「つってもなあ・・・」

今日も下町の抗争を止めるべく、市場に近い場所での待機を命じられていたスクアーロは、手元の匣をサイコロのように転がして遊んでいた。
ここは生活の場であり、人々が多く集う場である。
一人壁に寄りかかり辺りを覗っていても、それを気にする人間などはいない。
もしいたとしても、それは同業者、なのだから気にすることはないのだ。

「ボスに直接聞いたって、答えるわけねえもんなああ゛」

昨日、山本の助言により見えてきた解決の糸口だったが、その相手がXANXUSとなると簡単に進む話ではないだろう。
こうして任務の合間に考えてみたものの、自分の上司が綱吉以外の前で素直に話したことがないことをスクアーロは知っていた。
質問の相手が綱吉ならまだしも、他の人間をカスと見ている者が自分の話を聞くとは思えない。

「普段なら綱吉通せば一発なんだろうけどよぉ、綱吉があの様子じゃなああ゛・・・」

独り言にしては、やたら大きな声でぼやくスクアーロに通信が入った。
独特の笑い声が耳に響く、相手はベルフェゴールのようだ。

『シシシっ、センパーイ。独り言は通信切った状態でしなよ、丸聞こえじゃんっ』
「あ゛?オレ、口に出してたかあ゛!?」
『うん、そりゃもうでっかい声でべらべらと。耳痛いくらいだもん』
「それならそっちが切りゃ良かったろうがあ゛」

スクアーロが言うことも、ベルフェゴールが言うことも言いがかりである。
大体、任務中にする話ではない。

『あれーいいの?王子にそんなこと言って。作戦中止だって事伝えてやろうと思ったのに』
「何!?今日、動かねえのかあ!?」
『昨日、スクアーロと雨の人、頑張りすぎだって。暴れてたトコのボスが綱吉に詫び入れに来るって話になったんだって』
「へえ、あれだけ好き勝手やってたのによぉ」
『つまんねえじゃん、オレ、今日も大暴れの予定だったのにさあ!』
「任務無くたっていつも暴れてんだろうがよぉお゛」
『シシシっとにかく伝えたからねっ!』

ベルフェゴールは一方的に通信を切ってしまった。
よくベルフェゴールには騙されているスクアーロだったが、仕事で嘘をついたことはない奴の話だったので信じることにした。
武装を解いて、ヴァリアーのアジトへと戻る準備をし始めた。
とはいえ、私服に見える地味目のスーツに隠していた剣を傍目に見えないように仕舞っただけなのだが。
それだけでも十分、一般人に紛れられる格好になっただろう。

日中の賑わいを魅せる市場を通り抜け、目に付いた果物を数個買った。
たまにはこういうのもいいだろう。
スクアーロにしては、ゆっくりアジトへと帰還しようとしていた。
「なんかつまんねえよな、このまま帰っちまうのはあ゛」
ベルフェゴールではないが、暴れる予定で着ている所を寸止めされるのは気持ちの悪いものだった。
強い相手になら喜んで腕を振るうが、今そんな相手が見つかるわけもなく、ブラブラ歩いてるだけのスクアーロだったが。
ふ、と目に入った風景に、思い出すものがあった。
下町の中でも奥深い場所、そこはスクアーロが幼少期過ごした場所に似ていた。

「確か、この辺りって・・・」
XANXUSが『拾われた』ところがこの辺だったはず。
九代目とXANXUSが初めて会ったという場所が――――――。
「思ったよりも綺麗じゃねえか・・これもボンゴレの力添えの結果かあ゛」

XANXUSの出身地、と言うこともあって九代目辺りが梃入れしたのであろう。
以前は間違いなくスラム街に該当していたそこは、夜に活気付くことには変わりないがきちんと整備されており、治安も良くなったのだろう。
あちらこちらにある落書きは、『ボンゴレ万歳』という言葉が入っていた。

「へえ・・ん・・・あ゛!?」
スクアーロからは見えない位置、物陰から音が・・いや声が聞こえてきた。
騒がしければ掻き消されてしまうほどの小さな声の主を覗うと。

「う゛お゛おい!!ガキじゃねえかああ゛!!」

産まれてそう経ってはいない赤子が、たくさんの布切れに包まれて泣いていた。
必死で生きようと自分の声を響かせて、誰かに気づいて欲しくて泣いているようだった。
気まぐれ、スクアーロ本人もそんな気はなかっただろうに。

「一緒に来るかあ?ちっちぇえのよぉ」
剣をはずしたその手で赤子を抱き上げ、スクアーロはアジトへとつれて帰ったのだった。





人肌に安心して眠りにつけることは幸せだと思う。
スクアーロが抱き上げた赤ちゃんは、安心したかのように泣くのをやめ、テンポよく歩くたびに体が揺れて気持ちよさそうに寝入って言った。

「あっれー、先輩ってばいつのまに産卵したわけ!?」
「う゛お゛おい!オレは魚じゃねええ゛!しかもオレの子じゃねえんだよ」
「何拾ってきちゃったの?」
「任務先で泣いてやがったからよぉ、つい・・なあ」
「連れてきちゃったわけ!?ボスに殺されちゃうんじゃね?その前に王子に遊ばせてよ」
「てめえに渡したら何すっかわかったもんじゃねえだろうがあ!」

ただスクアーロ自身も拾ってきてみたもののこの子をどうすべきかは考えてはいなかった。
あのまま町に残してきても、生き延びられてかはわからない。
しかし、ここに連れ帰ってきても育てられるかもわからないと言うのに、だ。

「ツナヨシも来てるから、邪魔したらまた殴れらるんじゃね?ガキ見せたら殺されるかもよっシシっ」
「あ゛?なんでだよ」
「ボスの子供嫌い、最近酷くなってんじゃん、知らないの?」
「・・・まじかよぉお゛・・・」

すやすや手元で眠る赤子の安否は自分に係ってくるということだ。
スクアーロは報告することもないので自分の部屋に籠ってしまおうと部屋へ向かう途中。
タイミング悪いことに綱吉とXANXUSに遭遇してしまったのだ。

「あ!スクアーロ、ごめんね急に呼び戻しちゃって・・ってわあ!!」

ねぎらいの言葉をかけようとスクアーロに走り寄った綱吉は、抱きかかえられた赤ちゃんを見て喚起の声をあげた。
「可愛い・・・誰との子?スクアーロに似てないけどいつ産んだの?」
「だからよぉ・・どうしてオレの子確定で話を進めるんだよお゛」
「はは、ごめんごめん。でもどうしたの?」
「帰還途中に泣いてやがったからよぉ・・つい連れて来ちまったあ」
「んー、それじゃ捨て子だったのかな?・・抱っこしてもいい?」

す、と手を出して、スクアーロの手から渡された赤子を見て愛おしそうに微笑む綱吉。
抱き慣れているようで赤子もむずがることなく眠り続けていた。

「んー、ちっちゃいね。可愛いなあ・・へへ」

ふくふくとした頬や紅葉のような手にちょんちょん、と触れてはふわりと微笑んで。
本当に子供好きだと再認識させられるほどの女の子らしい顔をしていた。

「どうするつもりなの?引き取り手のアテは?」
「いや・・・それが・・・」
「じゃあ、獄寺くんに連絡してもらえるかな。よくうちの守護者たちも迷子やら捨て子やらを保護してくるんだよ。連絡付く引取り先もあるはずだから」
「ホントかあ!?よかったぜぇえ゛」
「それまで、スクアーロ抱っこしててもらっていいかなあ。任務、この後あるんだっけ?」
「いや、大丈夫だああ゛」

再び赤子を抱こうとしたスクアーロの頭に横からガツン、と大きな衝撃を受けた。
赤子を受け取る前にスクアーロは床へ吹っ飛ばされた。
パサリと広がった髪に色とりどりの花と、花瓶であったもののかけらが広がった。

「っだあ!!」
「XANXUS!」
「躾のなってねえ犬が余計なモン拾ってきやがったんだ、躾直さねえといけねえだろうが」
「だからって」
「ガキをこんなところへ連れてくんじゃねえ、ドカスが」

その言葉を吐き捨てて、XANXUSは自分の執務室へと戻っていった。
心底嫌そうな顔をして、幼子を一瞥して睨み付ける事を忘れなかった。

「ごめん、スクアーロ。大丈夫!?」
「久々だからなかなか痛えけどなあ゛・・・クソボスがあっ・・ちぃっ」

赤ちゃんを抱えたまま、スクアーロに駆け寄る綱吉。
その幼子も驚いたのであろう、火が付いたかのように泣き始めていた。

「本当にゴメン、XANXUS、子供嫌いだから・・・ごめん」
「綱吉が謝るこたねえだろ、オレもついガキ連れてきちまったのがわりいんだからよぉお゛」
「それでも・・・」

このところ、スクアーロに手を上げることは以前に比べたら格段に減っていたのだ。
綱吉もスクアーロに無闇に手を上げないようにお願いしていたこともあり、任務以外での傷の治療はほぼ皆無だったのだ。

「大体、ガキ一匹ぐれえで剥きになるあいつが悪いんだろうがあ゛」
「・・・うん、ごめんね」

髪に絡み付いていた破片と花びらをふるふる、と振り落としつつ、スクアーロが悪態をつくと。
綱吉が表情をふ、と変えた。
子供をあやしているにもかかわらず、表情が硬いのだ。
さっきまでのニコニコした表情とは打って変って、『十代目』の顔をしていた。

「・・どうしたあ?」
「へ?何?」

綱吉は自分の表情の変化には気づいていないようで、必死にあやす表情はいつもの綱吉に戻っていた。
「ごめんね、君もびっくりしたよね・・」

うあうあ、と大声で泣く子をぽんぽんと背中を叩いて落ち着かせようと声をかけてみているが、一度泣き始めた子はなかなか泣き止むことがないようで。
少し困っているようだが、それすらも嬉しそうに綱吉は子供を見ていた。
微笑みが暖かい、そんな印象を受けた。

「ひとまず、一緒に本部行こうか」
「本部かあ゛?」
「守護者の手のあいた人と一緒にこの子見ててもらうから、あっちに行けば子供用のミルクもオムツもあるからさ」
「なんでもあるんだなあ、ボンゴレ本部っつーのは」
「ここにいるよりはこの子のためになると思うんだけど」
「おお゛いいぜえ・・・元凶を拾ったのはオレだしなあ゛」
「早めに暮らす場所見つけてあげたいね」

何か言葉を飲み込んでしまったようだが、スクアーロには綱吉のその言葉を読み取ることは出来なかった。
ただ、何も考えずに連れて来てしまった赤子を抱く綱吉の表情は母親を彷彿させていた。
これだけ好きが募っていて、これだけ望んでいるように見えるのに。
『産まない』選択をしてるのには、余計に疑問を残すことになった。





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