「幸せだなあ」
自室のベットの中で、シーツに包りながらそうぽそりと言ったのは綱吉だった。
自分の部屋にはいつも数人、同居者が居座っていたりするのだが今日に限っては誰も着ていない。それもそのはず、昨日から母と共に旅行に出かけてしまっているのだ。たまたま引いた福引が当たり、近場の温泉旅行券を手にした母は、同居者と共に旅行へ行ってしまった。
綱吉がそんなところへ行くとなると、獄寺が着いて来て休むどころかもうひとつ温泉を沸かしてしまう可能性も否定できないのだ。学校があるというもっともらしい理由をつけて、自分ひとりだけ自宅に残ったのだ。

もう日も高い、お昼近いだろう。
それでも、一人を満喫している綱吉にとっては起きる気が起こらないほどの自由があった。
「んー、明日まではこのまま自由かあ」
ぬくぬくした布団を堪能しながら、一人ごちた綱吉。
そのつかの間の落ち着く時間はとんでもない音と共に崩れ去ってしまうのだった。

がつ、と窓を叩く音がした。
まだ、カーテンを閉めたままだったので鳥がぶつかったのかと思い、綱吉は窓を確かめるべくカーテンを開けた。
「なに・・鳥・・・ではえええええ!!!」
そこで待っていたのは並盛最強の男、いや世界最強かもしれない男、雲雀恭弥だった。
「まだ寝てたの?いい加減太陽も昇りきってるっていうのに不健康なんだね、君」
「なな、なんでここに雲雀さんがあ!?」
「赤ん坊に呼ばれたんだけど、いる?」
どうやら彼は、リボーンに呼ばれてここまで来たようだ。だが、自分の家庭教師は母と共に温泉を堪能しに行ってしまったのだ。
「リボーンなら昨日から温泉に行ってまして、明日にならないと戻らないんですけど・・」
「そう・・」

無駄足、と考えているのだろうか。雲雀さんは少し不機嫌そうな顔をして、考え込んでいる。
綱吉は、その顔がとても危険なこともわかっている、これから何が起ころうとしているかも予想がついてしまったのだ。その発言が飛び出さないうちに、こちらから逃げてしまおう。

「ひっ雲雀さん、おれ、そろそろ着替えて出かけようかと思うんですけれどっ」
そう言って窓を閉めようとするが、窓のふちを掴まれて止められてしまった。さすがにノーマル状態では雲雀のほうが力が強いらしく、窓は簡単に止まってしまった。
「そう、じゃあ待ってるよ」
「は?」
「だから着替え終わるまで待ってるって言ってるんだけど」
その言葉が何を意味するのかわからず、目を丸くして固まってしまった綱吉に雲雀はさらに言葉をつなげて説明した。
「出かけるんでしょ?今日は一緒に行くんだよ」
「一緒にですか・・ええええ!?」
「僕はあまり気が長いほうじゃなくてね、そのままでよければ乗せていくけれど」
そう言って指した先はバイク。二人で乗れと、しかも雲雀さんの後ろに乗れと。

さらに固まってしまう綱吉を、面倒くさそうに雲雀は抱え上げた。
「これ以上は待てないな、早く行こう」
「え、ちょっな!!えええ!!!やめてくだっさあっ!!!」
綱吉を器用に抱えたまま、携帯を取り出し、雲雀は電話をかけだした。
「草壁、着替え用意してくれる?ああ、そうよろしく」
その短い会話の中で相手に伝わってしまうところがまたすごいと思う。それだけではなく、電話をかけながらでも綱吉をバイクに乗せ、発進したところがまたすごいと思う。
「ええええっや!!こわあああいいいい!!!」
「つかまってないと落ちるよ」
「いいやあああ!!おろしてえええ!!」
向かう先もわからず、乗ったこともないバイクに急に乗せられ、さらに、恐ろしいほどの相手につかまるしかなく、この上ない恐怖を感じながらの綱吉と雲雀のツーリングが始まった。





着いた先は思っていたとおり中学校だった。
校門で待っていた草壁がバイクが止まるのを確認して歩み寄った。
「委員長お疲れ様です、お部屋のほうにご用意いたしました」
「そう、駅前の件は」
「問題ありません」
「わかった、応接室にいるから」
「わかりました」
遠巻きに見ていてもとても中学生には見えない草壁だったが、自分との立ち振る舞いの違いから綱吉にはもっと年齢がいってるように見える。こんなに丁寧に、しかも雲雀相手に話せる人物は草壁くらいなものだろう。
ある意味で、綱吉は心から尊敬した。
「いくよ」
「・・・へ」
「君に言ってるんだよ沢田綱吉、聞こえてる?」
「は、はいい!いいいきます!!」
すでに進み始めている雲雀を追って、綱吉は走り出した。自分でも言っていたとおり、あまり気の長くない人間だ。
せっかくの自由な一日が、思わぬ方向で潰れていく事にため息をつきつつも着いていった。

かって知ったる自分の学校ではあるが、着いて行った先の応接室はあまり馴染みある場所ではなかった。当たり前である、ここは雲雀の城とも言える場所で、他人が入っていい場所ではないから。
「入りなよ」
「は、はい」
そう言われて、綱吉は仕方なく雲雀に着いて応接室に入った。いつ来ても広いそこは、いつもと変わらずきちんとして堅苦しい空気をまとった場所だった。
雲雀にとっては自分の家と変わらないのだろう。きっといつものことなのであろう、すぐに大きなデスクの上から数枚の紙を手に取り目を通していた。さっさっと目を通し、いくつかサインをしてまた元の場所へ戻した。 そして、やっと綱吉のほうを向いて。
「なに、まだそこに突っ立ってたの?座りなよ」
「え、は、はい」
しばらく呆然と立っていた綱吉に座することを促した。綱吉は、抗う気もなくそれに従い、革張りの高そうなソファへと腰掛けた。体も沈みすぎなく、心地いい座り心地のそれは綱吉を軽くリラックスさせるにはちょうど良かった。
しかし、そのリラックスした気持ちもすぐにまた固まってしまうのだ。

これだけたくさん座る場所があるというのに、雲雀が隣に座ったのだ。
緊張して、言葉も出なくなった綱吉。
その顔がよほど面白かったのか、雲雀は苦笑して綱吉に袋を手渡した。
「これ着なよ」
「な、んですか?」
「着替え、いつまでもパジャマのままでいるわけにいかないでしょ」
「ありがとう、ございます」
「そこのカーテンの陰、使っていいから」
もうすでに近所中、しかも登校ルートをパジャマのまま疾走してしまった自分にとってはもうどうでもいいことだった。まだ服をまとっていただけましだろうけれども、だ。
素直に受け取り、それに着替え始める。渡されたそれは何故かサイズがぴったりで、何故かレースやリボンが各所に使われていた。
「あ・・の」
「何?」
「これ、女物ですよ、ね?」
「そうだけど、何?」
その目は着る事を拒否できない強い眼差しで、それ以上綱吉は何もいえなかった。パジャマよりはまし、と自分に言い聞かせてそれを着た。ハルや京子ちゃんが好きそうだなあ、と思うかわいらしいそれは、綱吉にとても似合っていた。
満足そうにそれを眺める雲雀。
しかし、綱吉は不満そうにしていた。
似合うと言われても複雑である、常に男として過ごしてきている綱吉にとって可愛いは鬼門なのであった。

「座って」
「・・・はい」
先程座っていたソファに座ろうとしたが、雲雀に止められる。
「違うよ、こっち」
「え?こっち?」
先程座っていた場所よりも窓に近いほうのソファで、そこにはすでにお弁当が用意されていた。湯気が上がるお茶があるところを見ると、雲雀が準備したことがわかる。
「あ、の」
「お昼、まだでしょ?ああ、あの様子だと朝も食べてないんだよね」
「え、はい、そうですけど」
「早く、僕もお腹がすいた」
雲雀が座り、その横をぽんぽんと叩いた。そこに座れと言うことだろう、綱吉も急いでその横に座った。待たせることがいいことではないくらいわかっているからだ。隣に座ることはあまり好ましくない、と思っていたのだがこの際仕方がない。
「いただきます」
軽く手を合わせて雲雀が食べ始めるのを見て、綱吉もそれを真似て食べはじめる。
「いた、だきます」
「どうぞ」
用意されていたお弁当は、彩り綺麗でどれもおいしいものだった。しかも、お重に入っているところを見るとどこかの料亭で注文してきたものだという判断が出来る。春らしいそれは、まるでお花見用のお弁当のようだった。お腹が満たされると、緊張も少しだけ解れて来た。
「おいしいです」
「口にあってよかったよ」
「お花見のときのお弁当みたいですね」
「そのつもりだけど?」
そう言って顔を上げた雲雀が見た方向を見ると、応接室から満開の桜が見えた。窓を開けている部分からちらりちらりと、花びらが数枚舞い入って来ていた。
「わ・・・すごい!綺麗・・・」
「ちょうど満開だね」
「桜って本当に綺麗ですよね」
そこまで話して、は、と気がついた。サクラクラ病を発症していた雲雀にとって桜はあまり印象のいいものではないだろうに、自分がはしゃいでしまっていいのだろうかと。
それでも雲雀は気にする様子もなく、食事を続けている。
「どうしたの、もうお腹いっぱい?」
「いえ、いただきます」
桜を見ながらの食事、しかも周りに人がおらずゆっくりと食べられるこの環境がとても綱吉にとっては嬉しいもので。量が多めだったそのお弁当もぺろりと平らげたのだった。 雲雀が残した分のお弁当まで、貰ってすべて食べきったのには綱吉自身食べすぎだと思ったのだろう。
「ごちそうさまでしたあ、お腹いっぱいです」
「それは良かった」
満足そうにする綱吉を見て、雲雀も満足そうな表情をしていた。こんなに幸せそうにも笑えるんだ、と雲雀の印象が変わりそうになった綱吉だったが、次のせりふを聞いてまた固まることになった。

「こんなに食べてるのに細っこいんだね君は、胸にまで栄養いってないみたいだし」
「・・・はい?」
「まだAかな、もう少し年齢がいってもその調子だと大きくならなそうだよね」
そう言って、わしっと雲雀は綱吉の胸を掴んだ。服を着ているとまっ平らなそこは、パジャマのままでここまで連れてこられてしまったので下着もいつもつけているサポーターもつけていなかった。もみもみと存分に堪能してから雲雀の手は離れた。
そこで初めて、されていたことに気づいた綱吉は真っ赤になって口をパクパクさせた。
いろいろ言いたいことはあるがどれも口から出てきてくれず、漏れる言葉だけでは何を言っているのかわからなかった。
「ああ、下着用意させるの忘れてたね。今持ってこさせるよ」
雲雀は即、携帯を取り出し、先程のように草壁に指示を出す。さすがの草壁も女性用の下着を買いにいくのははばかられるかと思っていたが、雲雀の命令には従うようで何事もなく電話は切られた。
そこまで行動している雲雀を見ているのか見ていないのか、まだ真っ赤になったままの綱吉は固まったままだった。

本当に置物のようになってしまった綱吉に、雲雀は顔を覗き込んで問うた。
「どうしたの」
「あ・・の」
「何」
「お、れ男、なんです、けど・・・」
ここまで来てもまだ突き通せるだろうと綱吉は嘘をついた。
本当は綱吉は、女の子だ。
跡取りがいなくてはいけない、という理由で男の格好をさせられているだけで本当は女の子なのだ。今まで男として生きてきたのだから、こんな簡単に見抜かれてはこちらもたまったものではないのだ。
「ふぅ、ん。そうなんだ」
「ほっほんとですよ!」
真っ赤にして主張する綱吉をあざ笑うかのように、ちらりと服を見やりまた綱吉の顔を見直した。
これでどこが男だというのだ、と雲雀は考えていた。
どこもかしこも細く、肉付きは悪い。さらにいえば、先程抱きかかえてバイクに乗ってきたのだから、十分なだけ触れてきたのだ。ここまでしていても、自分は男だと言い張れる綱吉が可愛くも面白かった。
「どちらでもいいよ、僕は仕事をするから適当にしてて」
「え」
「ソファで寝ててもいいし、遊んでてもいいよ」
暗にここにいろ、と言っているようだ。なんとなくここまで来たら逆らう気も起きず、こくりと頷いてソファに座った。
それを見て、満足したように雲雀はデスクについて仕事を始めた。静かな空間にかりかりという音だけが響く、規則正しいその音が耳に届くと綱吉はだんだんと気持ちよくなってきた。
ここで寝てもいいと言われたが、本当にいいのだろうか。
春らしい心地いい空間に、吹き込んでくる風と花びら。
予想以上に気持ちよかった。
ソファに身を預けつつ、目を瞑ると綱吉はそのまま眠りの世界へと引き込まれていったのだ。

雲雀はふと綱吉の呼吸が寝息に変わったのを感じ、そちらを見やると気持ちよさそうに眠っている綱吉の顔が見えた。
「無防備だね、ほんと」
仮眠が取れるように用意されていた布団から毛布を一枚持ってきて掛けてやる。暖かくなったせいか綱吉は少し身じろいで丸まるように毛布で体を包み込んだ。
「よくこれで今まで無事だったね」
雲雀は確かに今日はリボーンに呼ばれて、綱吉の元を訪れた。ただしそれは自分の意思も含まれていたのだ。
『今日明日の夜まで、あいつ一人だからな。好きにしていいぞ』
一人が危険だということも含めて、綱吉の家庭教師は雲雀に対して連絡を入れてきたのだろう。番犬でも野球好きでもなく、自分にだった。
「赤ん坊にはばれてるのかな、まあかまわないけど」
綱吉の頭をくしゃりと撫でてひとりごちる。ふわふわしたその髪は、思った以上に柔らかかった。
「夜まで起きなければ、連れて帰ろうかな」
自分の家で思う存分『遊んで』やろう。
この子は自分にとって、『お気に入り』なのだから。
そんなことも露知らず、春の陽気に誘われて眠りの世界を渡り歩いている綱吉は、本当に幸せそうに眠っていた。



(END)


ぱっと思いついたネタ。