「つっくーん、悪いんだけどお遣いいってちょうだーいっ」
「……えー、今?」
階下からの母の声に綱吉は文句の声を上げる。
季節は冬、風はもちろん冷たいし、わざわざそんな中重装備で出掛けることが面倒くさい。兎に角出掛ける前から準備に時間はかかるし、イイ事が全く見つからない。
「他の皆は今手伝ってもらっていて手が離せないの。つっくんはゲームばっかりやってるんだから、暇でしょ?」
年末の沢田家の居候達はあちらこちらで煤払い作業をしている。小さい居候も母特製の小さな雑巾を片手に届く窓に手を伸ばして、必死で拭き掃除をしているのだ。
要するに働いていないのは綱吉ひとり。
「わかったよ……」
仕方なしに携帯ゲームを待機モードにして、階下へと降りて行った。
母に渡されたメモ用紙には、料理酒と父用の飲用酒、みかん箱でひとつと可愛らしい文字で並んでいた。
さらに母がご近所さんと共に通っていた陶芸教室の大皿を取ってくるという使命を言い渡される。
「さすがに、これ全部ひとりでは無理だと思うんだけど……」
綱吉には二本しか腕がない、どれも大物な上に割れ物まで含んでいるのだから無事すべてを持ち帰るのは至難の業だと思うのだが。
「あら? ひとりじゃないわよ」
「え?」
「やっと来たか、カス」
玄関先で待っていたのは黒髪に赤い羽根飾りの男。どう考えても日本の住宅街には馴染まない風貌の傷を隠すように髪を下ろしているが、それでも醸し出す雰囲気が堅気ではない。
「……な、ななな、なんで、XANXUS、が!?」
「やだ、おじいちゃんのお遣いでお歳暮届けに来て下さったのよ。忙しいのにお手伝いして貰っちゃって悪いわね」
「いや、この程度ならかまわねぇ」
XANXUSがかまわなくとも、綱吉は困る。
腕二本増えたとはいえ、この男を引き連れて街を歩くことなど有り得ない。
荷物持ちとして使えと言われても恐ろしくて無理があるし、万が一雲雀や獄寺と鉢合わせた時のことを考えると恐ろしくて仕方がない。
ふるふると身体が震えるが、母はもちろん気づかず、XANXUSは気づいているようだが完全に無視を決め込んでいた。
「とっとと行くぞ」
身支度を先に整えていたXANXUSは先に玄関を出る。
綱吉は焦ってコートを引っ掴むと、中途半端に靴を引っ掛けてその後を追った。しっかりとメモ書きだけは忘れずに握り締めて。
商店街の酒屋には母からすでに連絡が入れてあったらしく、沢田様と大量の酒瓶に札が付けてあった。
「おい、金はどうした?」
必死で追いかけてきた綱吉は指摘されて初めて、お金を持ってきていないことに気が付いた。
メモはしっかりと握り締めていたが、お金は渡されていない。
「わ……わすれまし、た……」
「あ゛!?」
ギン、とXANXUSの視線が綱吉の眉間へと集中する。
「す、……ミマセンっ!! と、取りにいって、きますっ!」
まだ歩いてこられる距離なのだ、綱吉は走って自宅へと戻る選択肢を選ぶ。そのままXANXUSのきつい視線に晒されているよりはマシだと、よくつかいっパシられて買い物しに走ったことを考えたらさらにマシだと思った。
走り出そうとした肩を、大きな手が、がっつりと掴んで止めた。
「……待てよドカスが、戻んのは面倒だ」
「は……?」
酒屋の暖簾を潜り、ずるずると店の中まで引き摺り込まれ、どうするのかと思ったらXANXUSが勝手に店主と話し始め、あれよあれよと言う間に真っ黒のカードを取り出し、支払いをしてしまっていた。
ついでに、と店の奥の棚に有った小さめの瓶も一緒に包みの中へと入れられる。
きっちりとした日本語を操り、もしかしたら綱吉よりもきちんと伝えられているかもしれない。
包みは二つ、どう見ても軽そうではないのに。
「行くぞ」
ひょいひょいとXANXUSは酒瓶の包みを両手に抱えると、大股で酒屋を出た。
「え……、ちょ、ちょっと待ってよっ!」
またいらっしゃい、という呑気な店主の声もそこそこに綱吉はXANXUSの後を追う。
「早く来いよ、カス。行く店がまだあるんだろうが。てめえのペースに合わせてたらいつまでも終わらねえだろ」
振り向きもせずにさっさと足を進める。
また行く方向もあっているものだから悔しくて仕方がない。この先、少し行ったところの八百屋の果物が母の好物だった。
「XANXUSっ!」
なんだよ、だったらXANXUSひとりで来たら良かったんだ。
そう思う反面、悔しさが出た。
「おれが持つよ、お遣い頼まれたの、おれ、なんだから」
XANXUSの荷物に手を伸ばし、ぐいと抑え付ける。力の差は有れども、移動を止めることは可能だった。
「うるせえよ、とっとと歩け。次、行くんだろうが、カス。てめえに持たせたらそれこそ日が暮れる」
綱吉の手をばっさりと払い除けると、またとっとと歩き始めた。
「え、ええ、ちょっとXANXUS! おれが持つって言ってんだろ?」
再度、今度はもっと強く、荷物とXANXUSの手を一緒に握り締めて、止めた。
「おれだって男なんだからそのぐらい持てるっての、馬鹿にすんなよ!」
「あ?」
ギン、とまたきつい視線が綱吉を捕える。睨む、と言うよりも凝視する、焼けそうな程のその視線はやはり痛い。
「そのひ弱な腕でこの量運びきれるのかよ、ドカスが」
「う、ひっひど……っ!」
確かに非力でひ弱で、XANXUSと並ぶと半分以下のサイズの身体である。しかし、男としてのプライドも多少は、蚤のレベルだとしてもあるのだ。
「効率悪ィんだよ、次の店のモノをてめえが持ちゃいい話だろうが、とっとと行くぞ、ドカス」
大股で、ずかずかと音が鳴りそうな程踏み締めながら進む。
しかし後姿が物凄く様になる、荷物が全く苦にならないのか颯爽と先へと進むのだ。
(うわ、カッコいい……って、アレ)
綱吉はぶわ、と顔が真っ赤に染まった、一瞬でも見惚れたことが悔しい、あんな横暴な物言いをする奴に見惚れるだなんて。
気づいたら自宅まで綱吉が運んだものは最後の母の陶芸品、それも大皿と言われていた割には掌に包み込める小さなサイズの皿だけであった。
「てめえが持ったら酒瓶は割れるし、果物は潰れちまうだろ」
「そっ……んな訳ないってば……っ!」
正直、その皿だけでも重いと思ったのは綱吉の中の秘密だ。
綱吉に殆ど荷物を持たせなかったこと、それが実はXANXUSの優しさだったのだが、それに綱吉が気づく日はまだ来そうもなかった。
|