綱吉が思っていたよりもその声は会場中に響き渡ってしまったようで、周りがしいんとなった。
九代目と十代目の話に興味を持った人間が、幾人も聞いていたのであろう。
一緒にいた守護者たちも同様に、驚いた顔をしていた。
綱吉が子供のことを口にしたのは、初めてだった。

「跡取り問題は追い追い考えますが、私自身子供を産む気はありませんから」

迷い無い声で言う綱吉に、一同が言葉を失った。
結婚して三年、周りから見ても相思相愛の十代目夫婦に子供の話があがらないことに疑問を抱いていた人間も少なからずいた。
ただ、忙しいボンゴレに綱吉の年齢のこともあり、まだ先のことと思っているだけかと守護者たちは考えていたのだが―――――。

「ツナ・・」
「綱吉くん・・・」

家光と九代目が両方から理由を聞こうと挟み込んだとき、入り口が再び騒がしくなった。
XANXUSとヴァリアー幹部がやっと到着したようである。

「う゛お゛おい、何でこんなに静かなんだああ!?」
「シシ、先輩が異様な格好してるからじゃないの?めったに着ないくせに、無理してめかしこんじゃってさ!シシシ」
「何だとお゛!?」
「スクちゃん、せっかくちゃんと着飾ってるんだから女性らしくなさい、ドレスが可哀想よ?」
「う・・・わかったぜぇえ、おとなしく、おとなしくだああ!」
「スクアーロ、それじゃ判ってないってば・・ああそんなに大股で歩いたら駄目だって」

まるで漫才のようなやりとりだが、幹部が揃うと大抵こうだった。
異様な、と称されたスクアーロも今日は綺麗に着飾っているところをみると、隊服からの着替えに手間取り遅れてしまったと思われる。
女性のスクアーロだけでなく、ヴァリアーは皆、準備に時間がかかるタイプだった。

「おい、カス」
「なっなんだあ、ボス!!」
「少し黙れ、うるせえ」
「・・・お゛う」

少しは女性らしくしろ、という事を暗に含んでいるのだが、スクアーロはそれに気づけなかった。
会場に来てすぐ、祝い事の席にしてはやたら静かな事に違和感を感じていたXANXUSは、即自分の妻を捜した。
そして、九代目と家光に囲まれた姿に眉間の皺を濃くしたのだった。

「珍しいじゃねえか、二人まとめて祝いに出席するなんてよ。何してやがった」
「綱吉君と楽しくお話ししていただけだよ、そうやってすぐに人に絡むのはやめなさいと言っているだろう?」
「うるせえよクソジジイ、綱吉が笑ってねえ。悲しい思いをさせるためにてめえらと話するぐれえなら連れ帰ったほうがマシだな」
「っXANXUS!」

そう告げてすぐ、XANXUSは綱吉の手を引いた。
綱吉も動揺することなく、その手が導くままに着いていく。

「獄寺くん、悪いけど」
「はい、承知しました」
「カス共」
「わかってるわよ、ボス」

後は任せた、ということは言わなくてもわかってくれる出来た部下がいて本当によかったと思う。
本来自分たちの祝いの席を投げ出してどこかへ行ってしまうなどあってはいけないことであるが、爆弾発言を投下した会場にいつまでもいて質問攻めにあうのも勘弁だった。
ざわつく会場を主賓である二人は、手をつないだまま後にした。
XANXUSが連れ出してくれたことに、綱吉は心から感謝した。



早足で歩くXANXUSに綱吉は後ろから声をかけた。
「ありがとう、XANXUS。それと、お帰りなさい」
「遅くなった」

自分たちの部屋へ向かうその廊下で、足を止めた。
パーティの音はもう聞こえないし、皆そちらに出払っているせいで人の気配も少なかった。
XANXUSは振り返り、綱吉を腕に包み込んだ。

「なにがあった」
「・・・何も」
「何もなくねえだろ、その顔は」

誤魔化そうとする綱吉に、XANXUSは言葉を遮った。
「すぐ誤魔化そうとするのがお前の悪い癖だ、俺に隠し事するなと言っただろう」
「ごめん、なさい」
「いい、何があった」

XANXUSの真っ直ぐな瞳は、綱吉の心に刺さるものを与える。
話すべきか、迷う。
XANXUSには嘘を嘘と見抜ける力がある、正直に話さなくてはいけないのだが。
あまり、言いたいことではなかった。

「あのね。九代目ととうさんに、孫が見たいって言われた」

一瞬XANXUSの腕の力が強まったのを綱吉は逃さず感じ取った。

「ちょうどいい機会だから、子供は作らないって宣言してきたよ・・・これでよかったんだよね」
「・・悪かった、つらい思いをさせた」
「平気、二人で決めたことでしょ?いずれ皆にも話さなくちゃいけないことだったから」
「そうだな」
「それに、おれにはXANXUSがいる」
「ずっと、傍にいてやるから」

腕の中に収まっている綱吉をいとおしそうに撫でるXANXUSの手に、綱吉は少し迷いを見せていた。
二人で決めた『子供を作らない』ということ。
安心するXANXUSを見て、綱吉は迷った心を再び奥底にしまい直した。
これでいいのだと、無理やり自分を納得させて。





次の日から九代目と家光は、手を変え品を変え、綱吉に理由を聞きにきた。
当然、納得がいかないからだ。
綱吉の親しい人物に聞き込みを頼んでみたり、守護者を一人ひとり引き止めて聞いてみたりと無駄に努力を重ねる日々が続いた。
もちろん、綱吉は誰が来ても答えるつもりは無かった。
双子のように仲の良いと言われたほどのバジルや、弟のように慕っているフゥ太が来ても同じだった。

また、守護者たちは理由を知らされていないのだったが、綱吉本人が納得して話してくれるまで皆が待つ覚悟だった。
話しづらいと言うことは、パーティのときの綱吉の顔を見ればわかる。
そして、無理強いする理由は守護者にはなかったからだ。

「あきらめませんね、九代目もお父様も」
「ほんっっとにしつこいよね、ごめんねランボ」
「いえ、ボンゴレの顔を見れただけでも嬉しいですし」
「この間も着てもらったのに、またわざわざ留学先から呼び寄せるなんてもう!そこまでしなくちゃいけないことかなあ」」
「本気、なようでしたよ?」
「下らないなあ」

行儀が悪いと思いつつも、お茶の席で大きなため息をついた。
今日の来客はランボだった。
このところ、来客対応だけで仕事が遅れ気味なせいもあったが、諦めないジジイ共の対策で疲れが来ている。
毎日、なかなか会えない人物が自分を訪ねて来てくれる嬉しさもあるが、来る人皆が九代目か父の遣い人では嫌気が指すというものだ。

「そこまでして、孫って欲しいもんかな」
「まあ、子供以上に可愛いって言いますからね」
「ボンゴレの子供なら可愛いでしょうから、ね」

長いこと一緒にいたランボは、純粋に綱吉の子供のことが見たかったからそう発言した。
事情を知っていても空気の読めない牛の子は、やはり成長しても同じなようだった。
一緒にいた獄寺が苦い顔をしたのを見て、自分が失言をしたのに初めて気づいたランボは誤魔化すようにケーキを口に入れた。

「け、ケーキおいしいですね」
「あ、うん。ランボが気に入ってるお店のやつだから、良ければお土産で持っていってもいいよ?」
「ありがとう、ございます」

甘い甘いケーキと、少しだけ苦めに入れてもらった紅茶。
おいしいと思う今日は幸せだと思う。
ガンとして話そうとしない綱吉と、何が何でも聞き出そうとするジジイ共。
攻防はまだ続くようだった。





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