冬の足音が聞こえてくる季節となった。
この間ハロウィンでバカ騒ぎ下ばかりのボンゴレ本部は、今日はずいぶんと静かだった。
今度はクリスマスと張り切る人々がここの仕事を早めに終わらせ、空いた時間を準備に費やしていたからだった。
まだ一月以上は時間があるはずなのに、急いで準備を進める皆の思いは一つで、新しく誕生する命をクリスマスと共に祝おうと考えているのであった。
忙しいながらも浮き足立つ本部で、綱吉は書類の整理をしていた。
出産予定日まであと少し、お腹もとても大きくなっていた。
「今日まで、ね。うん、ありがとうね。また戻ってこれたら使わせてもらうよ」
整理し終わった書類をまとめて、獄寺が取りに来た際にわかるようにメモをつける。
そして数年間使い続けていた自分用の机にそう感謝の言葉を述べながら、雑巾を手にして机とその周りを掃除し始めたのだ。
気分は卒業前の大清掃なのだが、この広い執務室を一人で掃除するとなると、間違いなく右腕の彼がすっ飛んできて掃除用具を取り上げ、業者を呼ぶか守護者を集合させて掃除を始めてしまうだろう。
だからせめて手が届く、自分の机の周りだけでも、と掃除をしたのだ。
またこの先使う予定ではあるのだが、産後はしばらく職務を離れることになるのでこの机の主は不在になることは決定事項なのである。
「実家の机と同じくらい、思い出詰まってるもんね」
一時はほとんどの任務を取り上げられていた綱吉だったが、あの一件以来無理のない範囲での職務をさせてもらえるようになった。
本部に来てから数年使い続けていた机でまた、同様に皆と仕事が出来るのは楽しかった。
でも、それも今日でしばらくはお預けだ。
出産を控えた綱吉は、離れに作られた医療施設に移動して産後一ヶ月まではそこで過ごすことが決まっていたのだ。
窓の外をちらりと見やると、そこでは落ち葉を掻き集める山本とランボの姿が見えた。
確か任務に出ていたはずだが、と綱吉が考えていると、後ろから声がかかる。
「十代目、終わりましたか?」
いつもと変わらぬ様子で獄寺が執務室に入ってくる。
終わりましたかは書類のことだろうか、掃除のことだろうか
変わらぬ笑顔で獄寺は書類を手にする。
「お疲れ様でした、これはお預かりしますね・・・今夜の話、聞いてますか?」
「ん?・・と何の話かな?」
「守護者が皆集まりますので簡単な食事会を、と考えております。とはいっても山本やアホ牛の提案で十代目と話したいだけのようですので断ってくださっても・・・」
「行く!出るよ!!うわーひさしぶりに皆揃うんだね」
満面の笑みを浮かべる綱吉に、獄寺は心臓が跳ねる音を聞いた。
何年、いや何十年経ったとしても綱吉の笑顔に慣れる事はないだろう。
それは獄寺にとっての初恋の色を写すその笑顔で人妻になっても変わることはなかった。
「・・・ところで、さ。山本とランボ、中庭で何してるのかな?掃除?」
「何かまたやらかしてるんスか・・・ああ!中庭の落ち葉を片付ける代わりに焚き火で焼きいも作らせて欲しいとかいってたような気が」
「焼き芋!?・・うわあ、俺も参加したいなあ!うー・・・うーん・・・行ってくる!」
そう言って、雑巾を放り出し中庭へと歩いていく綱吉を見守りながら獄寺は一人ごちた。
「本当に変わらないですね・・・」
もう数日で母になるとは思えないほど、子供のような表情はまたきらきらと輝いていた。
離れに運ぶ荷物は少しだけだった。
必要なものはほとんど運び入れたり買い足したりプレゼントされたりと、用意し終わっていたのだ。
後は自分と、身の回りのものを持っていくだけだった。
「あれと、これと、よしこれで全部かな」
指差し確認をして荷物をかばんに詰める。
ふう、と一息ついたところで寝室の扉が開けられた。
彼女の旦那のXANXUSが帰ってきたのだ。
「今戻った」
「お帰りなさい、XANXUS」
綱吉の下へ歩み寄り、頬へとひとつキスを落とす。
XANXUSは任務から直接ここへと来た様で、あちことに焼け焦げた跡がある。
予定よりも時間が押したのだろう。
普段よりも急ぎで戻ってきた汗の跡がベッド脇で灯るライトに照らされて光るのが見える。
「珍しいね、爆発にでも巻き込まれたとか?」
「カス共が喧嘩おっぱじめやがった、任務自体よりもその収拾にかかっちまったから、報告書もまだ出来てねえ」
「ベルかあ、スクアーロと?レヴィと?」
「両方だ」
「ヴァリアーの皆もまだまだ子供だよね」
くすくす、と笑う綱吉を見て、XANXUSは表情を和らげた。
けして笑っていいことではないのだが、毎度のようにじゃれ合うがごとく暴れるヴァリアーの話はもう綱吉にとっては聞き慣れた話で危険を伴うことはめったにないとわかっているからこそ笑えるのだ。
「明日からあっちに移るんだな」
広げた荷物をちらり見やり、XANXUSは綱吉に確認する。
「うん、あと少しだね・・・ん?」
「どうした?」
「何かさっきからたまにお腹がぎゅう、ってなるんだよね。変な感じ」
「・・・それ、陣痛とかいうやつじゃねえのか?」
「へ?」
不思議そうな顔をする綱吉にXANXUSはそうぽつりと言った。
数ヶ月にわたってXANXUSはルッスーリアによって、妊娠・出産・子育てのさまざまな情報を叩き込まれていた。
女性の大変さをとくとくと語り続けるルッスーリアに嫌気が差しながら聞いた情報や、分厚く片手で読むには難儀な本から仕入れた情報はもしかしたら綱吉のそれよりも多いかもしれないほどだ。
知らなかった用語もかなり数多く覚え、その中のひとつに合ったのが『陣痛』だ。
痛むのはもっと後になってからで、初めは腹部が張ったように感じるということを本に書いてあったことを思い出した。
「陣痛ってあの・・・出産前にくるあれのこと?」
「それ以外知らねえが・・違うのか?」
「・・・そうなのかも」
その言葉に弾かれたかのようにXANXUSは綱吉を抱え上げ、離れのほうへと歩き始めた。
すたすたと歩くその廊下はすでに人はおらず、闇の中、二人が歩く影だけが月の明かりが窓から入るたびに映っていた。
それほどまだ痛くはなくて、むしろ違和感だけが腹部を襲ってくるだけで。
歩く気になれば歩けるのだが、XANXUSに触れる機会もこのところ少なかったのでそのまま腕に抱えられて甘えていようと綱吉は思った。
「明日からはしばらくドイツ行き・・・だったよね?」
「ああ、国境周辺だ」
「XANXUSにお願い・・いや約束かな。して欲しいことがある」
「何だ」
歩くことを止めず、どんどん進んでいくXANXUS。
綱吉はXANXUSを見上げながら続けた。
「おれやこの子よりも任務を最優先にして。約束して欲しいんだ、それがボンゴレの皆を守ることに繋がる、から」
「・・・わかった」
「お願い、します」
これだけは守って欲しい。
綱吉は以前からそう考えていたことだ。
子よりも自分よりも、ボンゴレを優先して欲しいということ。
綱吉と目を合わせてXANXUSは頷いた。
綱吉もXANXUSも落ち着いていた。
守るものと自分がすべきこと、二人とも理解しあっているからだ。
闇の中歩く二人の影が、離れのほうへと消えていった。
BACK/NEXT
|