「なあ゛綱吉」
「ん、ちょっと・・・待って」

時折、痛みをこらえるようにお腹を押さえ、体を丸めてベッドに転がるようになった綱吉の体をさすりながらスクアーロは綱吉に問うた。

「オレじゃなくてボス、いたほうがいいんじゃねえかあ゛」
「いい・・・任務、あるから・・・」
「でもよお゛」

痛みがひと段落して、ふうと大きく息を吐いた綱吉がスクアーロを見てぼんやりと笑う。
痛みが休めば、いつもどおりの微笑を取り戻している。

「XANXUSがきてもやることないよ?・・それより任務のほうが大事だよ」
「・・・それでいいのかあ゛?いるだけで安心するとかねえのか?」
「でも、出産って女の仕事だもん。スクアーロもいてくれるし、大丈夫」
「・・・そうかあ゛」

古風な考えを続けている綱吉。
そんな綱吉もやはりXANXUSが傍にいれば安心するのだ。
気持ちも体も、本当はそういった安心材料が必要だというのに、綱吉はずっとXANXUSがここに来ることを拒み続けていた。
本来優先すべきは綱吉とその子供なのに、XANXUSも今ここへはいなかった

「今更だけどよお、だったら日本に帰ってそっちで産む方法とりゃよかったんじゃねえかあ?そしたらてめえのママンもついていられるしよお・・・オレより経験ある人間ついてたら安心だろ?」
「それも考えたんだよ、雲雀さんも日本で出産できる体制をとれるように準備できるって言ってくれたんだけど・・・できれば、XANXUSに早く抱っこして・・・欲しい・・・からね」

再び痛み出したお腹を抱え、耐えるようにして綱吉は続けて話す。

「日本に帰るには少し・・・日がかかり過ぎるし・・・飛行機に乗れるくらい・・大きくなるまで・・・あっちにいなきゃいけないて・・・いうから」
「こっちに呼ぶのは」
「それは無理・・だって・・・母さん、オレの仕事知らない、から」

汗が噴出すように出てきている。
スクアーロは額にかいた汗をタオルで拭いてやり、水を渡した。
綱吉は受け取った水を一口飲んでまたスクアーロに戻した。
痛みが強くなってきている。
腰から下が別物になったように感じるほど言うことがきかない。
まだまだ痛みが強くなるとしたら、自分の体はどうなってしまうのだろうか。

「今・・何時?」
「10時過ぎたぞ」
「まだ、それしか経ってないんだ・・・」
「きついのかあ゛?」
「う・・うん、痛いね。思ってたより、ずっと」

平気そうにはけして見えないのに、綱吉はいつもの口調では話す。
たまに言葉が途切れるときが多分痛みが強いときなのだろう。
普段とは違う綱吉の様子にスクアーロは戸惑っていた。
自分に出産の経験も立ち会った経験も、それに関する知識も持ち合わせておらず、痛みを伴うとは聞いていたもののそれがこれほどまでのものとは予想もしていなかった。
焦っても困っても、産む当人ではないので問題はないのだが、何かしてやりたいのに何も出来ない自分に憤りを感じるのだった。

「なあ゛おっさんよお゛」
「あー?ああ、何だあ?」

近くにいたシャマルは雑誌を片手にのんびり寛いでいた。
一応白衣は身に着けているもののいつもと変わらないそのスタイルは、とてもお産を控えた妊婦の担当医とは思えないほどだ。

「オレ・・・何してりゃいいんだあ゛、困るんだよ・・・オレこういう状況に弱えんだよ、何もやることねえしよお゛綱吉は痛そうだしよお゛」
「お前さんのやれることなんかねえよ、せいぜい痛えときに腰撫でてやるぐれえか?」
「それだけ?それだけかあ゛!?他に何かねえのかよ!!」
「ねえな、産む人間以外基本的にするこたねえんだよ、わかるか?」
「・・・・」

ぐ、と声を出してしてまったスクアーロは、一歩体を引いた。
すっぱりとやることのなさを言われてしまい、それ以上にスクアーロに言えることは思いつかなかった。
シャマルに言っても、自分のやれることが増えるわけではないのに。
横で痛みをこらえる綱吉の腰を撫でる。
それしかやれることがないならば、それを必死でやるまでだ、と思った。



「・・・お前さんにやれること、あったなあ」

シャマルが雑誌に視線を落としたままで、ぽつりつぶやいた。

「何?・・・あんのかよ」
「そうだなあ、あるっちゃあるんだが・・・」
「歯切れ悪いなあ゛、何だよおっさん・・」
「嬢ちゃん、少しこいつ借りるからなー・・来いよ、こっちだ」
「うん、いってらっしゃー・・・」

ふるふると手を振った綱吉を確認して、シャマルはスクアーロを連れて廊下へと出て行った。
数歩、歩いて止まったシャマルからまた少し距離をとってスクアーロは止まった。
かちり、とタバコに火をつける音が廊下に響いた。

「あいつ・・XANXUSの今日の予定わかるか?」
「まあ゛・・一応」
「じゃあ話は早い、首に縄つけてでもあの嬢ちゃんの旦那、ここに連れて来い」
「・・・無理に決まってんだろうがあ゛、今日からまた綱吉の分まで仕事することになってんだぞ!」

声をあらげるスクアーロの口をさ、と片手で塞ぐ。
シャマルは残った手の人差し指を口へ持って行き、大声を出さないように止める。
綱吉には聞かせたくないからこそ廊下へ出たのに、これでは丸聞こえになってしまう。
はた、と気づいたスクアーロは声を抑えつつ、再度話し出した。

「ヴァリアーの仕事はオレらだけでも何とかなるけど、ボンゴレの、綱吉の仕事はどうしようもねえ。あいつ以外出来るやついねえだろ」
「いねえわけねえだろ・・・隼人から聞いてるからなあ、XANXUSと九代目と元門外顧問のあいつの親父、三人で仕事分担するんだろ?」
「だけど、対外の任務はほぼボスが」
「いいから!」

びし、とシャマルはスクアーロの額を指した。
未だ迫力の衰えないその手の動きはスクアーロも油断していたとはいえ、動けそうもなかった。

「九代目と家光、それ以外の人間使っても騙してでも、XANXUS連れて来い・・・嬢ちゃんも旦那もあまりに親になる自覚が足りなすぎるんだよ。ボンゴレも大事なのはわかるけどよ、今あいつらが優先すべきなのは間違いなく嬢ちゃんと腹ん中ののガキだ」
「そりゃ・・・そうだよなあ゛」
「お前にゃ悪いが、お前よりも旦那がいるほうが安心材料になるんだ。妊婦ってのは自覚がなくてもそういうモンなんだよ」

すう、とシャマルのタバコから煙が上がる。
また一口吸い込んで吐き出した。

「どんな方法をとってもいいから、XANXUSを出産までに連れて来い・・あの調子だと昼がリミットだと思うからそれまでに」
「・・・あと二時間ねえじゃねえか」
「おお、だからとっとと行って来い」

ぱっぱっと手をひらひらさせてシャマルはスクアーロに行くようにいった。
時間がない。
スクアーロは渋い顔をしたまま廊下を駆け出した。

「夜までに到着予定で、こっちからは・・ああ゛・・・ええと」

自分が行かない任務のため、スクアーロは一度幹部会議で目を通しただけのスケジュールを必死で思い出そうと記憶の糸を辿った。
会合、相手は――――。

「あ゛?」

廊下をずかずかと進む中、スクアーロははた、と思い出したことがありぴたり止まった。
もし自分の記憶が正しければ、XANXUSを連れてくることの可能性もあがる。
向かう先をXANXUSの執務室からくるりと行き先を変更し、そちらに向けて走り始めた。






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