「何でそんなとこに行きやがった」
地を這うほどの低い声が部屋中に響き渡る。それは自分の恋人、のはずの男から発せられた声だった。 威厳もたっぷり含んだ彼の口から、自分を叱咤する言葉が出てくるのは初めてではないだろうか。
大学生となった綱吉は、語学留学という形を取り、年に数回イタリアを訪問して語学とボンゴレについての勉強している。
これは、イタリア滞在中に起こった事件である。
「だって仕方がないじゃないか、ディーノさんの顔を立てて行ったまでで!」
「跳ね馬の話を鵜呑みにして、のこのこ着いていって、挙句の果てに捕まって、何が仕方がないだ、このドカスが」
「捕まったって・・人聞きの悪い、ただ一晩ディーノさんと一緒に飲んでただけで」
「それが悪いって言ってるんだ、カス」
彼は相当機嫌が悪いらしく、今日は言い訳のすべて一刀両断にしてしまうようだ。
もともと口数が多いほうではない彼が、ここまで自分に対してたくさん言葉を言ってくれるのは嬉しいけれども、叱られるのは嬉しくない。
綱吉はとりあえず、眉間の皺をこれ以上増やさない様にするべく謝ることにした。
「・・・悪かったよ、もう行かない」
「わかればいいんだ、もう絶対行くんじゃねえぞ、綱吉」
「うん、行かない」
あからさまにほっとした様子のXANXUSを見て、綱吉も軽く微笑んだ。少しは機嫌が直ったようだ。



これもそれも、すべてはひとつの電話から始まった。
『ツナ、こっちに着てるんだって!?』
「ディーノさん!」
『勉強しにきてるっつーから邪魔しちゃわりぃと思ったケドよ、うちの部下たちがおいしいワイン仕入れてきたからその勉強しねえかと思って』
「ワインですか?おれワイン大好きですよ!」
『そしたらこっちで用意するぜ、飲み比べしてみようぜ、旨いぜオレのお勧めは』
「わ、楽しみにしてます!じゃあ、九代目に連絡してそちらに向かいますね」
『あー、いいいい、大事な十代目預かるんだ、こっちから連絡入れておくぜ』
「ありがとうございます!」
毎日大量に詰め込まれる知識と情報にうんざりしていた綱吉は、この楽しそうな話にうっかりと飛び乗ってしまったのだ。もちろんお酒が弱いわけではなく、家光のDNAを遺憾なく発揮した身体でどれだけ飲んでも体に残らないほどなのだ。
ただ、ものすごく眠くなってしまうことが良くあり、量には気をつけてたしなむ程度に綱吉も飲んでいた。 お酒が好きな恋人のおかげで、大分色々な酒の味もわかるようになったのだが。
「てことで、リボーン、行ってもいいよね?」
「ったく聞く前に承諾しやがって、仕方ねえ。今日は少しだけ息抜きさせてやる」
キャバッローネだったら安全だろうというのもわかっている。同盟の中でも、群を抜いて信頼している。 リボーンは、自分の教え子たちが仲良くやっていることを嬉しく思っていたようだ。 同時に二人目が自分の手から離れるのももうじきだろうとも考えていたようだ。 ボス同士、仲良くやっておくのはいいことなのだろう、そういった意味でも今回は飲みに行くことを許された。
「でも、これは終わらせてからいけよ」
「うっ・・はいはい」
「はいは一回だ」
「はい、スミマセン・・・・」
もう5年以上彼に指導を受けていると言うのに、未だに銃を突きつけられるのは慣れていない。 他の人間にだったら平気なのだが、リボーンにされるのだけはどうしても刷り込みのように恐怖が湧き上がって来るのだ。
「多分、おれを殺せる殺し屋ってリボーンくらいなもんだよね・・・ハハハ」
「何か言ったか、このダメツナ」
「いーえ、何でもありませんよ、家庭教師殿!」
目の前に突きつけられたテキストを解くことに集中しよう、そう決めた綱吉は持ち替えたシャーペンを握りなおしテキストの隙間を埋めていった。


日はもうとっくに沈み闇が深くなってきた頃、ようやく綱吉はキャバッローネのアジトのひとつへと到着した。 ボンゴレからも程近いそこは、小ぢんまりとしたバーも兼ねており、そこの中心にディーノはいた。
「おう、ツナ!遅かったじゃないか」
「遅くなりました、リボーンがなかなか解放してくれなくて」
「なんだよ補習続きなのか?俺と一緒じゃねえか、ツナも大変だな」
ハハハハと笑いが起こるそこでは、ディーノの部下たちも楽しそうに飲み進めていた。口々にボスは昔はなー、などと話している。 酒の肴はどうやらディーノの昔話のようだ。
「俺の話はいいっつーの、お前ら!!いいからツナ、ここに座れ、飲もうぜ」
「わ、すごい酒瓶の数じゃないですか、これ全部飲むんですか?」
「これだけ人数いたら足りないぐらいだろ、遠慮しないで飲めよ。お勧めはこれとこれかな、あとこれも旨いから・・」
「そ、そんなに一気には飲めませんて!」
ディーノの隣に座って、黙って注がれたお酒を口にする。ワインの味はイタリアに着てから、本当においしいものと水代わりのものがあると知った。 イタリア人の血はワインで出来ているというのは本当だろう、それだけおいしいものもきちんとわかっているのだ。
「どうだ?」
「うわ、うわあ!すご、おいしいですねえ」
「だろー、時間あるんだろ。ゆっくりやってくれよ、俺も今俺も今日はゆっくりできるからさ」
「じゃあ一緒にいっぱい飲めますねえ」
にこり綱吉が笑うと、ディーノもつられて笑った。
ディーノはこの小さな(年齢ではなく体だ)弟のような兄弟弟子が可愛くて仕方がなかった。 出来ることなら何でも協力してやりたい。同盟の枠を超えてでも、個人間で仲良くなりたかったのだ。恋情の一歩手前のような感覚だ。 下手な女よりも一緒に過ごしたい気持ちがあった。もし、許してもらえるなら彼の愛人の枠に収まってしまいたいくらいだった。
「ディーノさん、顔真っ赤ですね。暑いですか?あれ、それとももう酔っちゃったとか」
「ん、そ、そんなわけねえだろ、まだまだ飲むぞー!」
ボスの乾杯の合図に、また部下が全員で乾杯をする。きっとここのファミリーもまるで海賊の酒盛りのように乾杯を繰り返し、歌い騒ぐのだろう。 それはボンゴレも同じだった。比較的大人しい九代目ですら、パーティと名のつく場面では盛り上がりを見せるのだ。 マフィアというのは皆、盛り上がるとこうなるのだろう、と綱吉は判断しつつ、また新しい酒瓶に手をかけた。


ほぼ部下たちが大人しくなってきた頃、まだディーノと綱吉は飲み続けていた。
「ディーノさん、リボーン酷いんですよ、聞いてますか」
「うん、聞いてるよリボーンだろ。あいつは鬼だからな、とんでもねえ事言い出すしな」
「そうなんですよ、今回だって本当はXANXUSと一緒に旅行にいける予定だったのにね、邪魔されちゃってさあ」
「・・・XANXUS?」
「そうですよ、おれの恋人のXANXUSですよお」
はい?と言いそうになったディーノは、ぐ、とその言葉を飲み込んだ。綱吉の恋人の話は初めて聞いた。 しかも、その相手がXANXUSだと。
「ツナ、酔ってんのか?」
「え?酔ってはいますけど、意識ははっきりしてるつもりですけど?」
「これ何本?」
「5本、そういうのは指減らして立てないと意味ないですよお」
語尾は少しぼんやりしてるけれども、はっきりした口調で返す綱吉。これは本当のことなのだろう。 それを意識したとたんディーノは落胆をし、そして同時に嫉妬のの炎が上がった。 自分以外が綱吉にそういう意識で触れてしまうことに、そして恋人という言葉に、嫉妬したのだ。
自分が思っていた以上に、ディーノは綱吉が好きだったようで。
「なあ、ツナ?旅行だったら俺が連れて行ってやろうか?」
「え?ディーノさんも旅行に連れて行ってくれるんですか?」
「ああ、好きなとこ連れて行ってやるよ。日本人だったらあれか、ネズミのキャラクターの奴がいいんだろ?」
「うん!そこ大好きです!もう大人だからいけないかなーって思ってたけど」
「綱吉さえよければ、いつでも連れて行ってやるよ。なんなら貸切でも」
「嬉しいなあ、ディーノさん大好き」
よほど綱吉は嬉しかったのだろう、周りをかまわずディーノに抱きついた。同時に机上の瓶を数本倒してしまう。 開いている瓶からワインが零れ、綱吉とディーノの服を汚してしまったのだ。 酔っているという言葉通り、綱吉は少し眠たくなってきているようで動きが鈍くなっているのだ。
「わ、ご、ごめんなさいディーノさん」
「俺は大丈夫、それよりツナのほうがやばくないか。服汚れっちまってんじゃ」
「あれ、おれも被ってたんだうわ・・・」
「このまんまじゃボンゴレには帰せねえな、とりあえずシャワー浴びてもらって着替えだな」
「スミマセン、ほんとに・・・」
呂律が少し回らなくなってきている綱吉は、本当にもう眠そうで目を擦りながらそう言った。もしかしたら飲ませすぎてしまったのかもしれない。 ディーノはぼんやりしている綱吉を抱え上げた。
「シャワーよりベッドのほうが良さそうだな、眠いんだろう?」
「んー、しゅみません・・・」
綱吉はディーノに抱えられたことにより、暖かさと気持ちよさでそのまま眠りに落ちていってしまった。 用意されていたお酒がおいしすぎて、制御したつもりがしきれてなかったのだ。 敵地ではなく、目の前にいるのがディーノであるからこそ落ち着いて眠ってしまったと言うのもあるのだが。
「おい、ツナ?・・・ったく仕方ねえな」
本当に眠ってしまった綱吉を、自分用の部屋へと連れて行こうとすると。
「ボス、来客だ」
「なに?今頃か・・誰だよ」
「ボス・ボンゴレのお迎えだとよ、ヴァリアーのボスだ」
「・・・XANXUSか」
部下について中へ入ってきたのは、どす黒いまでのオーラを放っているXANXUSだった。
「うちの綱吉が世話になった」
「とんでもない、自分の弟弟子に対して世話してやるのは当たり前のことだろう?」
「そうか」
そう言って、眠ったままの綱吉を受け取ろうとするXANXUSに、ディーノは軽く拒否をした。
「眠っているんだ、このままここで寝かせようと思うんだけど」
「心配ねえ、抱えて連れて帰る」
「・・・仕方ねえか」 き
っと、このままキャバッローネで綱吉を休ませてしまっては自分の理性が持たないかもしれない。 嫉妬に溺れそうになるのを必死に抑えて、ディーノはXANXUSに綱吉を渡した。
「後日、礼を持たせる」
そう一言残して、XANXUSはアジトから去っていった。
XANXUSが綱吉を抱えた瞬間の、慈しむ様なその表情はきっと恋人だからこそ出る表情なのだ。きつく眉間に皺を寄せた顔以外の顔をディーノは初めて見た。 綱吉があの場で起きていたなら、もっと絶望的な気持ちになったかもしれない。その表情に答える綱吉は見たくなかった。
「勝ち目ねえなあ」
ひとりごちるディーノに、ロマーリオは黙って酒瓶を手渡した。


XANXUSは任務終了後、綱吉が部屋に戻ってもいないことに驚いた。
九代目公認でキャバッローネに交流を深めに行ったと聞いたが、間違いなく跳ね馬にそそのかされて着いていったに違いない。 ディーノが綱吉に向ける視線があまり好ましいものでないのをXANXUSは感じていた。
「・・・クソが」
不本意だが、迎えに行くと決めたXANXUSは自ら車を運転し、そしてキャバッローネから自分の恋人を連れ戻した。 予想通り、すでに眠りの世界へと落ちていっていた綱吉を自室へと運び、そのまま隣に自分も眠った。
朝起きたときの綱吉の驚いた表情と、異常なまでのワインの香り。
そして、冒頭の説教へとつながるのであった。



「まだ、怒ってる?」
「当たり前だろう」
いつもとかわらないように見えるXANXUSはそれでもまだ少し怒りが収まらないようだった。綱吉は後ろからXANXUSを抱きかかえ、頬にキスを落とした。 ため息と、反すように綱吉にキスをすると、また一言付け足した。
「お前は無防備すぎるんだ、カスが」
綱吉はその言葉の意味を飲み込めなかったようで、ん?と考えた表情をしたままこてんと首を傾げた。
「そんなことないよ、最近ちゃんと気配も読めるようになったし敵の位置も大体わかるようになったし!」
「・・・そうじゃねえ・・・って言ったってわかんねえんだろうな」
教えることを諦めたXANXUSは、綱吉の首に噛み付いた。服を着ていても見える場所にあちこち痕をつけていく。
「ん、なにすんだよ」
「マーキングだ」
押し返そうとしてもやめようとしないXANXUSの行動を、もう諦めたかのように綱吉は力を抜いた。 もうすでに数個痕が着いてしまっているのだ、抗っても意味がない。
この綱吉の首すじのキスマークは数日後の帰国の際にも消えることはなく、守護者たちを騒然とさせるのはまた別のお話で。



(END)