本部のあちらこちらを駆け巡ったスクアーロは、XANXUSの執務室に来る頃にはすっかり疲れ果てていた。
昨日からほぼ休むことなく動き続けたことをいま少し後悔しているところだった。
大人気なく暴れていなければ、これほど疲労することもなかっただろう。

「こ・・・これで終わりだあ゛」

その声も足音も部屋の主に届いていたようで、ノックなしに開いた扉の向こうから文鎮が勢いよく飛んできた。
予想していたスクアーロはひょい、とその文鎮を扉に当てて止める。

「カス、何してやがる」
「ボスさんのお迎えにきたんだあ゛、わかんだろ?」
「何?」

XANXUSはすでに隊服を着込み、出発できる体勢になっていた。
いつも以上に機嫌がよくないようで、一言一言に酷く棘を感じるほどだ。

「てめえは綱吉についていろと言ったはずだが?どうして今、こんなところでうろうろしている必要があるんだ、カスが」
「だから言っただろうがあ゛、てめえを迎えに来たってよお゛」
「今日はてめえが護衛付じゃねえだろうが」
「そっちじゃねえ、綱吉のところに連れて行くっってんだあ゛!!」

カツカツとXANXUSに歩み寄り、その腕をガツリとつかむ。
しかし、やはりどんなに強くても女の腕ではXANXUSを引き連れていくほどの力はなく、簡単に振り解かれてしまったのだった。
再度掴もうとしたとき、XANXUSはば、と体を引いて身構え、こう言った。

「綱吉のもと・・だと!?行ける訳ねえだろうが、ドカス。今からやらなきゃいけねえ任務が山ほどあんだよ、それすらも忘れやがったか?」
「わかってらあ゛、だからよお゛」

スクアーロはXANXUSを向いて、歯をむき出してにかりと笑う。
いたずらが成功したかのような、キラキラしたその顔と口からはとんでもない言葉を紡ぎだした。

「その任務、全部中止だ。中止になるようにしてやった、今日のてめえに出来るのは綱吉の傍にいることだけだぜえ゛」
「中止、出来るわけ」
「今日に限ってはできんだよ、良かったなあ゛、会合にキャバッローネの名前も入っててよお゛」

さらに眩しいぐらいの笑顔を出すスクアーロ。
先程までの奔走劇はすべてこの任務中止にさせるための計画だったのだ。




まず自室へ戻り、スーツへと着替え、綱吉の執務室へと向かいそこで獄寺に話をつけに行った。
会合のメンバーの中にキャバッローネの名が入っていたことを思い出したスクアーロはディーノに会合を任せられないかと相談しに行ったのだ。
もちろんボンゴレからも誰か出なくてはならないが、それは自分が行くからとスクアーロは主張した。
元々今日の会合は、ドイツ周辺国のとイタリア周辺国の国境で新たな火種となっていた軍事施設についての処理と処分についてなので、ボンゴレの意見を持って話し合いに望めればよいのだ。

「・・・わかった。今連絡してみるから」

十代目のこととなると、動きの早い獄寺は即座にキャバッローネへと連絡を入れ、そして綱吉のこともXANXUSが行けなくなる事も伝えた。
本来獄寺もディーノも私情を挟んだりすることはないのだが、今回は完全に綱吉のためを前提に動いてくれている。
それだけ、皆が綱吉とXANXUSの子を待望しているのだった。

「名代は・・ああわかった。充分に飾ってから行かせるぜ・・ああ」
「大丈夫、かあ゛」
「てめえが代理人で行く、と伝えてある。十代目の元に旦那を行かせたら向かってもらうことになるからな」
「ありがてえ!!行ってくるぜえ」
「早く戻れよ、時間がねえぞ」

シャマルのような口調で獄寺はスクアーロに伝えた。
それを聞いて、スクアーロは再び走り出したのだった。




「もう一時間ぐれえで産まれそうらしいからなあ゛・・・オレはいても何も出来なかったあ゛。でもてめえは綱吉の安心材料になるらしいからなあ゛、早く行ってやれえ」

自分が役に立てるのはこのくらいしかない、とスクアーロが必死で考えたことだ。
それに対し、XANXUSはスクアーロに怒りを覚え普段ではもうやることのない行動、スクアーロの胸倉を掴み、思い切り睨み付けた。

「何勝手な真似しやがった!!」
「綱吉のためだあ゛!!」
「ふざけてんじゃねえ、ドカスが!!!」

お互い目をそらすことなく、にらみ合った。
困惑した表情が少しだけ見えるXANXUSに対して、スクアーロは少し余裕があった。
痛みをこらえてなお笑う綱吉の顔を見てきたスクアーロにとって、これ以上痛むことなどないのだ。
何より強がる彼女の表情が痛かった。
殴られようとなんだろうと、綱吉のためで動ける。
そして、実際動いた結果が今なのだ。

「ふざけてなんかねえぜえ゛、大真面目だあ゛!!!」

歯をむき出して、き、とスクアーロはXANXUSを見て睨むように笑った。
本気だ。

「勝手な真似してもなあ゛、てめえを綱吉の元へと連れて行くのが今のオレの役目だあ゛・・・これはなあ゛ボンゴレの人間全員が望むことなんだぜえ゛」
「馬鹿が、何言ってやがる」
「本当だあ゛、綱吉が無事出産することが今は一番なんだからよお゛。そのためにてめえが必要なんだってよ!」

再びXANXUSの手を引き、進みだそうとしたが、やはりXANXUS自身を動かすことはできなかった。
今度は引き剥がされるだけではなく、XANXUSによってドス、と音が出る勢いで突き飛ばされたのだ。
軽く吹き飛んで尻餅をついたスクアーロを影を背負ってくるXANXUSが見下ろした。
怒りを含んでいるその瞳は慣れているとはいえ、恐ろしいものだ。

「・・・綱吉が望んで、綱吉自身が俺を呼んだのか?違うだろうが、カス。あいつは俺にボンゴレを頼むって言ったんだ。産んで待ってるって言いやがったんだ・・・今、俺がやるべきことはボンゴレ十代目の代理人として任務を全うすることだ」
「でもよお!」
「てめえがついていろ、初めにそう言った筈だ。あいつは自分のことは自分で何とかする・・・何とかできるからな」

XANXUSは自分の隊服を整え、扉のほうへ向かって歩き出した。
任務へと向かう時間となったようだ。
黙って出て行こうとするXANXUSを何とか引き止めなくてはいけない。
スクアーロはすぐ立ち上がり、XANXUSの前に回りこんで止めようと試みた。

「待てよ!う゛お゛おいボス!!」

それでも足を進め続けるXANXUSを止める事ができない。
スクアーロの存在すら無視して、XANXUSは廊下へと出た。
本来迎えが来て、そこで初めて車へ向かうのだが今はそれすらも待っていられないと判断した故、どんどん足を進めた。
このまま部屋に残っていては、自分が綱吉の元へと向かいたくなってしまう。
本当は傍にいてやりたいのだ。
それでも、綱吉がXANXUSに望んだのはボンゴレを優先させること。
ボンゴレを守ること、自分ではなく皆を守れと彼女は望むのだから――――。

はた、と気づいたときには目の前にスクアーロがいた。
壁を蹴り飛ばしてその反動で回し下痢をし、思い切り当てようとしていたが、寸でのところでそれをXANXUSはかわした。
トレードマークともいえるXANXUSの羽飾りがパサ、と切れて落ちた。
少しXANXUSがおかしい、とスクアーロも気づいていた。
それでも自分が本気で蹴りを喰らわせようとしても避けられるのか、と残念そうな表情を隠さずに見せた。

「待てって!言っても無駄だあ!!・・・調査班はもう出たし、会合はオレが出るって通達してもらってんだ!」
「うるせえドカス!」
「うるせえのはどっちだあ゛!!」

ガツ、と今度はスクアーロがXANXUSの胸倉をつかんだ。

「わかってねえのかあ゛!ボンゴレは他の誰でも代理に立てるけどなあ゛!綱吉の旦那はてめえしかいねえんだよ!!てめえがついてりゃ綱吉は安心するし、てめえだってすぐガキ抱けるし、いいこと尽くしだろうがよ!!たまにはてめえらの部下信じてみろよお゛・・たよりねえかもしれねえけどよお゛」
「・・・・」
「ボスだって、XANXUSだって本当はあいつの傍にいてえんだろうが・・・気になってボンヤリするぐれえなら行けよ、あいつの元に行けよお!!」

ふわ、とスクアーロは腕をつかまれた。
振り払うかと思ったその手はゆっくりとスクアーロの手を外し、降ろさせられた。
無駄に力を込めていたスクアーロは驚きに呆然としている。
XANXUSの行動とは、とても思えないものだった。

「・・・一時間ぐれえで産まれそうだって言ったな」
「・・・あっ・・ああ゛!」
「わかった」

スクアーロがぼんやりしているうちに、XANXUSは行き先を変えたようでくるりと逆方向へと歩き出した。
カツカツと靴が鳴る音が響く。
しばらくXANXUSが進んでいったところで、スクアーロははたと気づきXANXUSを追いかけた。
走って横に並んだところでXANXUSが口を開いた。

「あいつが・・・綱吉が無事子供を産んだら、任務に向かう。俺が任務に向かった後の綱吉をてめえに頼む・・それでいいな」
「ああ゛!もちろんだあ゛!!」

痛みに耐えて待っている綱吉の元へと二人は急いだのだった。





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