「おう、嬢ちゃんどうした?こっちに来るのは明日の予定だろ」
白衣を脱ぎ、ワイシャツを着崩したシャマルが出迎えてくれた。
離れには人が少なく誰とも会わずにシャマルのところに着けたのはよかったと綱吉は思っている。
夜に任務をこなすことはあっても、休めるときには休んで欲しいと願っているからである。
「陣痛、来てるかもしれなくて。診て貰って良いかな」
「お?とうとうきたのか。今、間隔どのくらいだ?」
「間隔って?」
「痛みの来る間隔だ、何分ごとにきてるんだ?」
目をぱちぱちさせて、綱吉は考えた。
何分、と言われても時間の感覚があまりなかったのでわからなくて困ってしまった。
困惑する綱吉にXANXUSが声をかけた。
「部屋を出てからここまで、何回来たかわかるか?」
「ん、と・・・二回、だと思う」
「8分くらいだな」
「じゃあまだ余裕ありそうだな、ベッドに乗って待ってろ。簡単に診察するからな」
すでに今日の業務終了の体勢を取っていたシャマルが椅子にかけてあった白衣と聴診器を手に取り準備を始めた。
まだXANXUSの腕の中にいた綱吉はXANXUSの腕を引き、ベッドへと降ろしてもらった。
「痛むか?」
「今のところは全然、痛いって言うよりも外から押されてるような感じがするだけなんだよね」
「夜明けまでここにいる、その後は誰かがここについていられるようにしてやるから、お前は自分のことだけ考えてろ、いいな」
「ありがと、頑張る、ね」
XANXUSは綱吉を降ろし、医務室の無線と内線を使い、ヴァリアーの誰かと連絡をつけ始めたようだ。
回線が繋がったようで、ぷつ、と音が出た。
人の声が聞こえないようで、すこしボリュームを弄り始めたところ。
ベッドに近い無線からはスクアーロの叫び声が割れるような音と共に部屋中に響き渡った。
脳みその中にまで響き渡るようなその声の大きさに、音自体も飛んでしまっていた。
XANXUSの手がまた自然とボリュームに伸びたのが見えた。
音を下げ、二、三言で用件を伝えてすぐに回線を切った。
「・・・あのカス共・・・」
「もしかして」
「まだ外で暴れてやがった、ドカスが」
眉間に皺を寄せ、窓の外を睨みつける。
外はまだ、月の光が見えるだけで静かだった。
シャマルの簡単な診察を終え、ベッドで楽な体制を取る綱吉は、とても落ち着いていた。
出産前の大事な時間に少しだけXANXUSと過ごすことができたことは、心に大きな余裕を持つきっかけとしては充分だった。
ぽつりぽつりと会話して、時々お腹を撫でてもらって、そして朝を迎えた。
「嬢ちゃん、この様子だと明日までかかっちまうかもな」
「それ、産むまでってことだよね」
「ああ、ここに来たときから全然かわってねえからな、痛くねえだろ?」
「うん、あんまり」
朝日が見えてきた頃にもう一度シャマルが診察してくれた。
綱吉のお腹はまだ痛みを発するほどの強さはないようだ。
そこまで確認して、XANXUSは綱吉を撫でながら言った。
「任務が終わり次第戻る、お前は自分のペースで頑張れ・・・傍にいられなくて悪い」
「それはおれの望んだことだから、おれ、ちゃんと産んで待ってる」
「ああ」
「戻ったら一番に抱っこしてあげてね」
「楽しみにしてるぜ」
額とほおにひとつずつキスをして、XANXUSは任務に向かうために部屋から出た。
きたときとは違い、光に満ちた廊下は徹夜明けのXANXUSの目には酷く眩しかった。
「・・んー?嬢ちゃん、一人かあ?旦那はどこ行った」
「任務に行ったよ、今日からドイツ国境で会合と調査部隊の指揮」
「お前さんがこれから出産だっていうのにか・・・あいつは」
「うん」
笑いながら答える綱吉にシャマルは呆れたようにため息をついた。
綱吉があまりに出産を軽視していることに対しても、XANXUSが自分の嫁よりも任務を取ったことに対してもだ。
二人の考えはシャマルには理解できなかった。
「お腹空いちゃった、今のうちなら食べても良いでしょ?」
「体力つけるためにも食えるだけ食っとけよ、隼人に連絡入れて持ってきてもらうか?」
「あ、ついでに今日の話もしておきたいからよんでもらってもいいかな?」
「へいへい、食事のリクエストは?」
「オムライス!」
シャマルがひょいと無線を手に取り、獄寺へと連絡を入れると、機能のすくと同じリアクションを取り、ベッドの上の綱吉にまでその声が届いたのだった。
幸い、昨日下げたボリュームはそのままだったので、響き過ぎて音割れすることはなかったのだが。
元々今日から綱吉は産休をとる予定で、仕事自体には支障はないのだが、それ以外のことで釘を刺しておかないと、と考えたため、獄寺を呼ぶことにしたのだ。
「これは、おれの仕事だから、ね」
もうすぐ会えるわが子をゆっくりと撫でてそうひとりごちた。
この子はおれとXANXUSの子だけど。
ボンゴレはおれとXANXUSが守る、守りたいからおれたちは任務をこなす。
優先すべきは、ボンゴレの皆、なんだ。
まるでジェット機のエンジンでも搭載したかと思わせるほどの速度で獄寺は飛んできた。
普段山本やランボ、笹川了平に対して廊下を走るなと叱っている人間とは思えないほどの走りっぷりの獄寺はいつもならばきちんと上まで閉めているネクタイもシャツのボタンも中途半端でまるで学生の頃に戻ったような出で立ちになっていた。
手にはしっかり綱吉の食事を載せたと例を持っていたのだが、上に乗っていたオムライスは崩れかけていた。
「じゅ、じゅ・・・十代目え!?」
「獄寺くん、廊下は走っちゃ駄目だよね?」
「す、すみませっ・・・・」
「まだ生まれないから、少し落ち着いて?」
ベッド脇の小さなテーブルにトレーを置かせ、深呼吸させる。
これから出産を控えた人間のほうがおちついているというのもおかしな話だと思った。
「シャマルの話だと明日までかかりそうだっていうから、獄寺くんと皆は今日の任務をしっかりとこなしてください」
「っ・・はい、わかりました」
「それと、無事産まれるまでは守護者の皆には内緒にしてもらって良いかな?」
「それは・・・どうしてでしょうか?」
早く皆に知らせるべきと考えているようで、獄寺は酷く驚いた顔をした。
「産まれたらすぐに連絡してもらうから、皆には任務に集中して欲しいんだ。頭の片隅に余計なことを入れて欲しくない、怪我の元になる」
「・・・しかし」
「おれは皆に怪我をさせるような真似はするつもりはない、お願いします」
ベッドで体を起こし、そのままぺこりと頭を下げる綱吉。
自分の最も大事な人間に頭を下げさせてしまった獄寺は焦りを感じ、すぐに自分が頭を下げて謝罪した。
「すみませんっした。自分の考えが足りませんでした・・・産まれるまでは皆には黙っています」
「そうして欲しい、ゴメンね。本当は早く皆に伝えてたほうがいいんだろうけど」
「いえ!十代目がゆっくり出産するためには黙ってるのが一番です、ゆっくり出産なさってください!オレらはオレらの仕事をしますから!!」
「それと・・・もうひとつお願いが」
「はい、何でしょう!?」
まるでご主人様の声に反応する飼い犬のようにぱ、と顔を上げ、綱吉のほうを向いた。
命令を待っているその姿は、耳も尻尾も見えそうなほど期待しているのが見える。
「あ・・・の、九代目と門外顧問チームにも連絡しなくていいから、というかしないで欲しい」
「え?でもお父様にはお伝えしたほうが」
「やめて、本当に・・・赤ちゃんもびっくりして出てこなくなるって」
「わ、わかりました」
「元々二人には会合という名のでの遠出の仕事を頼んでるから、変に感づかれなければそのまま行ってくれると思うんだけどね」
少し困った顔をしつつ、綱吉はぽつりと言った。
そんないいタイミングで綱吉のお腹の虫がくううと鳴り響く。
自分の横に置かれたオムライスからの匂いに誘われた音だった。
元々お腹がすいたから、持ってきてもらうついでに獄寺を呼んだのだ。
出産前の余裕が今はまだ、残っていた。
「これ、食べてもいいかな?」
「はい、どうぞどうぞ!そのために持ってきたんですから」
「じゃ、いただきますっ」
ためらわずにトレイをベッドへ引き寄せ、綱吉はオムライスを口に運び始めた。
普段の綱吉にしては少し少なめのその皿の中身を食べ進めていたところで、シャマルがやってきた。
「・・嬢ちゃん、飯食うならベッドから降りろよ」
「んー、ごめん」
「まあいいけどよ。ところで隼人、俺の飯は?」
「は?自分で食堂に食いに行けばいいだろうが、何で俺がてめえの分まで準備しなきゃなんねえんだよ!」
「お前に無線で言ったろうが・・・まあ、まだ嬢ちゃんのほうも大丈夫そうだからちょっくらいって来るか」
ベッドから降りろよ、と再度付け足してシャマルは食堂へと向かって行った。
なんだかんだ言っても優秀な医師なので彼の判断は正しいだろう、そして彼が大丈夫というのだから綱吉の出産もまだだということになる。
幸い万が一のことがあれば、シャマル直通コールボタンがベッドにはついているので安心だった。
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