今年こそは自分の誕生日を記憶に残るものにしてやろうと決心したのは十月に入ってすぐ、カレンダーを捲った時だった。
一日前に家庭教師、四日目には別部署のトップの誕生日があるせいで祝い事の対応に追われる目まぐるしさと忙しさに当日に各所から祝いが届いても言葉を贈られても、もうや耳が素通りしてしまっているのであった。
どちらも大事な相手であるから手は抜けないのだが、幾つもの事柄が重なった状況で全力を発揮できるかと言ったら、綱吉はそこまで器用でもなかった。
「もう祝うって年でもないかなあ、でもXANXUSも父さんも毎年欠かさず誕生日だけは祝ってるし」
何だかんだ言ってボンゴレを含むマフィアは祭り事が大好きだった。盛大に事を起こす、何事も全力でを地でいく集団ばかりだった。
「リボーンの分は対処できる準備は完了っと……、さて、何をしようかな」
先の未来、と思っていた十年後までとうとう年を重ねてしまった。
バズーカで見た未来とはずいぶん違った世界だったが、もっとずっと綱吉の理想に近いものになっている。
予想外のことと言えば現在の恋人と自らの性癖くらいで。でも考えてみたらその二つで世界を壊すことも造ることも出来やしないのだからきっと問題とすべきことではない。
周囲からは大問題だと言われ続けているけれども。
「XANXUSと丸々五日間過ごすってのも魅力的ではあるけれども、それこそ最終日の記憶がぶっ飛んでる可能性の方が高いモンなあ……うーん」
印象に残っている誕生日と言えば……と、思考を巡らせているところで腕時計がぴぴっと小さく鳴った。
会議の時間である。
遅くなれば誰かが――大抵獄寺である――呼びに来てくれるが、一応社会人として自己管理は出来ていたいものであると心掛けて、必要に応じてタイマーを掛けるようにしていた。
「……これの時が一番だよな、うん」
手首よりも一回り大きな腕時計のベルトを弄りながらぽつりと呟いた。
年代物でも何でもない、飾りっ気もないシンプルな時計。
唯一付いているのが日に一度時を知らせる機能のみで、文字盤のローマ数字も針も特筆すべき部分はない。ただ腕に回る革部分が些か不恰好に縫われている。
元は綱吉からXANXUSに贈ったものだった。
それは約六年間、貯め続けたプレゼントのひとつだった。
クリスマス、誕生日、時々耳にする記念日、無事生還した祝いや昇進、なんていうのはこじ付けで、何かXANXUSを喜ばせたいと思う一心で色々物色して贈り物の形にして――――長い事部屋のクローゼットに積み上げてきたものだった。
きっかけは確か、XANXUSの羽根飾りに良く似た――とはいえ、当時の綱吉が購入できるレベルの――ストラップを見つけた時だったと思う。
笑い話のようなXANXUSの誕生日の日付がその時間近に迫っていて、じゃあプレゼントにしようかと衝動的に購入してしまって途方にくれた物だった。
箱が積まれると同時に妙なところで情が沸き、それがだんだんと恋情になって膨らんだ。
当然、告げる気はなかった。
綱吉の中になるXANXUSは恋情を向ける相手でもあるが、恐怖の対象であることに変わりはなかったのだ。
XANXUSからはもう目を合わせて貰うことも難しいほどに疎まれている自覚はあったし、仲良くすることを望む者もほぼいなかったことからこその諦めがあった。
心の中の小さな期待がプレゼントを買い続けて、日本で成人を迎える年に漸く転機が来た。
「XANXUSが来てる? ……何しに?」
「さあな、日本観光じゃねえか?」
「最も有り得ない理由じゃんか、それ……」
ドレスコード有のレストランへの招待状にスーツ一式から下着まで揃った箱が綱吉の元へ届けられた。
差出人はXANXUS、運んできたのはレヴィだったらしい。
「誕生日祝いをしろとかそういうことかな」
ボンゴリアン何とか、に比べたら食事に付き合うだけの祝いの席ならまだマシだろうか。いや、そもそもヴァリアーの食事が静かだった試しがないので、どちらであっても気乗りはしない。
「ああ、行くって返事しておいたからな」
「な! 何、勝手に返事しちゃってんの、リボーン!!」
「同じボンゴレの人間を祝ってやることもボスの務めだからな」
反論したいと思った心と言葉はぐっと飲み込んだ。
リボーンに口答えは体力の無駄だと身に染みていた。下手な体力の消耗ののちにヴァリアーの元へ乗り込むなど自殺行為に等しい。
「じゃあ……行くしかないもんなあ」
ちらりと綱吉はクローゼットの方を見遣った。
今年の分のプレゼントはもう購入済だった。その時々で選ぶものは違えども大半が装飾品で、この年はふと目に付いた時計だったのだ。
サイズが合うとも限らない革のベルトに小さくXの文字を入れて貰った。
XANXUSのための時計だった。
(つっかえされても、ないよりマシくらいで持って行ってみようかな)
そうだ、たまたま渡す機会に恵まれたから渡しただけで、綱吉の抱く深い意味までは見える筈がないのだ。
箱にハートマークがしるされている訳でも愛の言葉が連ねてある訳でもない。
今のところ積まれたプレゼントの存在を知る者はリボーンくらいのものだ。彼だってその宛先を知るとも限らない。
「あいつと仲良く出来んなら、少しはてめえも成長したってことだ」
リボーンは興味なさ気に銃の手入れに勤しんでいた。
彼の成長の基準はイマイチわからなかった。
用意されたスーツは少しだけ裾が短かったが、他所はどこも綱吉サイズであった。
わざわざサイズまで調べて仕立ててくれたのだとしたら尚更きちんと祝いの言葉を述べなくてはと心を引き締めて向かった先に待ちうけていたものと言えば――――。
「好きだ」
「……はあ、……? !? はあ!?」
「――間違った日本を言ったつもりはねえが、意味わかんねえとかぬかすか、ドカスが」
凶悪な顔に睨まれながらの告白はたとえ日本語であっても理解しがたいものであった。
何はともわれ、両想い。
Sは転じてMになることがあると聞いていたが、XANXUSが綱吉に惚れた理由も拳の重み、と意味の分からない返答だったことには困った。
ボンゴレには変な人しか集まらない、というのは正しいかもしれない。
おれもあなたが好きです、と彼の母国語で伝えれば、ほんの少しだけ眉間の皺が緩んだようだった。
「春に測った情報より背が伸びてんのか、クソ」
XANXUSの贈り物は津への誕生日祝いだったようだが、丈不足のスラックスには怒りの言葉を吐き捨てた。
そんな些細な部分まで目を掛けてくれることは嬉しかった。
この時渡した時計は二年近くXANXUSの腕に存在していた。
普段煩わしいと装飾品の類を年々減らし続けていた彼だったが、不慮の事故で革部分がすっぱりと切れてしまうまではほぼずっと身に付けてくれていたらしい。
切れてしまった時の落胆と暴れっぷりは綱吉が行くまで誰も止められない程だった。
クローゼットに山積みになったプレゼントは一気に渡すのではなく、誕生日やクリスマスなどの機会の度にひとつずつXANXUSに渡されることとなった。
ひとつ渡すごとにその時の想いが消化されて、愛情へと変わる。
ちょうど三年目の誕生日、今度は金属ベルトの時計がXANXUSに贈られた。
元の時計は役目を終えたのだろう、とお互いに笑った。まさかそのタイミングで二つ目の時計が開かれるとは思っていなかった。
「前の時計は?」
「誰の手にも触れられない場に保管してある」
「わ、何それ、物凄い財産みたいじゃん」
「馬鹿が――――どんなモンより価値があんだよ、金額じゃねえ」
とてもXANXUSの口からこぼれ出たとは思えない、愛情の含まれた言葉だった。
「そんなに大事にされてたんだ、嬉しいよりも妬けるなあ」
「宝物ってこういうモンに使う言葉なんだろ、てめえの選んだモンだから意味を成すんだ」
仕舞われていては無用の長物、と綱吉はその時計を自分が付けることを希望した。
見るたびにお互いの想いが色々と蘇るものとなった。
「これだけ重たい記憶なんて早々作れるもんでもないか……うーん」
たびたび送り続けていたプレゼントはもうクローゼットの中で残り少なくなっている。
贈ることに楽しみを見出したせいで、長期任務の帰還の度にお疲れ様とメッセージを込めて届けに行ったことも有り、いいところ二つか三つ程度しかないと見た。
そろそろ最初に買ったストラップに辿り着く。
「何かな……もうこれ以上って言ったら人生の分岐点レベルじゃないとなかなか……」
ぽつり呟いた自身の言葉に大きなヒントを得た。
その選択肢は今まで考えたこともなかった。
「だとすれば……指輪、だろうなあ」
お互いの目の色の赤と琥珀の石でも填め込んだ指輪なんかが良さそうではないか。
プロポーズは男性から、なんて決まりはない。
ましてや自分たちは男同士だ。
ネコからのプロポーズもよいではないか、幸せ方向にベクトルが向くならば。
「XANXUSが泣いたらそらもう印象に残るどころじゃないもんなあ――どんな反応するんだろ?」
くるくると嬉しそうに思考を巡らす綱吉を現実に戻したのは、偶々獄寺の代理で呼びに来たリボーンの銃声だった。
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