世界には望めば手に入るものと、望んでも手に入らないものがある。
世界一の金持ちでも、必ず手に入れられるとは限らないものがある。




イタリアのボンゴレ本部には、十代目夫婦が結婚した際に植えられた桜の木がある。
日本好きのボンゴレということもあって、皆に愛されるモノとなったその桜の木も今年で花をつけるのが三度目になる。
綱吉とXANXUSが結婚して、三年の月日が流れた。

「早いものですね、もう三年も経ったのですか」
「そうだね、早いもんだね」

十代目の執務室には、常に右腕の獄寺が常駐している。
それ以外の守護者も都合がつく限り、なぜか自然にこの十代目の執務室に集まってしまうのだが、今日は珍しく獄寺と綱吉の二人しかいなかった。

「皆、夜までには戻れるんだよね?」
「もちろんです、何があっても戻るように言っておきましたから!」
「久しぶりに全員揃うんだから楽しみだよね」
「ええ。・・なんでしたら、早めに準備なさいますか?」
「うん、そうしようかな・・・仕事も手につかないしなあ」

今日はXANXUSと綱吉の結婚記念日パーティ、という名の幹部のドンチャン騒ぎの日。
一年目のときに綱吉が『楽しいね』と発言したところ、毎年嬉々として守護者たちが準備してくれるようになり、
二年目にキャバッローネの十代目が参加したことから、三年目の今年は同盟ファミリーのボスがこぞって参加を表明したのだった。
中には取り入るためにこのパーティへの参加をしようと言う者もいたが、大体のボスはそのような考え皆無で心からのお祝いのためにわざわざ時間を作ってきてくれるのだ。
それだけ、ボンゴレの十代目は慕われていた。
大体、綱吉の隣には必ずXANXUSがおり、守護者とヴァリアー幹部がその傍を守るため、命知らずなマネをするようなボスは同盟にはいないのだろう。

今のボンゴレは安泰だった。
出なくてはいけない任務はあるし、中には綱吉の望まないものも含まれている。
それでも、綱吉の願いは平和。
平和を目指すマフィアが世界で一つくらいあってもいいんじゃない、と綱吉は常に話す。
平和のために皆に尽力することに、守護者は皆、喜んで従った。
その任務も無くてはいけないものだと、綱吉も守護者も、割り切れるようになった。
殺しと薬だけは、何があっても許すことは無かった。

「九代目と父さんも来るからね、少しはいい格好しておかないとなあ」
「お二人揃ってお越しになるなんて、珍しいですね」
「予想はついてるんだけど・・・タヌキ共だから面倒だなあ」
「?どうなさいました十代目」
「何でもない、早く準備しよう」

獄寺に気づかれないようにため息をついて、書類をまとめた。
このところ、九代目や門外顧問の手を借りなくてはいけないほどの大きな任務や失敗はないし。
空いた時間にご機嫌取りにも行っていたし、不満が起こるようなマネはしていないと思っている。
だとすると――――。

「本当に、面倒臭い・・・」

久しぶりに袖を通すドレスと、XANXUSとの身長差を詰めるために履いている高いヒールの靴を手に取り、さらにため息をついた。







「皆様、短い時間ではありますが、楽しんでいって下さい」

ボンゴレ本部にこれだけの人が集まること自体珍しいだろう。
老若男女入り乱れて、たくさんの人間が杯を交わしている。
十代目や守護者の周りにも、たくさんの人が訪れていた。
綱吉の祝い、ということもあって、彼女の周りには花束やプレゼントが山のようになっていた。
次々と渡される花束の香りで辺りはすごいことになっていたが、パーティとなるといつものことなので、その程度ではまったく動じなくなってしまったのだが。

「ありがとうございます」

数年前には歩くこともままならなかった綱吉も、さすがに堂々と対応できるようになった。
慣れというのは怖いものだ。
それだけ、この世界にも染まってしまったと、少しだけ嫌な気分になる。

「それにしても、遅いよねえ。獄寺くん?」
「ヴァリアーですか?こちらに向かっているという連絡は入りましたが、それにしても遅いっスよね・・・十代目を待たせるなんて」
「あー、いいのいいの!おれもうっかりちょっと遠くの任務頼んじゃったんだから、たぶんそろそろ来るよ」
「・・・そうですね、今のうち何か飲まれますか?ずっと話し通しですから、何か口にしたほうが」
「うん、喉渇いたな・・あ、いいよ自分で取りに行くから!ここに留まっても人を呼ぶだけだから、少し動きたいな」
「わかりました」

テーブルに用意された料理も今日のためにと腕を振るってもらったもので、綱吉やXANXUSの好きなものが所狭しと並べられていた。
その中から片手で口にできるモノをいくつか選び、パクリと口に入れた。
イチゴの乗ったプレーンサンドが好みなのだが、それは別のテーブルに用意されていたようでそれを探していると、入り口付近でざわつく声が上がった。

「ツナ、九代目と親父さん、来たってよ」

遠くから山本が伝えに来てくれた。
暗に、迎えに出ろ、と言われているようで綱吉は嫌だったが、行かなければ行かないで後でねちっこく言われるのが目に見えていてそれも嫌だった。
成人して、しかも嫁に行ってまで、この溺愛っぷりにはうんざりしているのだが。
綱吉はそのうんざりした顔を隠すように、下を向いた。
ふ、とため息をついて気を入れなおして、二人の迎えに出るために。

何を言われても、流しきる。
顔を上げた綱吉は、十代目の顔をしていた。



「お久しぶりです、九代目と、父さん。来てくださってありがとうございます」
「おお、綱吉くん。今日も綺麗だねえ」
「本当だよ、うちの娘は世界一だなあ」

隠居生活、と言いながらもたびたび表に出てきて色々と手を出してくる、ある意味厄介な二人組である。
何かと娘が気になるのはわかるが、綱吉としては部下たちにも示しがつかないので止めて欲しいのだ。
こんな時でもお構いなしの二人は、右から左から綱吉にべったりだった。

「珍しいですね、二人揃ってくるなんて」
「そりゃ、かわいい綱吉君とXANXUSの記念日なんだから、何より優先してお祝いしたいじゃないか」

あえて心内が読めないように笑顔で答える九代目に、絶対何かあるな、と綱吉は判断した。

「プレゼントは、先に部屋へ届けておいたから後でゆっくり使ってやってくれ」
「ありがとうございます」
「ところで、XANXUSは・・?」
「遅れています、スミマセン。任務が長引いてしまっているようで」
「そうかね・・こんな日まで任務とは、まだボンゴレも大変だと言うことかのう・・」
「いや!今回の任務はそう難易度の高いものではなかったはずなんですが・・・寄り道でもしてるのではないでしょうか」
「こんな日にかい?」
「ええ、ヴァリアーでしたらよくあることですし」

こちらからも心読ませないぞ、と言わんばかりに綱吉は極上の笑顔で返してやる。
それを見て心を良くしたのか、九代目はまたそれに、にこり笑い返した。

「それもいかんのう・・・こんな可愛い子を待たせるなんてXANXUSも男として失格じゃの」
「まあ、おれが頼んでいることですから」

九代目と十代目、そしてその父親である門外顧問の揃った状態は、他の人間にはとても近寄りがたく、自然とそこだけが浮いてしまっている。
歩いて会場の中央まで向かう際も、まるで道が勝手に出来る様に人がすぃ、とひく様は傍目から見れば面白いものだったが、綱吉はあまり好かなかった。
九代目と家光は、それぞれが飲み物を手にして、綱吉と乾杯した。
綱吉がかちり、鳴らすグラスの音が好きなのを知っていたので、二人ともその音が上手く出るようにグラスを当てた。

「今年で三年目、だね」
「はい、そうですね」
「XANXUSが今、いないのはこちらとしては都合がよかった」
「はい?」
「綱吉くん、私も老い先短い人間だ」
「・・まだまだ元気そうですけれど・・?」

数年前に大怪我をしたにもかかわらず、年の割に早い回復で完全復活し、今でも病気せずピンピンしている人間の言う台詞ではない。
確かに年齢だけ考えると先は短いかもしれないが、歴代に比べたら長生きな上に死ぬ気配は一切無い。

「いやいや、いつまで生きられるかわからないからね。早く『孫の顔』が見たいと思うのだが・・・」

きた!

綱吉は予想通りの台詞に半ば呆れながら、九代目に微笑み返した。
引きつっていないか心配だったが、意外と上手いこと顔が作れたようだ。

「出来れば私も孫を腕に抱いてから、天に召されたいものだと思ってね。家光も同じことを考えていたようで」

「うんうん、父さんもそう思うんだよ」
「せっかくだから、今日の席で聞いてみようと思ったのだが・・・その様子だとまだ先のことになりそうだね」
「ツナ、父さんも早く孫、抱っこしたいんだよ」
「お言葉ですが・・・」
居住まいを直し、す、と通る声で綱吉が返事をした。
「その夢、諦めて貰ってもいいでしょうか?多分叶えてあげられませんから」
「・・・なぜかね?」


「私たち、子供は作りません」


綱吉の綺麗で通るその声は、会場中をざわつかせるのに十分な要素を持っていた。





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