珍しく届いた母からの包みには、日本で自分が愛用していたお菓子や飲み物がたくさん入っていた。
懐かしいなと包みを一つずつ解いていくと、ふと目に入った小さな包みがあった。
親指大の小さな巾着包みを手に取り、丁寧に机の上で解いていく。一度検問を通した後だから危険物ではないだろうが、予期せぬものが入っていたらとどきどきしながら開けてみたところ。
「これ・・種、かな?」
小粒な種が数種類、もともと成績のあまり良くない綱吉は自分の手のひらのその小さな粒たちが何の元なのかわからなかった。
「これは見たことあるけど、こっちは?」
ころころと転がるものや、平たいもの。
見たことあるような気もするが、何かはわからないものばかりだった。
「じゃ、とりあえず」
机の無線から獄寺を呼び出し、自分の欲しいものを告げると、獄寺は楽しそうに準備を始めた。
懐かしいですね、という彼にはこの種が何に変化するかわかっているということだ。
適した用意をしてもらい、それを執務室のベランダにことりと置いた。
「ここでも育つよね」
「大丈夫です、ここは日当たりも充分ですし。間違いなく大きく育ちますよ」
「楽しみ、だね」
小さな種を土に植え、水をあげた。
大きく育つというこれが早く自分の目の前に現れて欲しいなと微笑み、心の楽しみの種に栄養が行くような気分になった。
執務室にはほぼ毎日来る。
綱吉がいなければ、獄寺が水をやってくれているようだ。
朝一番に必ず水をあげる、小さく芽が出たときには本当に嬉しかった。
夏に向けてどんどん大きくなっていくようで、種の形も大きさも違っていた分それぞれに変化が出ていてそれも面白かった。
「これ、見たことあるよな・・ひまわり?多分こっちは朝顔だよね」
「教えてよろしいんですか?」
「う・・駄目、花が咲くまで楽しみにしてるんだから!」
ニコニコと笑う獄寺の横で綱吉がむ、とした顔をする。
獄寺はこの種を植えてからの綱吉が、早起きをするようになり助かっていると周囲に漏らしていた。
朝に弱い彼がこの小さな種の影響で起きられるなら、また他の手段も考えようと策を練っているらしい。
獄寺の思惑も、綱吉には届くことはないのだった。
明け方の澄んだ空気が流れてきた。
夜の間、窓を閉めることすらもせずに熱の奪い合いをしたベッドの上でまだ起きることも適わず、腕の中で夢との狭間を行きかっていた。
傷のある腕が綱吉を包み込む、普段の彼からは想像もつかないほどのゆっくりとした優しい手つきで髪を撫でた。
ふわふわの髪が手に触れるだけで、天使の羽根に触れているような気分になれる。
常に危険と背中合わせに生活しているXANXUSにとって、初めて触れた癒し。
いつか壊してしまっても可笑しくないほどに酷く扱いたくも、宝物のようにどこかにしまっておきたくも、ある。
今はまだ、手の中にいる自分の大事にしたいこの10も年若い綱吉。
くすぐったいのか腕の中でもぞもぞと動き出すが、その腕を払おうとはしない。
綱吉もまた、自分にはない力強い腕に包まれるのが好きだった。
軽く動かしても筋肉の動きがわかるほどのしなやかな体に刻まれた傷をそっとなぞる。
自分がつけてしまったものも少なからずあった。
それが心苦しくて体を重ねているわけではないが、見るたびに少し心が痛む。
ただ、それを口に出さないだけ。
出してしまっては、この関係すらも崩れてしまう気がしていた。
「辛いか」
「平気だよ、ただ少し眠いだけ」
「そうか」
元々、ベッドの上ではあまり会話をしない。
情事の最中ですら、互いの名前を呼び合うぐらいで聞こえるのは綱吉の快楽に押されて出された喘ぐ声ばかりだ。
本来言葉に起こすべきことも、口にしない。
不思議と気持ちは通じ合っているようだった、それも確認すらしないので憶測に過ぎないのだが。
そんなあいまいな関係でしかなかった。
「何時?」
「5時は過ぎた」
起きるか、と聞く前に綱吉は体を起こした。
今日は休暇だ、それも数ヶ月に一回あるかどうかの丸一日の休暇だ。
XANXUSもそれに合わせて周りの人間に押し付けるだけ仕事を押し付け、ここへと来ていた。
起きなくてはいけない用事などないのだ。
「どこかへ行くのか」
「水、あげにいってくる」
そう言って綱吉はベッドシーツを体に巻きつけた。
昨日のシャツはもうどう見ても着れそうにないほど、どろどろになっていた。
裸足でぺたぺたと歩き、執務室のベランダへと向かった。
長い棒に弦を巻きつけ、綱吉の背丈を少し越えるほどに成長した朝顔が綱吉を待っていた。
昨日も一つ花をつけた。
つぼみはたくさんついていて、どれも膨らみ始めている。
今日咲いたのは、赤に近い桃色の花が三つ。
朝顔よりも早く起きるのは難しいかな、と苦笑しつつ、可愛い花たちに水をあげた。
たくさんの種があったが、綱吉が育て切れたのはこの朝顔と隣に高く体を伸ばした向日葵だけだった。
まるで小学生の夏休みだな、と綱吉は思った。
「花か」
「XANXUS、見に来たの?」
「ああ」
シャツを羽織り、スラックスも穿いただけというだらしのない格好だが、様になるのがこのXANXUSである。
空っぽになったじょうろをことりと置いて、ずり落ちそうになっていたシーツを体に巻きなおした。
「やっと咲いたんだ、綺麗でしょ」
「見たことねえ種類だな」
「朝顔だよ、向日葵は見たことあるでしょ」
「ああ、夏の花だな」
眩しいほどの太陽の花、夜に活動するXANXUSにとってはなじみの薄いものだけれども見たことないわけではない。
これから咲くであろう大きなつぼみがまだ上を目指して伸びているようだった。
XANXUSは綱吉のシーツを取り、巻きなおしてやった。
そしてそのまま抱きかかえる。
「朝は冷える」
「そうだね、戻ろうか」
綱吉は抗うことなく、XANXUSの首に手を巻きつけた。
軽々と綱吉を持ち上げ、元来た方へと戻っていく。
外の空気が本当に冷たく、夏という事を忘れそうになった。
数時間前まで溶けそうなほどの熱を持っていたとは思えないほどに。
「花育てる趣味があったとはな」
「たまたまだよ、種貰ったから気になって育てただけ」
「暇だな」
「いいじゃん、子供みたいで可愛いよ」
は、と鼻で笑う音が聞こえる。
XANXUSにとってはくだらないとしか思えないことも綱吉にとってはこのところの癒し材料だった。
「どうせなら本気で何か育てたらいいじゃねえか」
「動物?子供?」
「子供が欲しいなら作りにいけよ」
選り取り見取りだろ、なんてXANXUSが言うものだから、綱吉はむとした顔をした。
選べるのはXANXUSのほうで、自分はそんなことをしているつもりはなかった。
かたりと開けられたのは寝室ではなく、浴室のドア。
あらかじめ溜めておいたようで、シーツを巻きつけたままどぼりと綱吉はバスタブへと落とされた。
浴室のあちこちにお湯が飛んだ。
XANXUSの服も肌も汚す。
「冗談だ、そんな顔するな」
「冗談でも聞きたくない」
「わかった」
仲直りのつもりか、綱吉に口付けるXANXUS。
悔しくなった綱吉はXANXUSを引き寄せて、それを深くした。
重くなったシーツが体に巻きつき動きを制限するが、XANXUSの腕が体に巻きつきそれを助けてくれる。
長いこと絡み合った唇が、音をたてて離れた。
「ふわふわだな」
何度も触れてくるXANXUSの手が気持ちよかった。
「向日葵、だな」
「え?」
「てめえの髪、向日葵に似てるな」
大輪のように天を向く、くせのある髪。
「そうかな」
「ああ」
まだ、向日葵は咲いていないけれども。
綱吉の知っている向日葵は自分に似ているとは思えなかった、あれは空を向く伸び行く花だ。
自分はその向日葵が求める空で、花にはなれない。
憧れ、空と向日葵は互いに憧れ合っていると思う。
「もうすぐ咲くと思うよ、一緒に見たいね」
「何もなければ、な」
いつも共に、言葉だけは格好がつくかもしれないが、実際は何も出来ない人間の相手に対しての依存症だ。
でも綱吉はXANXUSにそれを望むことがあった。
望みは言葉にはできない、伝えることはないのだけれども。
「一緒に見てくれるって約束、してもいい?」
「ああ」
この小さな望みぐらいは叶えてもらっても、きっと周りに影響はない。
あの大きな花が、自分たちの約束を繋いだ。
次の日からまた、綱吉は水をやり続ける。
(END)
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