真夏の刺さるような暑い日差しも冷たいものを求めるような暑さも落ち着いてきた。
もうすぐ秋の匂いがしてくる頃だろう。
日本ほど色濃く変化が見られるわけではないが、ボンゴレ本部の内庭には紅葉し始めるであろう葉がゆらゆらとゆれていた。
綱吉のお腹も、大分目立つようになってきた。
「この椅子もお腹大きくなると苦しくなりそうだね」
「大丈夫ですか?楽なほうがよろしければ、ソファで作業なさったほうがよろしいかと」
「もしかしたら来客があるかもしれないから、今日はこのまま作業するよ」
「わかりました。辛ければ仰って下さいね、すぐに休憩いたしましょう」
あまり着る機会のなかったワンピースに袖を通し傍目からも妊婦らしく見えるようになった綱吉。
それを取り囲む守護者も子供を楽しみにするように入代わり立代わり綱吉の元を訪れてはいろいろと世話をして帰っていく。
ヴァリアーの面々も同じであった。
綱吉が執務室からあまり出られないことから、外での話を持ってきたりお土産を持ってきたりしてくれるのだが。
余りに甲斐甲斐しく皆がしてくれるものだから、少し息苦しくも感じていた。
「今日は天気がいいんだし、どこかに出かけたいなあ」
「また、お一人で行くつもりですか?駄目ですからね、身重なんですから」
「別に妊婦は病気じゃないんだから、おでかけくらい・・・」
「どこに行かれるのですか?」
すー、と立ち上がり、そのままちょっと出かけようかな、なんて考えていた綱吉を獄寺がきつめの口調で止めた。
「さ・・散歩・・かな」
「でしたらボンゴレ内でもできますからね、ご一緒しましょうか?」
ふるふると首を振って綱吉は着いてこないように言ったつもりだった。
それでも、今の獄寺は綱吉の何枚も上をいけるように考えを巡らせていて。
「わかりました。外に出ようとしたら本部にいる部下全員が駆けつけることになりますからね」
「・・・出ないってば・・・」
「では、いってらっしゃいませ」
ニコリ笑ってそういう獄寺に、綱吉はむうとした顔を返して部屋を出た。
以前妊婦が発覚して間もない頃に、迷い込んだ子猫を親猫の元へ帰そうと本部の外へふらりと出たことがあり、たかが一時間という時間であったが綱吉が消えたことにより本部にいた部下総出で捜索が行われたことがあった。
心配性すぎる守護者と旦那を持った綱吉には、この件以来異常なまでに自由がなくなったのである。
それまでは皆の目をかいくぐって街に出かけたりなどと自主的な休憩も取っていた、そして危険がないならと守護者たちも目を瞑っていた部分があったのだが。
今は、必ず誰かを伴った外出のみ許可され、常に護衛という名の監視役が着くことになった。
爽やかな風が通る廊下を一人とぼとぼと歩いて庭へ出る。
「つまんないの・・」
妊婦になってからというもの。
余計なほどに過保護に扱われるこの生活に少々疲れが着ているのだった。
「まだ起きていたのか」
綱吉とXANXUSの部屋に仕事を終えたXANXUSが戻ってきた。
「うん、お願いしたいことがあって」
「珍しいな、お前がお願い事だなんてな」
普段着ているパジャマの上にカーディガンを羽織り、ベッドサイドに座っていた綱吉の元へスーツを脱ぎながらXANXUSが歩み寄る。
少し疲れた様子で綱吉の横に座り込んだ。
「たまに、お出かけしたくて」
「行けばいいじゃねえか」
「んー、だって必ず誰か着いてくるから楽しめないんだもん・・・XANXUSと一緒なら護衛いらないし」
「どこに行きたい?」
その質問に待ってましたと言わんばかりにキラキラした目をした綱吉は答えた。
バーっと流れ出るように放たれる言葉に圧倒したのはいうまでもないことで。
「あのね!買い物と、気になってたお菓子屋さんと雑貨屋さんと、あと温泉も行きたいんだ!あとねあとね!!」
「わかった・・・どれか一つなら連れて行ってやれると思うんだが」
綱吉が話を続けようとするのを遮ってXANXUSはため息混じりに答えた。
XANXUSも綱吉が休んでいる間は外に出る機会が増えてしまったため、合いたくもない相手に毎日のように顔を突き合せなくてはならないのだ。
疲れがたまらないわけがない。
ヴァリアーのほうを幹部に任せ、ほぼ綱吉の仕事を替わりにこなす日々に正直疲れていたのだ。
「ほんと!?」
「ああ・・他の奴らに仕事押しつけりゃ全然平気だ」
「・・・それはだめ、そうだよね。XANXUS忙しいの俺のせいだし・・・」
綱吉も本当はわかっているのだ。
自分お変わりに仕事をしてくれているXANXUSが忙しくないわけがなく、疲れていないわけがない。
二人で休みを取ることも少なくなっているのだ。
守護者だって、不在の穴を埋めるべく相当走り回ってもらっている。
自分ひとりが我が侭を言っていい状況ではないのだが。
「・・悪い、お前もたまには息抜きしてえよな」
「う、うん・・でも大丈夫。ごめん、変なこと言って」
「お前の我が侭一つ叶えてやれねえなんてな」
「大丈夫だってば!早く着替えておいでよ、一緒に眠ってくれる?」
「ああ、先に入って待ってろ、すぐ来る」
Yシャツとスラックスのみを残して脱ぎ散らかしていたXANXUSが再び立ち上がり、クローゼットのほうへと歩いていった。
それを見送りつつ、先にベッドの中へと潜り込んだ綱吉は、お腹を撫でつつもひとりごちた。
「お前にいろんな世界を感じて欲しいんだけどね、難しそうだね・・・ごめんね」
その言葉に反応したかのようにぽこん、とお腹の中から反応が返ってきた。
ふふ、と笑ってもうひと撫でし、XANXUSが帰ってくるのをシーツに包まって待つ綱吉だった。
「順調だな」
月に一度の検診のために、綱吉はシャマルの元を訪れていた。
「異常があったら困るよ、ただでさえ皆に休め休めって言われてるのに」
「こんなに母体が元気なら中身だって元気だよ、母親の気分でも子供の成長が変わっちまうんだからよ」
カチャカチャと器具を片付け始めつつ、シャマルが話した。
珍しく消毒液の匂いしかしないここはいつもならばタバコの臭いも充満しているのだが最近は我慢する事も覚えたようだ。
「ふうん、そういうもんなんだ」
「そりゃそうだろ、今お前さんとガキは一本の線で繋がってる訳だしよ」
「そっか」
カルテにカリカリと書き込みつつ、そこに記入された数字に首を傾げるシャマル。
とんとんとカルテを叩きつつ、綱吉に文句を垂れた。
「嬢ちゃん、ちと体重増やしたほうがいいかもなあ。あんまり増えすぎも困るが少なすぎるのも体力に心配が出る」
「あんまり増えてない?」
「そうだなあ、胎児の増え方に比べたらだけどな。まだ気にする時期ではないが念のため、もう少し食えよ。細っこいんだから」
綱吉の食べっぷりを知らないシャマルがそう言うと、聞いた綱吉は苦笑を返した。
妊婦以前に比べて綱吉はさらに食べるようになったのだ。
成人男性の二倍かそれ以上を平気で平らげ、おやつもしっかり食べている。
これ以上はどうやって増やせばいいのか綱吉もわからないのだが。
「あ!じゃあお菓子ももう少し食べてもいいかな、皆に管理されてておやつ減らされてるんだもん」
「少しならな、後でぶくぶく太って後悔するなよ」
「む」
にやにや笑うシャマルに綱吉は文句の一つも言いたかったのだが、それすらも交わされそうで一言も返せなかった。
本当にこの人は獄寺の師匠なのだと実感する。
「まあ、常々言ってるが妊婦は病気じゃねえ。元気に食って元気に運動してりゃいいんだぜ?」
「出かけるのもOK?」
「うーん、まあ運動にゃなるわな・・・護衛たっぷりつけてっつーなら行きゃいいんじゃねえの?」
「うえ・・それじゃ出かけた気しないんだけど」
たっぷりと嫌味を込めたため息をついて、綱吉は撫すくれた顔をした。
それをまるで獄寺がいつも嗜める様に言うせりふをシャマルが言うものだから余計に酷く歪んだ顔をした。
「嬢ちゃんの体は一人じゃねえんだからよ・・・仕方ねえだろうが」
今までのように自由がきくわけではないとわかっているのだが、やはりもう少し多いな世界をゆっくり子供に味わってもらいたいという願いはなかなか届かないようだ。
「・・つまんない」
「なら隼人に連れて行ってもらえ、あいつなら二つ返事でついて来るぞ」
「・・・・それが嫌なんだってば」
十代目として外の仕事がない分、暇が出来てしまっていて。
どうしても空いた時間は色々と望みが出てしまっていて。
その一度出てしまった欲求は大きくなる一方で。
「行きたい・・・なあ」
手段を考えては消え、なかなか進まない気持ちにイライラすることもあって・
綱吉はまた一つため息をついた。
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