HOMEー沢田綱吉の帰還場所
「本当はね、おれを帰る場所だとは思って欲しくないんだ」
まだ夜も明けきらぬベッドの脇で、綱吉は電話をしていた。
XANXUSからは相手が誰だか分らなかったが、多分、こんな時間にかけてくるのは奴の部下の中でも親しい奴か、はたまた奴の家庭教師か、とXANXUSは考えていた。
眠る時は腕の中にいたというのに、いつの間に抜け出したのか、自分の衰えと綱吉の成長を頓に感じていた。
綱吉はXANXUSの視線に気づいたのか、切るね、と言って電話を切ってしまった。
「起きてたんだ」
「てめえの声で起きた」
「五月蠅かった? ごめんね」
そう言うと綱吉はXANXUSの髪をふわりと撫でた。
いつからこんな大人びた表情をするようになったのだろう。出会ったときに比べて格段に大人になった綱吉は、笑い方すらも変わってしまったように思える。
悪い意味ではない、綺麗に笑うようになった。
「誰と話していた」
「んー、秘密。友達って言っていいのかな、知り合い、だよ」
「こんな時間にかよ」
キョトンとした顔をして綱吉は窓の外を見た。どう見ても薄暗い色をしている空が目に映る。
大体5時を過ぎたころだろうか。常識人なら互いに連絡を取り合う時間ではなかった。
「相手もこの時間しか空いてないんだよ、おれと同じ立場だからね」
同じ立場。
その言葉でXANXUSは相手がわかってしまった。
む、とした表情を出すと、綱吉を抱き込んで布団の中へと引き戻した。ぎゅうぎゅうと抱きしめて動けないようにしてから、呟くようにカスが、と言った。
下らないのはわかっているが、どうしようもない嫉妬の炎が上がるのは止められそうもなかった。
「・・・誰かわかった?」
「跳ね馬だろ、ドカス」
「正解」
抱きしめられたことがうれしいのか、XANXUSの腕の中でもぞりと胸に頭を押しつけて、ふふ、と喉の奥で笑った。
綱吉は本当に嬉しそうに笑う。
XANXUSが傍にいればその時が、一番幸せで安心できて嬉しいのだ。不安が付きまとうこの職業だからこそ、なのだ。
ただ、いつまでも続くとは限らないからこそ、綱吉はその幸せをXANXUSに伝えようとはしなかった。
自分はXANXUSだけのものではない、XANXUSも自分だけのものではない。
将来、このままでいられるわけでもない。
だからこそ言えない、言わないけれども分かって欲しい。
そう望むだけなら自分もしても良いのではないだろうか、綱吉はこんなことをたまに考えたりするのだ。
「帰る場所・・・か」
「え?」
「さっき言ってたじゃねえか」
「そう、だけど・・・うん」
気まずそうに違う方向に視線を向けた綱吉。
「てめえを帰る場所だと思ってる奴らはここに山ほどいやがるからな、それを拒否するってことなのか?」
意地悪い言葉だったが、悪意はなかった。
ただ、聞いてみたかっただけだった。
帰還場所があるというのは、拠点があるからこそ言えることなのだ。拠点、すなわち頭や核になる人物を帰還場所にするのは当り前のことだろうとXANXUSは考えていた。
XANXUSも不本意ではあるが、ヴァリアーの戻るべき場所になっている。
そんな単純な話だと思っていた。
だが――――。
「うん、できれば拒否したい、と思ってる。皆の集合場所って言うなら是非にと言いたいけどね」
「集合場所? どう違うんだよ」
「ボンゴレ本体のこと、かな。集まる場所、ボンゴレはそうありたいんだよね。本来の帰る場所ってのは故郷だったり、家族だったり恋人だったりするわけでしょ? 皆にもその帰る場所を大事にしてほしいと思ってる。自分よりもそっちを優先するぐらいの気持ちでいて欲しいんだ」
XANXUSの眉間に余計に皺が寄る。理解できないということだろう。
「ディーノさんの部下にとって、ディーノさんが帰る場所だって自信持って答えてるから、むしろそっちの方が不思議だと思って」
「てめえの方がよっぽど不思議だせ、マフィアのドンの回答とはとても思えねえな、カスが」
「そうかな?」
人間なら思うこと、むしろ動物のほうがわかってるかもね、などと独り言のように綱吉は言った。
人間関係なんて抜きにして、仕事も抜きにして、そこで残ったものが一番大事なものになる。いつかリボーンが言った台詞だったと思う。
それがすごく心に残った。
すうと一筋の光が綱吉とXANXUSを照らした。
夜明けだ。
閉めたカーテンの隙間から柔らかい光が次々と差し込んでくる。明るくなってきた。
気持ちがいい、と綱吉は思った。
「今日は天気がよさそうだね、話し合いうまくいくといいなあ」
「話し合い? 圧力かけに行くんだろ。ごり押しする気満々のくせによ」
「そんなことしないってば・・・ただちょっと大人しくしてくれなかったら、こっちも手を出さざるを得ない・・・よね?」
「おっかねえな、十代目」
にやにやと笑うXANXUSは小馬鹿にしたように笑う。
やだなあ、なんて言いながらもXANXUSの首に手を回してあの顔を見上げると、待っていたかのようにXANXUSからキスをされた。
珍しくただ軽く唇同士を合わせるだけのキス。
ゆるりと表情を緩め、XANXUSが綱吉を抱きしめ直すと綱吉も隙間ができないように腕の力を強める。
「今日も戻れるか」
「その話し合い次第、かな」
「待っててやるよ」
え、と口の中で疑問の声をあげてしまう綱吉。
珍しいこともあったものだ、XANXUSの口から待つだなんて言葉が出るとは。悪いものを食べたとか、変な方向に考えを進めていると、XANXUSから声がかかる。
「家族が帰る場所、なんだろ? ならてめえの帰る場所に俺がなってやる」
緩く笑った顔は、目の色がすごく真面目でそして、幸せそうに口端を上げていた。
「それって・・・プロポーズ、みたい」
「そのつもりだが?」
「・・・いいの?」
いいの、の中にはおれでいいのという意味も、男相手にプロポーズしてもいいのという意味も含んでいる。
ボンゴレ十代目だよ、男だよ、面倒な性格で暇も碌になくて、身体だって柔らかくもないんだよ。
頭の中ではたくさんの言葉が沸いて、でもそれが口をつくことはなくて。
XANXUSは綱吉の考えもお見通しの様で、ずっと黙って待っていた。ただ、待っていた。
「嬉しい」
「だろ?」
ぎゅう、と抱きしめ合う。
役職も性別も、縛られることなく選んだ結果が互いにこれなのだ。
「帰ってきたら、めいっぱい抱いてやるよ」
「初夜のつもり?」
「ああ、指輪の交換もベッドの上でやるぜ」
じゃあ今日は結婚式かあ、なんて綱吉はふわふわと笑った。
まさか自分がプロポーズを受けるなんて思ってもみなかった。
嬉しいんだと思う、最近味わうこともなかった感情に綱吉は笑みを絶やすことがなかった。
「今日、XANXUSの予定は? 休みだよね?」
「秘密だ、まあ・・・色々あるからな」
ふうん。そうつぶやくと綱吉はもう一度眠りにつこうと目を閉じた。
その日の午後、ディーノから再び綱吉の元へと連絡が入った。
内容はXANXUSを引き取れ、とのこと。
「あちゃあ・・・そっちに行ったかあ・・・」
怒りの矛先はディーノに向けられてしまったようだ。
睡眠の邪魔したことも綱吉との時間を取られたことも、怒りにつながってしまったようで。
「夜が心配だなあ」
呟く声は周りの誰にも届かないように音にならずに消えた。
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