつってもボスの意思のほうがつええんじゃねえのかあ゛?」
ビク、と反応した綱吉。
おびえたようなその表情はスクアーロの言葉を肯定しているようなものだった。
どうにか取り繕おうと頭を巡らせてみるものの、そこまで気づいてしまったスクアーロに対しては誤魔化しようがなくなっていた。
綱吉は、誰にも知らせていなかった事実を気づかれてしまったのだ。
――――初めて、その事実を綱吉は認めた。
「そう、だよ。おれ、子供・・欲しいんだよ」
今度はスクアーロが息を詰める番だった。
「でも、XANXUSが欲しくないって言うなら、おれは産めないんだよ。だって、おれが欲しいのはXANXUSとの子供なんだから」
泣きそうになる大きな瞳がこっちを向いて、そう言った。
「・・だから、XANXUSがいらないと思うなら、おれも望んではいけないんだよ」
「なんだそりゃ・・あいつが、いらないって言ったのかあ!?」
「XANXUS・・・子供嫌いだから、望んでないんだ、もん。そうなんだ」
体中を血が早足で駆け巡る感覚が襲った。
スクアーロはその感覚が怒りだと知っていたが、違う感情が脳内を占めていたためにぐらぐらするほどのそれを悲しみと勘違いしていた。
ぶわ、と沸いてくる感情を鎮めることなく、綱吉に当て返したのだった。
「・・・っざけんじゃね・・望まねえって何だ、望んだって産めねえ奴だっていんのによぉっ!」
「ごっごめん・・なさ・・・」
「好きな奴とのガキ欲しいなんて思うの当たり前だろうがあ゛!!何で・・欲しくねえなんて言いやがんだ・・あのクソボスはよぉ・・・っ!!!」
「・・ごめ・・・な・・・さ・・・」
綱吉の両腕が伸びて、スクアーロの顔を包み込んだ。
スクアーロ自身も気づいていなかったが、ぼろぼろと零れる言葉とともに大粒の涙も流れ出していたのだ。
「てめえが・・あやまんじゃねえ・・ぜえ・・・」
眩暈が起こるほどの感情は、嫉妬と同情と怒りと。
どうして欲しくないと言えるのだ。
わからない、スクアーロには理解できないことだった。
ただ、ものすごく、それが悲しいこととして感じていた。
「ごめんなさい・・・」
それでも、綱吉は謝り続けた。
子供を望んでいたのはスクアーロも同様で、でも一生叶わない事だとお互い知っていたから。
産めるのにバカな選択してごめんなさい。
欲しいのに産まないなんていってごめんなさい。
――――――皆に嘘ついて、ごめんなさい。
綱吉はそうまでして、XANXUSを守りたかった。
周りに何を言われても、彼を守りたかったんだ。
二人とも作れない体ではない、それはボンゴレ内のデータとして残っていて皆が知る事実である。
いつかは選択しなくてはいけなかったこと。
未来を共に過ごすためにと綱吉は、心の奥底に感情をしまいこんだ。
愛されない、とわかっているなら、なおさら産んではいけないのだ・・・・。
しばらく温もりを共にした二人の耳にふいに入ってきた音。
カツカツカツ
執務室の外で、聞き覚えのある足音が聞こえてきた。
任務以外では足音を消そうともしない人物の気配に、スクアーロも綱吉もビクリ体を震わせた。
「う゛お゛おい、来る予定だったのかあ゛」
「いや、今日は書類整理で執務室に来る用事はなかったと思ったんだけど」
「私用かああ゛」
ノックなどするはずもなく、ドカリ扉を開けて中に入り込んできたのはXANXUS。
中に入り、すぐ赤子が視界に入ったらしく、顔を顰めつつこちらへ向かってきた。
「なぜカスがここにいる」
「いちゃ悪いのかよぉ!!」
「悪い、ドカスが・・・連れて来たガキもまだいやがるしな、とっととてめえが連れてったと思ったのによ」
「ごめんXANXUS、おれがスクアーロを引き止めたんだ、手伝ってもらってたの」
綱吉が間に入り、スクアーロに危害が及ぶのを防ぐ。
まだ機嫌の悪いXANXUSでは先程のようにまた何かしらを投げつけかねないと思ったからだ。
「綱吉」
「ん、この子のことなら大丈夫、獄寺くんが今連絡取りに行ってるところだから」
「・・・そうか」
不機嫌極まりないのはいつものことだが、綱吉がいてなお機嫌が悪いのは幼子がいるせいだろうか。
「明日、俺が出る。心配だ」
「え、いいの?護衛だけにXANXUSがわざわざ出なくても、守護者連れて行くから大丈夫だよ」
「嫌な予感がする、書類整理よりてめえの安全のほうが優先だろう?」
「ま・・ね、行ってくれるんだったら助かる、けど」
護衛だけでXANXUSが動くのはもちろん綱吉のためだけである。
それでも互いに忙しく、時には綱吉の代理を務めることもあるXANXUSが出向くことは稀であり、それだけ今回の任務は危険を感じたのだろう。
超直感、とはやはりすごいものである。
「明日までにはそのガキ、なんとかしろよ」
「うん、わかってる」
やはり不機嫌なままでXANXUSは執務室から出て行った。
「明日のってあれかあ?下町で暴れてた奴らのボスが詫び入れに来る話」
「そう、その話。やっと無駄に守護者やヴァリアーに出てもらわなくても良くなりそうだよね」
「まあなあ・・・ガキは、今日中になんとかできんのか?」
「獄寺くんの返答次第だけど・・・何とかしなきゃね」
手続きの問題が目の前にあるため、スグに引き取ってもらえるわけではない。
さらにボンゴレも対外的に悪いことはしていないが、非合法なこともしているため警察を頼るわけにはいかないのだ。
「今日一日はここで俺が見てるから、明日は誰かに頼まなきゃいけないかも」
「オレが見てるっつーのはだめなのかあ゛?」
「・・・そうしたいんだけど、明日、スクアーロも一緒に来てくれないかな?おれもちょっとやな感じしてるんだよね」
「てめえ、さっき護衛だけって」
「言った、XANXUSが来るって言われてから嫌なものをびしびし感じてるんだよね。XANXUS止められる人連れて行きたいと思って」
「人柱かよ」
「やだな、ヴァリアー次席に不可能はないでしょ?」
ニコリ笑って言う綱吉は良い意味で言っているようだが、スクアーロは褒められている気がしなかった。
要はストッパーの役目をしろということだ。
暴れ足りなかったスクアーロはもってこいの任務だと思った。
「いいぜぇ、さっき寸止めされた分が効いてるからなあ、せいぜい楽しませてもらうぜぇ」
「ありがとう、期待してるよ」
XANXUSを止めるということがどれだけ大変かは、お互いわかっていることだから苦笑し合った。
綱吉の嫌な予感も、XANXUSのそれも当たってしまうからこそ恐ろしい。
スクアーロは出来ることなら良いほうに外れて欲しいと願った。
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