いつもと変わらない騒がしい沢田家に一通の手紙が届いた。
宛名は沢田綱吉殿となっているが、封を開けたのは彼の家庭教師のリボーンであった。まだ学生のうちはリボーンがボンゴレとの連絡の窓口となっているからだ。
ボンゴレの印の入った封筒を開けると、中に死炎印入の書状が入っていた。
それを見てリボーンは軽く顔を顰める。
「急な話だな……何かあったか」
 そのままリボーンは綱吉の部屋から静かに抜け出した。
直後にランボの暴走による爆発が綱吉の部屋を襲った。ある意味、これもまた、沢田綱吉にとっての日常なのである。





夜、風呂上がりでタオルを肩に引っ提げた綱吉が部屋へと戻ると、パン、と乾いた音が鳴り響き、頭の上からパラパラと紙屑が降り注いだ。色とりどりに頭や服が飾られたところではた、と我に返る。
音の主はリボーン、本人は相当不服そうな顔をしながらクラッカーを打ち鳴らしていたため、全く持って目出度そうな雰囲気はない。
「バカツナ、祝言を上げることが決まった……目出度えことだぞ」
 確かに言葉と頭はお目出度いことになっているようだ、色んな意味で。
綱吉はさらにたっぷり数秒かたまり、もう一発クラッカーを喰らったところでやっと返事を返すことが出来た。
「……リボーン、結婚するんだ? そりゃ目出度い、よなあ」
 祝言イコール結婚だとわかった綱吉をある意味褒めたくなったリボーンだったが、それより先に突っ込むべきで訂正すべきだったために折角のお褒めの言葉は封印され、思いきった言葉が返された。
それは綱吉の意識や常識の遥か彼方にあることだった。
「何言ってやがる、バカツナ。結婚すんのはてめえだ……九代目からの直々の話だから断れねえと思え」
「……へえ、ん……はあ!? 何言ってんだよ、おれまだ学生じゃん!!」
 学生の間はボンゴレ一色に染まらずに一般の世界を見た方が良いと言われ、鵜呑みにしたまま中学へと通い続けている綱吉にとって青天の霹靂だった。
「大体今のおれの年じゃ結婚できる訳ないじゃん!」
「こっちの世界でそんなもん関係あると思うか? ……まあ、法律なんざどうとでもなる。元々日本でもイタリアでも婚姻届など出せねえだろうけどな」
 ぱさ、とテーブルの上に一枚の書類。見たことある炎は紙の上にあるのに焼けることなく保っている。
綱吉はその炎を見て思い切り顔を顰めた。本物だということは以前見たことあるからわかる。だが、それ以上に内容に対しても信じられないという気持ちでいっぱいだ。
九代目は本気で綱吉に結婚を勧めているのだ。しかも―――。
「ど……っ、どういうことだよっ! ざっ、ざざ……!!」
「ああ、お前の嫁はXANXUSらしいぞ。本部に確認を取ったが嘘ではねえみてえだ」
「はあ?」
 嫁って何だよ、男だろうが。
例の如く突っ込みを入れようとした綱吉だったが、急に巻き起こった竜巻のような風に言葉を取られてしまった。肩にかけていたタオルが宙に舞い、ふわりと足元に落ちた。
そして、綱吉の目の前には花束と―――。
「……ざ、んざす……っ」
「ドカスが、こんなことにも対応できねえのか」
 スーツに身を包んだXANXUSの姿があった。
小さな身体のくせに酷く響く溜息をついたリボーンは呆れたと言わんばかりに綱吉に言葉を投げた。
「てめえの嫁だろ、自分で何とかしろよ」
 夜にもかかわらず沢田家周辺でとんでもない叫び声が聞こえた瞬間だった。





「おおお……お引き取り、願いたい、んです、があ……」
 夜分遅くの来訪者にも拘らず、母と同居者の大半は歓迎ムードだった。食事もまだだったXANXUSに夕食の残りと新たに作ったパスタにサラダを振る舞い、風呂と布団を提供した。もちろん布団は綱吉の部屋に、だ。
数ある客間は同居者で埋まっているので仕方がないと言われたが、本来ならば同居者を綱吉の部屋へと呼び、部屋を開けるべきではないかと綱吉は思っていた。
今の恐怖に比べたらランボの寝像の悪さやイーピンの寝呆けの方が幾分、いや相当ましな気がするのだ。
なぜか来訪者であるXANXUSは部屋主を差し置いてベッドへと腰掛けていた。
もうひとりの部屋の主――ではないが、綱吉よりも長くこの部屋で過ごすために主の様なものである――は痕は若い者同士でなどという捨て台詞を残し、夜の闇の中へと消えていった。見た目だけならリボーンの方が若い筈なのだが。
「おい」
「はははは、はは、はいぃっ!?」
 何処から出したのか、床へと敷いた布団の上に正座していた綱吉の前に書類の束が落とされた。
「読め」
 端的な言葉で綱吉に指示をする。
逆らいたくとも怖くてできるものではない。綱吉は恐る恐るその書類を手にし、目を通し始めた。幸いなことに日本語で書いてあったのだが―――。
「……わかんない、ん、ですけど……」
 一枚目ですでにリタイア、ギブアップ、お手上げだった。甲だの乙だの、難しい漢字だので構成された文章は元々国語どころか全ての成績が芳しくない綱吉にとって外国語となんら変わらなかった。
綱吉の困った表情に眉間の皺を濃くするXANXUS。
「てめえは日本人じゃねえのかよ、ドカスが」
「い、いや! でも、これっ、む、難しいって!!」
「……貸せ、読んでやる」
 軽く目を通したXANXUSは要訳してその書類の内容を説明した。
ボンゴレの研究の一環で同性同士でも子を儲けることが可能になったという報告書と、九代目から綱吉へのお願いという名の命令――XANXUSとの結婚とイタリアに居住地を構え、二人での子育てを希望することについて、長ったらしく泣き落しを服んな文章で書かれていた。所々に涙の跡付きだと見せてくれた。
後半は九代目の手書きらしい。あまりに達筆でやはり読めやしなかったのだが。
「……な、なんで……」
 結婚、することになったのか。
喉が震えて声が出ない。恐怖に加えて、怒りと憤りと悲しみと。元々マフィアに関わったのも他人の手によって、だ。綱吉の意思は何処までも扱いが悪い。
「強い者同士、それも大空に属するものをボンゴレ内で選んだまでだ。ボンゴレ内での多重婚は禁止されている。残っている大空での独身はてめえと俺しかいねえからな」
「……い、嫌、嫌だ」
「拒否権あるとでも思ったか、おめでてえな」
 老いぼれの夢やマフィアの策略が入り混じった計画の中心に綱吉はいる。拒否権がないのは当たり前かもしれないが、それはボンゴレのお偉いさんの意見であって。
嫌なものは嫌だ、冗談じゃない。男と結婚して子供を作るなんて綱吉の人生計画の中には全く片鱗すら見せないことなのだ。
「こ、ここっ、断る! ……結婚なんて、おれ、しないからっ!!」
 涙交じりの情けない声の上に、かなりどもっている。啖呵切るにしてももう少しスマートに出来たら良かったのに。
後々そう思った綱吉だったが、今はとにかくその場から逃げたかった。パジャマ姿なのも気にせずに、上着と財布だけを握り締めて部屋を飛び出した。
雨が降っていなかったのが幸いだと思いながら、親友の家へと走った。





突如降り注いだ結婚話を拒否し続けること一カ月。
その間に綱吉の嫁候補であるXANXUSは大体三日に一度程度のペースで沢田家を訪れていた。間違いなく学生の綱吉などとは比べ物にならないほど忙しい筈だが、どんなに日を開けても一週間以内には再訪していたのだ。
「冗談じゃない!!」
 来るたびに増えるドライフラワーのせいで家中は花だらけだ。母の奈々が貰うたびにマメにドライフラワーを作っているのだ。
幸いなことにあの後、一度も顔を合わせずに済んでいる。XANXUSが来そうな日は何となく朝から嫌な予感がするため、山本の家に泊めて貰っているのだ。あまり通い詰め過ぎて悪いとは思っているが、それ以上の回避方法が見つからなかった。家にいるよりも手伝いを積極的にしているため、山本父には歓迎されているようだが。
「ツーナ、そろそろ電気消すのなー?」
「あ、うん。わかった」
 カチカチと電気の紐を引き、部屋の明かりを落とす。並んで敷いた布団にもぐり込むとすぐに眠気が襲ってくる。
しかし、今日は山本の声により、夢の世界行きの道から引き戻されてしまった。
「なあ、ツナ」
「んー、んう?」
「最近うちに泊まりに来ること多いじゃんか、家で何かあったのな?」
「う、うん……まあ、色々と……」
「色々?」
 今の今まで誤魔かし続けてきた。
山本は段々とマフィアについて理解してきているとはいえ、まさか男と結婚して子供を作らなきゃいけないことが嫌で逃げているとは言い辛い。
「誰と喧嘩したのかわかんねえけど、ちゃんと話して仲直りした方がいいぜ? 後になると余計に話し辛くなってくるのな」
 そこまで言い切った山本に何も返せずにいると、綱吉の耳に山本の寝息が聞こえ始めた。言いたい事を言ってすっきりしたのか、返事を期待していなかったのか、どちらにしろ寝付きの良さには驚かされる。本来綱吉も寝付きはいい方だったが、このところはあまり良質の眠りには付けていなかった。
教室の机に突っ伏して眠る時のような現実と夢をふわふわと行き来するような感覚が続き、気がつけば朝なのだ。
「嫌だよ、結婚なんて」
 どんなに考えてみても、そこにメリットはなかった。
マフィアに関わること自体が嫌だったが、もはやそれは避けられない道となってしまった。ならばせめてそのマフィアの中でも平穏に、父のように相手には仕事内容が打ち明けられなくとも相思相愛の者と結婚し、子を儲けることを目標に掲げつつあったというのに―――現実は程遠い。
大体これ以上自分の身体を好き勝手に扱われるのは御免だ。爺の泣き落しが有れども、自らモルモットとして身を捧げる馬鹿ではなかった。こればかりは一生ものの決断になるのだから、今のうちは逃げたい、逃げ切りたい。
「一体、何のつもり……なんだよ」
 わからないことは多い。
だが一番理解できないことと言えばXANXUSのこと。
一体どれだけのメリットを受け取って。連日のように綱吉の元を訪れているのか。彼にとっての利益は何か。
また眠れないまま布団に潜っていると、外から山本父が仕入れに出る音が聞こえてきた。
朝は近い。



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