「・・ボス」
「てめえがついていながら、何て様だ。このドカスが」
「・・・わりい・・」
ごす、と音がするほどの力でスクアーロは小突かれたが、それは痛みを感じるようなものではなかった。
それは綱吉とXANXUSの約束のせいで、むやみやたらとスクアーロにてをあげないというもので。
しかし、普段のXANXUSなら失態を犯したものに対してはこんなにさらりと終わらせるわけがない。
人前であれど、傷の一つは増えているはずなのに・・・。
呆然とするスクアーロを横目に、綱吉のほうを向いたXANXUSは無事を確かめた。
「あ・・・ざ、XANXUS、ごっごめんな・・・・」
その綱吉の言葉も聞かないうちに、XANXUSは綱吉の頬をぺちりと叩いた。
音だけ聞く限りはけして力を込めているわけではないようだが、今まで綱吉に手を上げることを極力控えていたXANXUSの行動とは思えず、綱吉は言葉を失った。
リング戦で知らずとはいえ、残る傷を作ってしまったことを悔い、自らの手でこれ以上は傷つけたくないと、年々特訓にすら手を出すことはなくなっていたXANXUS。
「言いたいことは帰ってから聞く・・・早く乗れ」
そう言って、車のほうを指した。
綱吉は黙ってそれに従った。
「・・・てめえは後始末してから来い、いいな」
「了解だあ゛、ボス」
ゆっくりと車は発進した。
沈黙が続く車内。
本部までは車で数分。
しかし、綱吉は自分のしたことの重さと今頃になって痛み出した膝と心まで叩かれた様な苦しみを抱えた分だけ、すごい長い時間車に乗せられているかのようだった。
本部の裏門から車が入っていく。
車が停止しても、XANXUSと綱吉は黙ったままだった。
綱吉はぐるぐる考えているうちに心なしかお腹も痛くなって気がしていた。
精神的に痛むと、お腹も一緒に痛みを感じてしまうようだ。
早く謝ってしまいたいのに、どうしても言えない空気に綱吉は仕方なく黙っているしかなかった。
XANXUSは何も言わずに綱吉を抱きかかえ、医務室へと連れて行った。
中では珍しく備品チェックを行っていたシャマルが驚いた様子でこちらを向いた。
「嬢ちゃん・・どうかしたのか?」
「足と、念のために腹も見ろ」
「了解、なんだお前さん嬢ちゃんに無理させたんじゃねえか」
「いいからとっとと見やがれ、カスが」
「はいはい」
綱吉をベッドへと寝かせ、シャマルが傷の手当と念のためのお腹の子供の診察をした。
自分でも感じるほど大人しくなってしまっていた自分のお腹が綱吉も心配だった。
聴診器と、超音波の機会でいつものように診て貰うと。
「・・・何の心配もねえよ、ほら見てみろ。のんきに欠伸してのんびり眠ってんじゃねえか」
「ほんと?」
「ああ、こんな元気なら問題ねえ、お前さんは心配しねえでいりゃあいい」
「ん、わかった、ありがとう」
いつもの綱吉に比べて口数が少ないことは気になったが、シャマルはそのまま綱吉を帰すことにした。
安全面は問題ないし、精神面は自分で何とかしてもらうしかないからだ。
「今日一日ぐらいは出来るだけ足を使わないほうがいい。旦那もいるんだ、運んでもらえよ」
「・・・・」
こくんと頷き、綱吉はXANXUSを呼んだ。
見て貰っている間部屋の外で待っていたXANXUSは、声を聞いてすぐ部屋へと入ってくる。
「問題ねえな?」
「ああ、今日一日安静、そんぐれえだ」
「そうか」
「お前さんがついててやれよ、今日一日ぐらい他の奴らに仕事押し付けたって罰は当たりゃしねえだろ」
無言のままXANXUSは綱吉を抱えて医務室を出て行こうとするが、それをシャマルが止めた。
「待て、薬忘れてるぞ」
そう言って、投げ渡された薬を受け取り、今度こそ医務室を去る。
終始無言を通す二人にシャマルはタバコに火をつけつつ、ひとりごちた。
「・・・何やってんだか・・・」
あれだけ仲がいい二人が、何の言葉も発せずに過ごしている姿はシャマルは初めて見た。
一言『バカ』がつくほど仲良しな奴らだ、喧嘩となったらボンゴレ中が大騒ぎになってしまうだろう。
下手すると、守護者とヴァリアーの対立に繋がりかねない。
「あれか、外出がどうの・・・ってやつか」
どれであるにしろ、ボンゴレ十代目とヴァリアーのボスの話だ。
早ければ数時間中に噂話が伝わってくるだろう、ここはそういった意味でも情報が集まる場所だ。
ぽわり吐き出した煙が部屋中を包み始めた中で、きいきい椅子を揺らしてシャマルは二人が去った後を見つめていた。
まだ少し痛む足を抱えられたまま、綱吉は自分の執務室ではなくヴァリアーのXANXUSの執務室へと連れて来られていた。
ずいぶんと長く歩いたと言うのに、二人は一言も発することなく部屋まで辿り着いてしまったのだった。
黙っていればいるほど、言いたいことも伝えられなくなっていくというのに、余計なほどに綱吉は考え込んで、何も言えなくなっていたのだ。
こんなに怒りに満ちたXANXUSをこんな間近で感じるのは初めてだった。
「今日一日動けねえならここにいろ、仕事が必要なら持ってこさせる」
そう言って一番大きくて、綱吉が気に入っているソファへと座らされる。
膝が痛まないように真っ直ぐ伸ばしても大丈夫なように足置きも一緒においてくれた。
そして、せわしない様子で仕事をするべくデスクへと向かい、書類の束を持って綱吉の隣へと座り処理をし始めた。
傍目からはいつもと変わらないようだが、明らかに眉間の皺の数と深さ、オーラが違うのだ。
手持ち無沙汰になった綱吉は、じっとXANXUSを見続けていた。
「・・・どうした」
書類から目を離すことなく、XANXUSは綱吉に声をかける。
さっとサインをし、机へと書類を置きそしてそこではじめて綱吉を見た。
「・・・ごめん・・・なさい」
「謝らなきゃいけねえ事ぐらいはわかってんだな」
「・・・ごめん」
ため息混じりに言われた言葉に再度、謝罪の言葉を繋いだ。
正直言うと謝るぐらいしか思いつかないのだ。
自分が出かけたって、トラブルに巻き込まれる確率なんて一般人のそれと同じだろうし、しかももう帰宅しようとしていたところだった。
運が悪いとしか言いようがなくて。
スクアーロを伴って出たんだから、それで護衛は十分だと思っていた。
ここまで大事と捉えられて、ここまでXANXUSが真っ先に飛んできて起こるとは思っていなかったのである。
だから、もう綱吉は謝るしかなかった。
「俺が連れて行けねえから、諦めたと思っていた俺も悪いんだがな・・・そうまでして欲しいものがあるなら誰かに頼むでもよかったろうが」
ぷるぷると首を振る。
これだけは自分の手で買いたかったから。
「なら、休みまで待てばよかったろう」
「だって・・・XANXUS、このところ休み取ってないし・・・」
「当たり前だろう、二人分仕事してるんだ、カスが」
「じゃあ休みの日は休めばいいじゃないの、『休み』なんだし」
「こんな危険な目に合わせるなら、仕事を投げてでもついていったほうが余程安心できる」
「でも」
綱吉の言葉をぴ、と差し出された書類が止めた。
たった今XANXUSが目を通していたもので、サインを入れたばかりのそれを受け取って目を通す。
「・・・これって」
「今日中に、そっち側にも回る予定だった書類だ」
書類に書かれていたのは綱吉の知らないファミリーの、ある種暴動とも取れる行動計画だった。
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